日本の少子化は「食い止めている」だけ!改善には生活水準維持への「確信」が必要

日本は30年余り、少子化が改善しないままの状況が続いています。

経営の視点からは少子化による働き手不足などの懸念もあり、少子化問題について高い関心を持って注視している方も多いのではないでしょうか。

そこで今回は、『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか? 結婚・出産が回避される本当の原因』の著者である、中央大学の山田昌弘教授にお話を伺いました。

山田 昌弘 / masahiro yamada
中央大学 文学部 教授

【プロフィール】
1957年11月30日東京都生まれ。
1983年 東京大学大学院社会学研究科修士課程 修了
1986年 東京大学大学院社会学研究科博士課程 単位取得退学
東京学芸大学社会学研究室助手、専任講師、助教授、米国カリフォルニア大学バークレー校客員研究員を務める。
2004年 東京学芸大学教育学部教授に就任(~2008年3月)
2006年 「格差社会」で流行語大賞トップ10受賞
2008年4月 中央大学文学部教授に就任
主な役職に、男女共同参画会議民間議員、東京都社会福祉審議会委員、家族社会学会会長など。

「1.57ショック」から少子化は30年以上改善していない

クリックアンドペイ(以下KL)では最初にお聞きしたいのですが、日本の少子化はいつから始まったのでしょうか?

山田氏:日本で少子化が広く認識されるようになったのは、1990年の「1.57ショック」からです。

これは1989年の合計特殊出生率が1966年の「1.58」を下回ったことで名づけられたもので、それまでは1.58が戦後最低の出生率でした。以降、日本では平成に入ってから合計特殊出生率が1.6以下の状態が30年以上も続いています。「合計特殊出生率」とは女性1人あたりが一生の間に産む平均子ども数の目安で、2.07人を上回れば人口は増えていきますが、下回れば人口は減少します。こうした現状から、少子化が今も続いている問題であることは疑いようがありません。

KL:30年以上も子どもの出生率が低水準にある中で、政府による様々な少子化対策も打ち出されてきましたが、効果は上がらなかったということでしょうか?

山田氏:正直なところ、少子高齢化は大した対策はされていないんですよ。

私は政府の委員になって 30年近くなります。今は内閣府の男女共同参画会議民間議員をしていますが、もうずっと、同じことばかり言っています。政府は、女性管理職の比率が1年で0.何パーセント上がってます、とか。でもそんなペースでは、男女共同参画が本当に実現するまでには何十年もかかってしまいます。少子高齢化も一緒で、以前よりましという程度です。

1990年の「1.57」ショックから政府も様々な動きを見せてきましたが、事実上失敗に終わっています。1994年に子どもを育てやすい環境作りのための「エンゼルプラン」の策定、1999年に少子化対策基本方針の提示、2003年に少子化対策基本法、さらに2004年には少子化対策基本法に合わせて『少子化対策白書』も発行されています。しかし、先ほどもお話しした通り合計特殊出生率は1.6以下で推移していて、平均子ども数が30年ほど前から変わっていないことを考えると加速はしていないし、悪化を食い止めてはいると思いますが、改善もしていません。

KL:すると、日本の少子化、少子高齢化はますます深刻な状況になっていくのでしょうか?

山田氏:少なく生まれた世代がそのまま現在の出産世代になっているわけですから、釣瓶(つるべ)落としのような状態なんですよ。

このままいけば、日本の人口、子どもの数はどんどん減っていくでしょうね。それに、韓国のように毎年出生率が下がり続けるようなひどい状態ではありませんが、平均寿命も延び続けているので、マクロ経済的には何もいいことがない。介護や年金などで、お金を受給したり、サービスを受ける人が増える一方で、現役世代の人口が少なくなるわけですから働いたりお金を納める人は少なくなる。今後ますます苦しい状況になることは目に見えています。

日本の少子化の根底にはリスク回避と収入格差が存在する

KL:少子化対策では、フランスやスウェーデンのように成功している国もありますが、日本ではなぜうまくいかないのでしょうか?

山田氏:確かに、フランスやスウェーデンなどの国々は少子化対策の成功例といえるでしょう。

北欧諸国は過去に1980年頃から出生率が2を割り込んで、1.6程度まで落ち込んだことがありました。しかし、政府が少子化対策を実施したことで、1990年にスウェーデンは2.13、フランスは2006年に2.00まで回復しました。最近の数字でいうと、2015年にフランスが1.92、スウェーデンが1.85です。また、ヨーロッパの中でも出生率が低水準だったオランダは、1983年の1.47から2000年に1.72まで回復しています。日本の少子化対策のモデルとなっているのも、実はこれらの3国です。

なのに、現実に日本の少子化対策がうまくいっていないのは、生涯の生活設計におけるリスク回避意識が大きく影響していると考えられます。

KL:生活設計におけるリスク回避というと、やはり金銭的な問題でしょうか?

山田氏:そうですね。日本人は非常に世間体を意識する傾向が強いんです。

生涯にわたって生活設計を考えた時に、世間一般並みの生活水準が保てなくなるリスクがあるなら、結婚や出産を避けるようになる。結婚や出産は生活が大きく変わるので、生活水準が上がることもあれば、生活が苦しくなってしまうことも有り得ます。将来、子どもにつらい思いをさせたくないという思いからも、苦しい生活になる可能性が高いなら避けようと考えるわけです。

そもそも、社会保障制度が整っている北欧やオランダ、フランスなどの国なら結婚や出産を経てもある程度の生活を維持しやすいですし、高齢者に対する社会保障も手厚いので、高齢になってからの不安が少ない。アメリカなどでは、結婚によって互いが支え合う形になるので、むしろ生活水準を安定させ、向上させる選択肢と成り得ます。こうした国々では日本のように結婚や出産で生活水準が激変するような危機意識が薄いので、欧米社会をモデルにした少子化対策では高い効果は望めないでしょう。

KL:確かに、結婚や出産、子育てにかかる費用を思うと、収入にかなりの余裕がなければ簡単には決められません。

山田氏:1990年代から少子化が顕著になったのは、男性の収入格差が広がったからなんですよ。

結局、女性は収入が少ない男性を結婚相手としてはなかなか選ばない。最近は、収入が少ない女性も男性から選ばれにくくなっています。そういう事情もあって、収入が低い人は男女ともに結婚したくてもできない状況になっているわけです。

KL:年収いくら以上だと結婚相手として選ばれやすい、といったボーダーラインはあるのでしょうか?

山田氏:一応、年収400万円ほどとはいわれていますね。

ただ、日本って韓国や中国ほどではないにしろ、あまり愛とか恋とかって信用しない傾向が強いんです。日本人が信用しているのは主に収入の安定ですね。収入が安定している相手と結婚して、将来も安定して過ごしたい人が多い。だからそういう人が多い東京では、まだまだ子どもの数が減っていないんです。

一方で、地方に行くと女性はパートや契約社員が多い。その上、男性も伝統的な小規模自営業なんかが多いので、収入が見通しがもてない人が多いのです。自営業でも、東京ならベンチャー企業の経営者のような人もいれば、売れないフリーランスもいる。収入が低い自営業の方が日本、特に、地方では多いわけですから、結婚して子どもを育てて、と考えた時に将来潰れるかもという不安があれば気は進まないでしょう。だから地方は今、本当に悲惨な状況になっていて、東京23区では子どもの数がほとんど減っていない一方で、秋田県なんかでは20年で子どもの数が半分以下に減ってしまっているんです。今年の3月までの速報値をみると、秋田県では赤ちゃんが1人生まれたら6人の高齢者が亡くなる計算ですから、ぞっとしますよね。

地方の女性が出てくるので東京の出生率はほとんど変わらないが地方は激減

KL:東京と地方で子どもの数にそれだけの差があるとは驚きです。東京で子どもの数がほとんど減っていないというのは、人口の一極集中などが理由なのでしょうか?

山田氏:東京23区で子どもの数があまり減らない理由としては、2つ考えられます。

1つは、若くやる気のある女性が地方を捨てて東京に出てきていること。ここ20年くらいで、東京の若い女性の人口は増え続けています。そういう人たちが東京で結婚して、子どもを産んでいるんです。東京だと女性も正社員として働きやすいので、育休が取りやすいですし、共働きもしやすい。近年は、保育所の整備も進んでいますから、結婚も子育てもしやすいわけです。ですが、地方はまだまだ女性差別が根強くて、正社員として勤めるのも難しいから育休も取れない。そんな環境だと、やる気のある女性はどんどん東京に流れていってしまいます。だから、地方には中年男性ばかりが取り残される状況になっています。東京だと未婚男女の割合はほぼ1:1に近いんですが、東北地方や四国は未婚女性1に対して、未婚男性1.4や1.5です。若い女性がいなくなれば、当然子どもも生まれません。

もうひとつの理由は、地方から東京に出てきた女性は、そもそも地元に戻りたがらないんです。先日、私のところの卒業生が法事のために地元に帰ったらしいんですが、男性はみんな飲んで食べているのに、女性は年配の方から若い人までみんな料理を準備して配膳して、お酌しているのを見て、「もう絶対戻らない」と言っていました。女性が東京へ出て行くこと、そして地方へ戻らないこと。これが、地方において子どもの数が激減する大きな要因のひとつなんです。

KL:地方だと、お相手を探そうにもいないと・・・。

山田氏:私が過去に行った未婚者の調査では、日本の未婚者は親と同居しているケースが大多数です。

大都市部では男女とも、1人暮らしの独身者が多いので、異性の独身者と出会う機会もあります。しかし、地方では1人暮らしの未婚者はごくわずかで、しかも非正規雇用者の男性になれば結婚相手に選ぼうという女性も激減してしまう。つまり地方においては、そもそも1人暮らしの独身者の絶対数が少ないことに加えて、出会う機会そのものが乏しいわけです。

KL:すると、結婚する場所は変化しているものの、今の30代など若い世代も結婚観は親世代とそれほど変わっていないのでしょうか?

山田氏:大きくは変わっていないと思います。結婚の決断で大きなところを占めるのは、最終的には子どもが欲しいと言うことですね。

KL:それは老後に子どものお世話をしてもらいたい、といった・・・?

山田氏:いえいえ、実際には子どもに世話してもらうなんて期待している人はほとんどいないと思いますよ。

むしろ、子どもがいないと惨めだという方でしょうね。2010年に内閣府が行った調査では、未婚女性が結婚したい理由として上位に入ったのが「老後に1人でいたくない」だったんです。子どもがいないと寂しいというのもそうですし、自分に何かあった時に駆けつけてくれる人がいないのも寂しいですし、それこそ自分が死んだ時、誰もそばにいないってもっと寂しいじゃないですか。ただ、少なくとも子どもがいれば、多少は仲が悪くても骨ぐらいは拾ってくれるだろう、と思えますから。

でも、今現実に増えているのは家族がいない人たちの方です。だから、家族がいないで老後を迎える人がどうにも惨めだということがわかってきた。それを避けるためにも結婚したいんですよ。

KL:結婚するのも、子どもが欲しいと思うのも、かなり消極的な理由なんですね。打算的な結婚が多いということなのでしょうか?

山田氏:日本人って夫婦の愛情とか、恋愛とかをあまり信じていませんからね。

日本人は夫婦にロマンチックな感情をあまり求めません。ただ、完全に打算となると、中国や韓国のようになってしまいますから少し違います。今、韓国は本当に悲惨なことになっていますから。日本の場合、結婚して安定したい、そして安定した経済状況の中で子どもを育てたいと思っている人が多いわけですから、夫婦の関係に対して求めるのは愛情というよりはお金と信用。安定を求める傾向が強いということです。

生活水準を維持できる「確信」が少子化改善につながる

KL:貴重なお話、ありがとうございます。最後に読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?

山田氏:有効な少子化対策を打ち出すためには、若者が結婚して2人以上の子どもを育てても生涯、世間一般並みの生活水準を維持できると「確信」してもらえるだけの環境を整える必要があります。

出生動向基本調査で、「理想子ども数」と「予定子ども数」にギャップがある既婚女性に理由を聞くと、50%以上が「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」と答えています。しかも、30代前半に圧倒的に多い。「夫の家事育児への協力が得られないから」という理由は10%程度に過ぎません。つまり、少子化に経済的事情が大きく影響しているのは明白なのです。にも関わらず、政府の対策では仕事と子育ての両立や男性の子育て参加といった、お金のかからない方法ばかりが優先されている。これでは少子化は一向に改善していかないでしょう。

もしビジネス的に考えるのなら、候補としては中高年独身者向けのサービスですよね。離婚者も独身者も今はそれなりにお金を持っている人が多くなっているので、マッチングサービスでこれから儲かるとしたらターゲットは50代〜70代です。日本は結婚しないことによる少子化で離婚も増えているので、中高年の独身者がどんどん増えていて、男性は3人に1人が独身です。マッチングアプリが抱えるリスクなども考えると、爆発的な普及は難しいと思いますが、そういったきっかけ作りからのアプローチは検討してみる価値はあると思います。