現代のビジネス環境において、起業家や投資家が成功するためには、金融リスクの理解と適切な管理は欠かせません。
金融リスクには、企業のデフォルトや市場価格の変動、資金調達の難易度など、さまざまな要素が含まれています。これらのリスクを正しく認識し、適切な対策を講じることが重要です。
本記事では、金融リスクの基本的な種類とその管理方法、リスク管理能力を高めるための方法について、東京都立大学の吉羽要直教授に詳しく解説していただきます。
吉羽 要直 / toshinao yoshiba
東京都立大学 経営学研究科 経営学専攻 教授
【プロフィール】
1993年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、日本銀行に入行。調査統計局、金融研究所、金融機構局企画役、金融研究所ファイナンス研究グループ長などを経て、2021年東京都立大学大学院経営学研究科(ファイナンスプログラム)教授。2006年から統計数理研究所リスク解析戦略研究センターで客員教員(現在に至る)。2011年に総合研究大学院大学で博士(統計科学)を取得。所属学会は、日本統計学会、日本ファイナンス学会、日本金融・証券計量・工学学会。
【専門分野】
金融データサイエンス、金融リスク管理、計量ファイナンス
【主要業績】
「極値での従属性および非対称性と信用ポートフォリオリスク」(日本統計学会誌, 2021年 単著)
「非対称t接合関数の性質と統計的推定方法 ―資産価格変動への応用―」(統計数理, 2020年 単著)
“Maximum Likelihood Estimation of Skew-t Copulas with Its Applications to Stock Returns”(Journal of Statistical Computation and Simulations, 2018年 単著)
「接合関数を用いた市場リスク合算と金融実務への応用」(日本統計学会誌, 2016年 単著)
“Analytical Solutions for Expected Loss and Standard Deviation of Loss with an Additional Loan”(Asia-Pacific Financial Market, 2015年 共著)
“A collateralized loan’s loss under a quadratic Gaussian default intensity process”(Quantitative Finance, 2013年 共著)
“Analytical solution for the expected loss of a collateralized loan: a square-root intensity process negatively correlated with collateral value”(Journal of Credit Risk, 2013年 共著)
“Value-at-Risk versus Expected Shortfall: A Practical Perspective”(Journal of Banking and Finance, 2005年 共著)
「バリュー・アット・リスクと期待ショートフォールの比較分析」(Journal of the Operations Research Society of Japan, 2002年 共著)
3つの金融リスク
クリックアンドペイ(以下KL):まずはじめに、金融リスクの種類について教えてください。
吉羽氏:金融リスクには、主に以下のようなリスクがあります
- 信用リスク: 信用リスクは、投資先企業がデフォルト(債務不履行)に陥るリスクを指します。企業が倒産したり、債務を返済できなくなったりすることで、投資資金を回収できなくなる可能性を意味します。信用リスクを考える上で重要なのは、単にデフォルトの可能性だけでなく、デフォルトが発生した際の回収率も考慮に入れる必要があるという点です。つまり、企業が倒産した場合に、どの程度の資金を回収できるかも信用リスクの評価に大きく影響します。
- 市場リスク:市場リスクは、金融市場における価格変動により生じるリスクを指します。市場リスクは主に株式市場や債券市場などにおける価格の変動が対象です。投資家や金融機関であれば、保有する金融資産の価値が市場の動きによって変動することで、損失を被る可能性があります。特に注意が必要なのは、非上場株式などの価格が不明確な資産の場合です。これらの資産には市場価格が存在しないため、価格の推定自体に別のリスクが伴います。価格推定の方法によっては、実際の価値と乖離する可能性があります。
- 流動性リスク:流動性リスクは、大きく二つの側面から構成されています。
まず、資金流動性リスク(資金繰りリスク)があります。資金流動性リスクは、必要な時に必要な資金を調達できないリスクを指し、特に企業経営者にとって重要な課題となります。企業が日々の運営、投資、債務返済などに必要な資金を適切なタイミングで確保できない場合、事業の継続や成長に深刻な影響を与える可能性があるためです。
次に、市場流動性リスクです。市場流動性リスクは、市場で保有資産を売却しようとした際に、適正な価格で売ることができないリスクを指します。特に市場が混乱している時期には、市場流動性リスクの問題が顕著になります。例えば、金融危機の際には、多くの投資家が同時に資産を売却しようとするため、価格が急落し、本来の価値よりもはるかに安い価格でしか売却できない状況が生じる可能性があります。
KL:市場リスクで触れられた、非上場株式など、価格が不明確な資産の価格推定はどのように行われるのでしょうか?
吉羽氏:非上場株式の価格推定には、専門家が関わることが多いです。主に以下のような方法で推定されます。
- 類似企業比較法:同業他社の株価を参考に推定
- モデルによる推定:様々な財務指標を用いて理論価格を算出
- 会計士による評価:財務諸表などを基に専門家が評価
会計上は、可能な限り市場価格を使用することが求められますが、市場価格の使用が困難な場合は以上のような方法により、推定価格を算出します。
KL:信用リスクで触れられた倒産リスクについて、利回りとの関係についても合わせて教えていただけますか。
吉羽氏:利回りと倒産リスクには密接な関係があります。一般的に、利回りが高いほど倒産リスクも高くなるため、投資家にとって非常に重要な要素です。
高い利回りは、一見すると魅力的なものに見えますが、リスクの対価ともいえるでしょう。つまり、市場が当該投資に高いリスクを見出しているため、高い利回りを要求しているのです。このような追加的な利回りのことを「リスクプレミアム」と呼びます。
KL:倒産リスクはどのように測定されるのでしょうか。
吉羽氏:倒産リスクを測定する方法はいくつかあります。
- 格付け:最も簡単な方法です。格付機関が付与した格付けに応じて、概略的なデフォルト確率がわかります。
- 株価分析:株価の動きから企業の財務健全性を推測する方法もあります。
- 利回り分析:利回りそのものが信用リスクの指標になります。例えば、国債の金利と比較して、上乗せされている金利部分は、ほぼ信用リスクと考えられます。上乗せされた金利部分が、先ほど触れた「リスクプレミアム」にあたります。
起業家や投資家が注目すべき金融リスクとは?
KL:では、それぞれのリスクについて、例えば、起業家と投資家では、注意すべきポイントに違いなどあるのでしょうか。
吉羽氏:はい、起業家と投資家では注意すべきリスクには以下のような違いがあります。
- 起業家
主に資金流動性リスクに注意が必要
資金調達や借入れの際の課題
成長段階に応じて市場リスクも考慮する必要が出てくる - 投資家
市場リスクが重要
市場流動性リスクにも注意が必要
投資資産の価値変動や売却時の流動性を常に意識する
起業家の場合、まずは事業立ち上げや運営に必要な資金を確保することが重要です。銀行やエンジェル投資家に対して事業の将来性や収益性をアピールし、資金流動性リスクを低減させることが優先課題となるでしょう。
一方、投資家は自身の投資資産の価値変動(市場リスク)や、必要な時に適正価格で売却できるか(市場流動性リスク)を常に意識する必要があります。
起業家も成長段階に応じて、市場リスクにも注意を払う必要が出てきます。例えば上場後の株価動向などですが、市場リスクの優先順位は投資家とは異なります。
KL:次に企業、特に金融機関についてはどうでしょう。
吉羽氏:金融機関自身のリスク管理という観点から考えると、一番大きいのは信用リスクでしょう。融資している企業がデフォルトしてしまうのが最も深刻な問題です。また、金融機関自身も投資運用を行っているので、市場リスクについても考える必要があります。さらに、オペレーショナルリスクもあります。オペレーショナルリスクとは、例えば、システム障害などが該当します。
これらのリスク、つまり信用リスク、市場リスク、オペレーショナルリスクに対して、金融機関はリスクを見積もり、リスクに応じた資本を保有しなければなりません。
資本を保有するということは、実質的には損失が出たときに埋め合わせるための資金を持っていることを意味します。金融機関自身には最終的な担保として、現金などの流動性の高い資産の保有が要求されています。
また、金融機関に限らず企業全般にとっての重要なリスクとして、戦略リスクとレピュテーションリスクがあります。戦略リスクは自社の戦略が失敗するリスク、レピュテーションリスクは評判や噂に関するリスクです。特にSNSの発達した現代では、レピュテーションリスクは重要です。
KL:まとめると、金融リスクとして最も大きなものは、市場リスク、流動性リスク、信用リスクの3つということでよろしいでしょうか。
吉羽氏:そう考えてよいと思います。ただし、金融機関に対する規制という面から考えると少し異なります。流動性に関しては一定の流動性を保持するよう規制されていますが、リスクに応じた資本保有が求められるのは、信用リスク、市場リスク、オペレーショナルリスクです。
特にオペレーショナルリスクは、規模が大きくなるほど何らかのミスで損失が出る可能性が高まるため、規模に応じた資本保有が求められています。
また、リスクは見方により異なるため、投資家、金融機関に限らず幅広くリスクを把握する必要があるでしょう。例えば、銀行も資産運用を行うという投資家としての側面も合わせ持っているからです。
つまり、投資家と金融機関で特定のリスクだけに注目すればよいわけではなく、両者ともに総合的にリスクを把握し管理していく必要があります。
KL:投資家に限定した場合、金融リスクを考える上で、最も気にすべきリスクは何でしょうか。
吉羽氏:投資家にとって最も重要なのは市場リスクでしょう。つまり、自分の保有する資産価格がどう変化するかということです。次に重要なのは、投資先のデフォルトリスクをどの程度考慮するかということです。
リスク管理に必要な相関関係とは?
KL:では、投資家にとって最も重要な市場リスクの管理方法について教えていただけますか。
吉羽氏:市場リスクの管理方法の基本は、過去の価格変動データを分析し、将来の変動を予測することです。そして、重要なのは複数の資産間の相関関係を理解することです。
例えば、逆相関する資産を組み合わせるとリスクを大きく軽減できます。独立して動く資産を組み合わせても一定のリスク分散効果(リスクの軽減効果)が得られます。ただし、金融危機の際は、多くの資産が同時に下落する傾向があり、リスク分散効果が得られないことになって、注意が必要です。
KL:相関関係についてもう少し詳しく説明していただけますか。
吉羽氏:簡単な例で説明しましょう。2つの資産に投資する場合を考えてみます。もし2つの資産が完全に連動して動くなら、リスクの軽減効果は得られません。
反対に、逆相関する資産を組み合わせた場合、一方の資産が下がったとしても、他方の資産が上がる傾向があるため、リスクは相殺され、大きなリスクの軽減効果が得られます。また、動きに相関がない資産を組み合わせても、両方の資産が同時に下がることはある程度抑えられ、大きな損失を被る可能性が抑えられます。
例えば、完全な逆相関は難しいですが、債券と株式は比較的逆相関すると言われています。また、株式市場の中でも、景気に強い銘柄と弱い銘柄を組み合わせる方法もあります。
KL:企業や個人投資家のリスク管理方法として、債券と株式を組み合わせて保有するなどは、有効なリスク管理といえるでしょうか。
吉羽氏:企業の場合でも個人の場合でも、債券と株式を保有することは、有効なリスク管理戦略といえるでしょう。ただし、企業は個人の投資家とは違い、時価評価の義務があり、株主への説明責任があるため、評価損が出ている資産を長期保有することが難しい場合があります。
KL:では、平常時ではなく、市場が混乱している時などのリスク管理についても、教えていただけますか。
吉羽氏:例えば、リーマンショックやコロナショックのようなストレス下では、資産変動の相関がより強くなり、多くの資産が同時に下落する傾向にあります。このような状況下では、通常の相関分析だけでは不十分で、より高度な分析が必要になります。したがって、継続的なモニタリングと柔軟な対応が求められます。
KL:以上の解説を踏まえたうえで、リスク管理における大切なことや、リスク管理をする上で持つべき考え方についても教えてください。
吉羽氏:リスク管理において最も重要な要素は、資産間の関係を精緻に把握することです。資産間の相関関係を深く理解することが不可欠であり、各資産が同一方向に動くのか、反対方向に動くのか、または無関係に動くのかを認識することが基本となります。
ポートフォリオ管理においては、相関関係の理解を活用します。複数の資産を組み合わせる際は、各資産の相関関係を十分に考慮して選択することが重要です。適切な組み合わせにより、リスクの分散と効率的なリターンの獲得が可能となります。
また、相関関係の安定性を継続的に検証することも必要不可欠でしょう。過去の相関が将来も安定的に続くかどうかを慎重に考察し、市場環境の変化に応じて適切に対応することが求められます。
さらに、金融ストレス時における相関関係の変化を予測し、対策を立てることも重要な要素になるでしょう。通常時とは異なる相関関係が生じる可能性を想定し、対応策を準備しておくことが賢明です。
上記の要素を総合的に考慮しながら、常に最新の情報を分析し、リスク管理の精度を向上させることが重要です。市場環境は絶えず変化するため、継続的な学習と分析が効果的なリスク管理の実現につながります。
金融リスクの管理能力を高めるために
KL:では、リスク管理能力を高める方法などについても教えていただけますか。
吉羽氏:リスク管理能力を高めるためには、市場リスク、信用リスク、流動性リスクの3つの主要なリスク分野に焦点を当てた対策が必要です。
市場リスクに関しては、先ほども申し上げたように、過去の資産価格の動きを詳細に分析し、資産間の相関関係を深く理解することが不可欠です。資産間の相関関係の理解が進めば、適切な分散投資戦略を立てることができます。さらに、ストレス時における資産間の相関関係の変化に対する適切な対策を講じることも重要です。
信用リスクについては、高利回り資産に対するデフォルトリスクを認識し、リターンとリスクのバランスを慎重に評価することが求められます。バランスを考慮することで、過度なリスクテイクを避けつつ、適切なリターン追求をすることができます。
流動性リスクに関しては、市場での売買が困難な資産の特性を十分に理解し、流動性プレミアムの概念を把握して適切に評価することが重要です。
これらのリスクの特性や相互関係を深く理解し、常に最新の情報を収集・分析することで、総合的なリスク管理能力を向上させることができます。市場環境の変化に応じて柔軟に対応し、継続的に戦略を見直すことも、効果的なリスク管理には欠かせません。
KL:リスク管理能力について、資産額などは関係するのでしょうか。また、リスク管理能力を高めるにあたって、上手い人・下手な人の違いなどはあるのでしょうか。
吉羽氏:リスク管理能力と資産額の関係について、資産額が多少の影響を与える可能性はありますが、決定的な要因ではありません。
ただ、多額の資産を保有する個人は、分散投資を行いやすい利点がある一方で、少額の資産しか持たない個人は、分散投資のコストが相対的に高くなる可能性があります。ただし、資産額の多寡に関わらず、適切なリスク管理は可能です。
リスク管理が下手な人には、いくつかの共通した特徴が見受けられます。例えば、利回りだけを見て投資を決める傾向があるということです。また、投資に含まれる様々なリスク、特に信用リスクなどを適切に認識していないことがあるといえるでしょう。
反対に、リスク管理が上手な人は、投資に伴う様々なリスクを包括的に理解し、適切に対処する能力を持っています。単に高い利回りを追求するのではなく、リスクとリターンのバランスを考慮した投資決定を行える傾向にあります。
ただし、リスク管理の結果には運の要素も大きく影響するため、純粋に能力だけで判断することは難しい面もあります。短期的な結果だけでなく、長期的な視点でリスク管理の成果を評価することが重要です。
したがって、重要なのは各個人の状況に応じて、最適なリスク管理方法を考え、実践することだといえるでしょう。資産額の大小に関わらず、適切なリスク認識と管理戦略を持つことに加え、継続的な学習と経験の積み重ねにより、リスク管理能力を向上させることが可能です。
起業家のためのリスク管理
KL:最後に、起業家志望の学生に向けてのアドバイスをお願いします。
吉羽氏:起業家志望の学生にとっては、資金調達が最重要課題だといえるでしょう。資金調達の際は、事業に関連する様々なリスクが比較的少ないことをアピールし、事業の将来性、リスク管理に対する考え方を投資家に明確に伝えることが求められます。
また、起業家が注意すべきリスクとして資金流動性リスクもあります。資金調達の方法と時期を慎重に計画し、常に十分な運転資金を確保することが事業の継続と成長には不可欠です。
起業家にとって、資金調達の方法や時期、ビジネス展開の計画など、総合的な資金計画が成功の鍵を握るからです。具体的には、どの段階でどのような資金源(自己資金、借入、投資など)を活用するか、また、事業の成長に合わせてどのように資金を調達していくかを綿密に検討する必要があるでしょう。
起業家志望の学生は、事業計画の策定段階から資金調達とリスク管理を一体的に考え、長期的な視点で事業の持続可能性を高めることが重要です。同時に、市場動向や経済環境の変化にも柔軟に対応できる能力を養うことも、将来の成功につながる重要な要素となります。