あなたはASDと聞いて、どのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。実は、近年の日本における研究では、子どもの約3%が自閉スペクトラム症(ASD)の診断を受けていることがわかっており、更に、その数は年々増加傾向にあります。一方で、診断を受けていなくてもASDの特性を強く持つ人は少なくなく、私たちの身の回りにも“ちょっと気難しい”“こだわりが強い”といった特性の裏にASDが潜んでいることもあります。昔は典型的な「障害」としてのイメージがありましたが、実はASDは身近にある特性だということが研究で明らかになりつつあります。
そこで今回は、北海道大学 大学院教育学研究院にて発達臨床学を研究されている岡田智准教授にお話を伺いました。

岡田 智 / Satoshi Okada
北海道大学大学 院教育学研究院附属子ども発達臨床研究センター 准教授
【プロフィール】
1976年福島生まれ,1999年東京学芸大学卒,2007年同大学院 連合学校教育研究科博士課程修了(博士(教育学))。東京都公立教育相談室・教育相談員,YMCA西東京センター・LD支援クラス講師,ながやまメンタルクリニック・臨床心理師,共立女子大学家政学部児童学科・専任講師を経て,2012年より北海道大学大学院准教授。大学の相談室やセンターに加え,東京都や横浜市,北海道内の公立小学校の特別支援学級や通級指導教室や,地域の医療機関や保健センターなどでも臨床実践を行ってきた。専門は,神経発達的な背景のある子どもの心理支援,心理アセスメント,小集団アプローチである。一般向けの著書に「はじめに読む発達心理・発達相談の本」(ナツメ社,2019),支援者向けの支援実践に関するものである「幼児と小学校低学年のソーシャルスキル」(明治図書,2021)や「ダウンロード版 特別支援教育をサポートするソーシャルスキルトレーニング実践教材集」(ナツメ社,2025)などがある。
誰もがASDの特性を持っている:スペクトラムという視点
クリックアンドペイ(以下KL):自閉症スペクトラム障害(ASD)とは、どのような特徴を持つ発達障害なのでしょうか。
岡田氏:自閉症スペクトラム障害は1940年代に初めて海外で報告され、これまでさまざまな名称が用いられてきましたが、様々な経緯をたどって、現在は英語名の“Autism Spectrum Disorder”を略して「ASD」と呼ぶのが主流になっています。自閉症スペクトラムとか,自閉スペクトラム症とかそういう日本語が当てられています。今回は、このASDという言葉を使って説明していきたいと思います。
ASDの中核となる特徴は、大きく分けて2つあります。
- 社会性やコミュニケーションの障害
人との関係を築くことや、情緒的なやり取り、気持ちの交流といった「人と関わる力」に苦手さが見られます。また,言葉を使ったやり取り,表情やしぐさなど非言語的なやり取りが不器用であるなど、コミュニケーションに苦手さがあります。 - こだわりやすさ
興味や行動が限定的であったり、同じ行動を反復的に繰り返したりなど、こだわりやすい傾向が見られます。これらは思考の固さ,つまり,認知的柔軟性のなさが背景にあるとされています。また,感覚面で過敏さを持つといった特徴も見られます。
脳の機能として、生まれつきこれらの2つを苦手とする人をASDという風に位置付けていますが、人によって症状の現れ方や強さは異なります。ASDは「こういう人」という明確な枠で括れるものではなく、「スペクトラム(連続体)」として捉える考え方が一般的になっています。
KL:「スペクトラム(連続体)」という考え方について、もう少し詳しく教えてください。
岡田氏:ASDの理解で重要なのは、「ある・ない」という二分法ではなく、「程度の差がある」という見方です。つまり、自閉症的な特性は誰もが多少なりとも持っており、それが生活にどの程度支障をきたすかによって、診断の有無が決まるという考え方です。ですので、典型的な自閉症のイメージのように、他者とかかわらないで自分の内側に引きこもっている,いわゆる“自閉的”な感じの人もいれば、人とはかかわるけど空気が読みにくく,会話がかみ合いにくいといっただけの微妙なラインの人もたくさんいらっしゃいます。むしろそういった微妙なラインの苦手さがある方のほうが多いです。
診断がつく方というのは,その自閉症的な特性が強めで,かつ日常生活で支障をきたしている方,つまり,支援ニーズを持っている方です。逆に、診断が必要なほど日常生活において困っていない方は、自閉症的な特性を持っていても診断の対象にはなりません。
実際、「こだわりが強い」「人と関わるのが苦手」といった特性は、周囲にもわりと多く見られると思います。著名人の中にも、自分はASDだと公言している方がいらっしゃいます。よく知られている例としては、イーロン・マスク氏やビル・ゲイツ氏が挙げられますね。
KL:確かに、人の性格は様々ですから、コミュニケーション能力や共感能力にはもともと個人差がありますよね。ASDも特殊な障害というより、性格の個人差の延長線上として捉えるのが現在の主力の考え方、ということですね。
ASDのイメージの変容
KL:個人的には、ASDというと、メディアで描かれるような自閉症の方のイメージがありました。
岡田氏:そうですね。映画やドラマによるイメージの影響は大きいです。約40年前に作られた映画『レインマン』では、ダスティン・ホフマンが典型的な自閉症の人を演じていました。分かりやすい「昔ながらの自閉症」の描写ですね。日本だと漫画が原作ですがテレビドラマで『光とともに…』(日本テレビ)というものがありますし、最近では『ライオンの隠れ家』(TBS)といった作品にも自閉症のあるキャラクターが登場しました。そういった作品では、手をひらひらさせたり、身体を揺らしたり、同じ行動を繰り返したりといった、いわゆる自閉症的な行動が強調されることが多かったですね。それから、人との関わりが苦手だったり、自分の思いをうまく言葉にできなかったり、対人関係の構築に不器用さがある、といった側面も描かれていました。
約20年前ぐらいまでは、このようないわゆる典型的な特徴を持つ人が自閉症と認識されていましたが、最近ではアスペルガー症候群や、高い知的能力を持つASDの人たちが注目を集め始め、世間のASDに対する認識も変化してきています。特性を活かして研究者になったり、自分の特性について手記やSNSなどで発信したり、本を書いたりといった人たちが増えてきました。彼らの活動もあり、ASDの姿は多様であるという理解が広がりつつあると感じています。教育の現場においても、昔ほど典型的ではないASDの子どもが増えてきました。例えば、「マイペース」「変化に弱い」「友達関係が作りにくい」といった子どもたちです。コミュニケーションはできるけれど、どこか浮いてしまう、切り替えが苦手で混乱しやすい、などといった特徴がありますね。
今では「ASD=少し変わっている人」「コミュニケーションが不器用な人」というように、一般のイメージもかなり広がってきたように感じます。
KL:確かにコミュニケーションの能力に関しては、個人差として認識されるようになってきたと思います。2つ目の特徴である「こだわり」に関して、もう少しお伺いできますか。
岡田氏:一般的には、行動や興味の幅の狭さといった特徴が広く認知されていると思います。また,同じ服や道順,日常での行動パターン(ルーティン)があり,それらを固持しようとすることがあります。これらは興味や行動の限局性,反復性と言われている特徴です。素数や円周率などにこだわって,好んで何時間でもそれらをノートに書き写すという日課を持っている子どももいました。
でも最近では,この「こだわり」以外の部分として「感覚過敏」と呼ばれるものが注目され,最近の医学的な診断基準ではASDの中核的な特徴として扱われるようになっています。具体的には、大きな音が苦手、特定の服の感触が苦手で着る服にこだわってしまう、ほかの人が平気な光でも眩しすぎてつらくなる、見たものの感受性が強すぎて混乱してしまう、偏食が極端といったように、聴覚,視覚,触覚,嗅覚,味覚の五感に対して過敏な反応を示します。
感覚過敏自体はASDに限らず,一般の人たちにも一定割合に見られるのですが、多くのASDの方がこの特性を併せ持っているため、一般的に認識されている「こだわり」と並んでASDの主要な特徴の一部として認識されるようになっています。
ASDの支援制度
KL:自閉症スペクトラム障害(ASD)のある方々に対して、現状どのような支援制度が整備されているのでしょうか。
岡田氏:ASDやそれに関連する子どもや大人への支援は、ここ20年で飛躍的に増えました。特に2005年に「発達障害者支援法」が施行されたこと、そして2012年に「障害者総合支援法」が改正されて施行されたことによって、公的な支援システムが大きく広がったんです。
発達段階ごとに見ていきましょう。
まず乳幼児期には各市区町村の保健センターで「乳幼児健診」が行われます。「1歳6ヶ月健診」や「3歳児健診」では、身体の健康だけでなく、言葉の面,社会性の面,運動機能や感情や気質の面など、いろいろな領域の発達のチェックが行われます。
ここで言葉や社会性,気質の面でのチェックなどから,ASDの傾向が見つかることもあり、早い段階で療育支援につながる子どもたちも多いです。近年では「5歳児健診」も導入されはじめました。小学校に上がってから子どもの困難が発覚し、親子ともに問題が深刻になってしまうケースを減らすための取り組みです。軽度な発達の遅れや困難が見過ごされないよう、スクリーニングの強化が図られています。また,現在では「児童発達支援事業所」という施設が全国にあり、民間が運営しつつも公的資金によって支えられていて、多くの親子が利用しています。
小学校就学後は「特別支援学級」や「特別支援学校」が選択肢になりますが、知的能力に遅れがなかったり,自閉症特性がそれほど強くない子どもの場合は通常学級に在籍することが多いです。通常学級に在籍しながらも,「通級による指導」といって、通常学級に通いながら週に数時間だけ通級指導教室に通い、専門の先生のサポートを受けるといった教育制度もあります。
KL:今の特別支援学校の現状を教えてください。
岡田氏:特別支援学校は、以前は「養護学校」と呼ばれていましたが、今では「特別支援学校」や「高等支援学校」と名称が変わり、軽度の知的障害や知的障害のない発達障害の子どもたちに対応するためのコースも増えています。そこでは,就労や社会的自立に向けた教育が行われていて、働くことや社会自立を意識した支援が展開されています。
もちろん、ASDのある方でも,一般の高校や大学へ進む方も多いですし、大学では「障害学生支援」が進んでおり、発達障害やその他の精神障害、身体障害など、たとえ診断名がなくても、事情や困難を抱えている学生たちへの支援は拡大しています。
KL:大学や高校・大学卒業後では、具体的にはどのような支援が受けられるのでしょうか。
岡田氏:まず法律的な観点から言うと、大学や企業は、「障害者差別解消法」に基づいて合理的配慮を提供する義務があり、診断名がなくても、何かしらの困難があれば支援をしなければなりません。私が勤めている大学でも,障害学生支援を担う部署であるアクセシビリティ支援室から,頻繁に合理的配慮の依頼書が届き,授業担当者として学生と相談しながら,合理的配慮を行う場合も日常的になってきました。例えば、レポートの提出期限の調整やテスト環境の整備、不調時の補講など、個々のニーズに合わせた支援を行っています。
また、就労の場でも支援は広がっています。たとえば「ジョブコーチ」が職場に入ってサポートを行ったり、「障害者職業センター」や「就労移行支援事業所」や「就労継続支援事業所」などさまざまな相談・支援サービスがあります。
このように,年齢を問わず,ASDを含めた発達障害のある方への支援が拡大しており,医療だけでなく,現在は教育・福祉・労働の各分野でも支援が整備されてきていて、アクセスもしやすくなっています。
KL:年齢や障害の程度、困難の度合いによって対応できるよう、多様な支援制度が展開されているんですね。
岡田氏:はい、制度の数や種類に関しては、かなり充実していると言えます。ただし、支援の中身に関してはまだ課題があります。具体的には、爆発的に増えている「放課後等デイサービス」といった福祉支援にはさまざまな民間の会社も参入するようになってきており,支援の質が問題となっています。自己負担金が少なく利用できるために,学習塾のように学力保障を歌って利用者を集めている事業所や,子どもの実態に応じた支援計画を作成せずに,子どもを預かるだけの質の低い支援施設もあったりと,世の中で問題になっています。もちろん,高い専門性をもって支援に当たっている事業所もたくさんありますので,一概には言えないのですが,残念な実態も全国的にみられています。
KL:放課後等デイサービスに限らず,支援制度そのものが整っていても、それをきちんと運用できる専門家が不足していたり、また地方では、人材不足や財源の問題で都市部と同水準の支援が受けられないことも耳にします。他には、制度自体は存在していても、煩雑な申請が難しく、結果的に支援まで辿り着かなかったり、そもそも支援を受けられることが知られていないといったケースもありそうです。だからこそ、これからは制度の拡充以上に、質の向上や現場支援の充実、情報アクセスの改善、地域間格差の解消といった方向に力を入れていくことが必要だと,先生のお話を聞いて思いました。
岡田氏:はい,その通りです。制度の拡充とともに専門家をどう育てていくのか,養成システムにももっと焦点が当てられるべきだと思います。
ASDを持つ人とのコミュニケーション
KL:自閉症スペクトラム障害(ASD)を持つ人とのコミュニケーションにおいて、周囲が心がけるべきことについて教えていただけますか。
岡田氏:まず大前提として、「ASDのある人」と「ない人」を、はっきりと区別ができるのか、という点について考える必要があります。ASD特性というのは一般の人口にもスペクトラム上に分布していて、誰しも多かれ少なかれ持っている連続体の特徴であり、その特性の強さも個人差があり,様々なのです。
つまり、どうコミュニケーションを取ればいいのか、何を心がけるべきかというのは、相手によって変わるので、はっきりとした答えはありません。「ASDの人にはこう接しましょう」とステレオタイプを貼ってしまうと,その方とのコミュニケーションのズレは余計に大きくなることでしょう。
KL:確かに、ASDがスペクトラムである以上、「こうすべき」という固定観念は危険ですね。
岡田氏:自閉症の特性は、「社会性」と「こだわり」が二大特徴ですが、その中身も人によって多種多様です。社会性とこだわりの両方が強い人もいれば、両方とも弱い人もいますし、片方の特性のみが強くでるケースもあります。最近の研究では、ASDの特徴をいくつかの“特性”で捉える流れが出てきていて、「プロフィール」で理解する考え方が主流になってきています。
KL:「プロフィール」というのは、どういうイメージでしょうか。
岡田氏:ドラゴンクエストというTVゲームに例えるなら、力、素早さ、HP、知力…といった特性がキャラクターによって違うようなものです。同じASDの方でも、コミュニケーションや社会的交流の困難や特徴がどの程度か、反復的・繰り返しの行動様式や認知的柔軟性のなさがどの程度か、感覚過敏はあるのかないのか,たくさんある特性のプロフィールによって、その人の生きづらさや日常生活での困難は違ってきます。コミュニケーションに不安があるけれどある程度の距離を持って人間関係を築きたいと思っている人に対しては、その人に応じた距離感で関わることが、相手との関係を維持するうえで重要かもしれません。認知的柔軟性に苦手さがあり,考え方を曲げない頑固な方には,正面からぶつかるようなことは避け,その方の意見を丁寧に聞き,こだわってしまう背景を理解しようと努めることで,相手も安心して意見交換をしてくれることでしょう。 一概に「このような対応をすればいい」というマニュアルはありません。その人がどんな特性を持っているのか。何が苦手で、どこにやりづらさを感じているのか。そういうところを丁寧に理解しようとする姿勢が何より大事です。「ASDの人だからこう接する」とか「自閉症だからこうだろう」というラベルで決めつけて判断するとコミュニケーションのズレが生じてしまいます。コミュニケーションの断絶は,ASDではない人のASDを理解しようとしない,その視点からも生じるのです。
多様な視点からのアプローチが必要!
KL:最後に、自閉症スペクトラム障害について学ぶ大学生や一般の方に向けて、メッセージをいただけますか。
岡田氏:私自身は、自閉スペクトラムのある子どもたち一人ひとりの育ちや経験、そしてその子たちが見ている世界に興味を持ち、臨床心理学を基盤に研究と実践を重ねてきました。
ただし、そうした子どもたちの「幸せ」や「自立」、その後の人生を考えるとき、個人への対応だけでは完結しないことに気づかされます。子どもたちは社会や地域、家族、教育システムなど、さまざまな環境や関係性の中で生きており、そこからくる生きづらさや困難が生まれてしまいます。
つまり、個人に焦点を当てた研究や臨床活動だけでは十分ではありません。哲学、医学,教育学、社会学、社会福祉学、社会システムからの視点など、多様な分野からのアプローチが求められます。
大学生の皆さんには、心理学だけにかかわらず、自分自身の興味・関心や専門性を出発点にして、自閉スペクトラムというテーマにアプローチしてもらいたいと思います。ASDは学際的な研究分野であり、多様な視点が必要になりますので、こういったテーマに興味を持って研究や実践を展開していく人が増えていけばいいなと思っています。
また、臨床心理学を学ぶ学生の方以外にも、ぜひ「スペクトラム」という考え方を持っていただきたいです。「自閉症かそうでないか」という二択ではなく、自閉症は連続体であり、誰もが程度の差はあれど特性を持っている、という理解が大切です。
その連続性を認識した上で、診断を受けている方のことを理解しようと努めていくことが重要です。「あの人は自閉症、自分は違う」と線を引いてしまうと、どうしても区別や差別が生まれてしまいます。
人それぞれが皆違うということ、その当たり前の事実の中で、その人固有のあり様をどう受け止め、どう理解しようとするか。この姿勢が、最も大切です。決めつけるのではなく、その人の見ている世界や経験している生きづらさを理解しようと努めること。それこそが、自閉スペクトラムを持つ人たちへの理解の一番大事な所作だと思います。