パンデミックなどの不測事態における投資家行動とは?

長引く戦争や歴史的な円安など、私たちは不測の事態が絶え間なく発生する現代を生きています。既に投資信託や株式を保有している人や、新NISAの施行などをきっかけに新たに投資を始めようとしている人にとっても、そのような事態に直面した際に投資家としてどのように行動すればよいかを知っておくことは非常に重要になります。 そこで今回は、パンデミックなどの予測不可能な状況下における投資家行動について、名古屋市立大学経済各研究科の坂和秀晃准教授にお話を伺いました。

坂和 秀晃 / hideaki sakawa
名古屋市立大学 大学院経済学研究科 准教授

東京大学経済学部卒業後、大阪大学大学院、経済学研究科で博士(経済学)を取得。2009年より名古屋市立大学大学院経済学研究科 講師を経て、現職に就任。
2011-2012年にテンプル大学Foxビジネススクール客員研究員、2013-2014年に金融庁金融研究センター特別研究員、2017-2018年にコロンビア大学日本経済経営研究所において、フルブライトプログラム客員研究員等の実績がある。

予測不可能なパンデミック下ではありとあらゆるセクターの株価が下落した

クリックアンドペイ(以下KL):2020年に発生したコロナウイルスのパンデミックを受けて多くの投資家がとった目立った動きには、どのようなものがあったのでしょうか?

坂和氏:最初に中国で新型肺炎が流行りだしたというニュースが広がったのが2020年1月頃で、2月にはWHOがこの感染症をパンデミックとして認定したことで世間は大騒ぎになり、この原因不明のウイルスにより経済活動が停滞するだろうと予想されたことでほぼ全セクターの株式が下がりました。海外ではスーパーにも自由に行けないような厳しい外出制限が課せられた地域もあり、また飛行機が飛ばなくなるなど、ありとあらゆる経済活動が鈍化しました。

この状況がどのように変化していったかを考えるうえでは、やはり世界経済の動きに最も大きな影響を与える存在であるアメリカにおいて、コロナの感染状況や対策がどのように変わっていったかを考える必要があります。2020年3月の終わりごろには、バイデン大統領がコロナによる経済活動の収縮の規模の大きさに懸念を示し、対策として政府からの財政支出を約束しました。結果、低金利でお金を借りられる、あるいは直接補助金を受け取ることができるといった期待により、3月以降回復傾向を見せるセクターが出てきました。一方低迷したままのセクターもあり、このあたりの時期からセクター間での差が生じてきました。

人の移動に関わるセクターが大きく打撃を受けた

KL:たしかに初期段階では世の中全体が混乱しており、どの株も一様に下がっていた印象があります。セクター間に差が生じてくる中で下落傾向にあったセクター、特に売却したセクターはなんでしたか?

坂和氏:特に大きな打撃を受けたのは輸送関係です。世界中で厳しい旅行制限やロックダウンが実施されたことや、経済停滞による製品の流通の減少が悪影響を及ぼし、空運業、陸運業並びに海運業が目立って売られていきました。特に空運業に関しては、1,2カ月で4割から5割ほど急下落し、その後政府支援やワクチン普及、2023年のコロナ終息宣言により回復基調にはありますが、現在でも2019年末頃の水準までは戻っていません。一方、陸運業に関しては、オンラインショッピングなどeコマースの需要が増えたことにより2020年度後半からはある程度株価が持ち直しており、大きく影響を受けたのはパンデミック初期のみと言えるでしょう。

TradingView提供 ANAホールディングス株価チャート

TradingView提供 FedEx株価チャート

他にはテーマパークや映画館などのレジャー施設、またレストランなどを含む外食・娯楽サービス業界も当時一時的に閉鎖されるなどし、株価が急落しました。ただ、これらの業界に関しては政府がGo To Eat やGo To Travelといったキャンペーンを展開したことで、比較的早い回復を見せました。とはいえ、コロナ終息後も、ライフスタイルや消費者行動の変化の影響でパンデミック前の水準までは回復していないといえます。例えば外食産業ですと、テイクアウトやUber Eatsに代表されるデリバリーサービスが普及し、外食の需要は完全に元には戻っていません。また、娯楽業界に関しても、Netflixなどのストリーミングサービスやオンラインイベントが増加・定着したため、やはりパンデミック前とは違う様相を呈していると言えるでしょう。

情報通信産業はコロナによって好調に

KL:つまり、人の流れが大きくかかわってくるセクターは売られる傾向にあったということですね。逆に買われたセクターは何でしょうか?

坂和氏:やはり情報通信産業です。パンデミックの初期段階では他の産業と同じように大きく打撃を受け、株価も一時的に下落しましたが、ロックダウンや移動制限によって多くの企業がリモートワークやクラウドワークスを導入し、ZoomやGoogle Cloudといったサービスの需要が急増しました。また、多くの企業がデジタル化を推し進めたことでIT投資が増加し、データ分関プラットフォームやセイバーセキュリティなどの分野の株価も大幅に上昇しました。他には、先ほども挙げたバーチャルイベントや、ストリーミングサービス、オンライン授業、遠隔医療などといった、新たな分野が急速に発展しました。全体として、情報通信産業はパンデミックによりポジティブな影響を受けたと言えるでしょう。

TradingView提供 Zoom Video Communications, Inc株価チャート

TradingView提供 Palantir Technologies株価チャート

政府の対応やメディアの報道も影響

KL:コロナ禍において有利な産業は買われ、逆に対面が必要になるなど不利な産業は売られた、というのが大まかな傾向だったということですね。

それ以外にパンデミックにおいて投資家行動に影響を与えた要因はあったのでしょうか?

坂和氏:まず政府がどのようなコロナ対策を打ち出したか、というのは株価にも大きく影響しました。当時は公衆衛生学的な観点から、とにかく人の流れを制限する必要がありましたが、そのような政策は当然経済的には悪影響です。国ごとにさまざまな対策が敷かれましたが、一般的に言うと、緊急事態宣言やロックダウンなど、規制を強める政策をとると株価が下がり、弱める政策に切り替えると株価が戻るといった傾向が国際的にみられました。加えて、政策の施行は直接的に経済に影響するだけではなく、人々の心理や行動にも関係します。例えば、強い政策を施行すれば、「感染状況がそれだけ深刻なのではないか」といった印象を世間に与え、それが投資家行動にも影響してきます。

また、報道による影響も政府の政策と並んで大きい要因になります。感染者の数が大台に乗ったというようなネガティブなニュースが大々的に報道されると、政策や大衆心理に大きな影響を及ぼし、結果株価が伸びなくなるというような傾向がみられました。

投資家は世の中のトレンドを注視するべき

KL:パンデミックがひと段落した現在でも、円安が歴史的な水準に達するなど、日々状況は変化しています。そのような中で、投資家のトレンドに乗る為に意識するべきことは何でしょうか?

坂和氏:株式市場が大きく動く時というのは、やはりパンデミックのような予測不可能な出来事が発生し、先行きが不透明になった時です。そういった予測の困難さにより人間心理が変化し、投資家行動が変わり、株価も大きく動く傾向があることが知られています。パンデミックに限らず、大きな変化、予測が難しい変化が起きた際には株価の変動が大きくなりやすいので注意が必要です。先行きが読めない時こそ、ひとつひとつのニュースをよく見て判断することが大事になります。例えばコロナ禍では、感染状況やワクチン接種、政策など様々なニュースが流れていたと思います。ある対策が実施されることによって今後状況が好転しそうだと考えれば株価は上がりますし、逆に状況が深刻だと受け取れば買う人が減り、損切として売る人も増えます。そういったひとつひとつのニュースを注視しましょう。

あるいは、そういったトレンドが出てから反応するというよりも、災害やパンデミックなどの予測不可能な事象が発生した際にどのようなセクターの需要が増えなにが縮小するかを事前に考えておくことも、場合によっては必要でしょう。しかしここで一点注意が必要なのは、事前の予測が必ずしも当たるとは限らないということです。例えば、Go To キャンペーンがアナウンスされた際には、経済活動の活性化が期待され株価が上昇しましたが、結局途中で予算が尽きてキャンペーン自体が延期になるという事態が起きました。大雑把な予測をたてることができても、やはり状況がどのように転ぶか完璧に予測するのは困難ですので、予想が当たらなかった場合に備えて他のプランも考えておく方がよいと思います。