世界共通で価値があり、換金性にも優れる金は、有事やインフレに備えた資産として人気があります。
リスクヘッジの選択肢として、金は唯一無二の魅力を持っているのです。ただ、現物で金を買おうとすれば最低価格が高くなることもあり、どうやって金を蓄え、運用していけば良いかわからず悩んでいる方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は武蔵大学経済学部の茶野教授に、金の特徴やリスクヘッジに効果的な買い方についてお話を伺いました。
茶野 努 / tsutomu chano
武蔵大学 経済学部金融学科 教授
【プロフィール】
1987/03 大阪大学 経済学部卒業
1999/03 大阪大学大学院 国際公共政策科博士課程修了 博士(国際公共政策)
1987/04 住友生命保険相互会社(入社)
1990/04 (株)住友生命総合研究所(出向)
1999/04〜2001/03 九州大学 経済学部 客員助教授
2008/09 ~ 武蔵大学 経済学部 教授
【主要著書】
『保険と金融から学ぶリスクマネジメント』、中央経済社、2024年3月
『基礎から理解するERM』中央経済社、2020年9月
『日本企業のコーポレート・ガバナンス』中央経済社、2020年3月
『日本版ビッグバン以後の金融機関経営』勁草書房、2019年1月
『コモディティ市場のマイクロストラクチャー』中央経済社、2016年3月
金は価値が0にならない実物資産でリスクヘッジとして有用
クリックアンドペイ(以下KL):では最初に、「金」とはどういうものか教えていただけますか?
茶野氏:まず金の特徴として、それ自体に価値があるという点が重要なところです。
金は実物資産としての使用価値がありますし、宝飾品や金貨、延べ棒なども需要があります。株であれば企業が倒産したら価値は0になってしまいますが、金は価値が下落して0になるようなことがなく、常に最低限の価値が保証されています。
そして、各国の中央銀行が外貨の準備資産としてドル以外に金を持つポートフォリオを組んでいることも特筆すべき点といえます。特にインドや中国といった新興国は、中央銀行が金を保有する傾向を強めています。国際通貨システムにおいてそれだけ金が重要視され、信用があるのであれば、一般の人も安心して投資できるだろう、という信頼感があるのが金の大きな魅力なんです。
KL:特にインドや中国など、新興国が金を買うのに力を入れているというのは、どういった理由からなのでしょうか?
茶野氏:もともと、インドや中国は個人でも金に対する需要が強い国なんです。
インドでは古来から金の指輪をつけたりしていますし、中国でも財産としての金に対する信頼が強い。これらの国では、金は宝飾品として非常によく使われてきた歴史があるわけですね。
ただ理由はそれだけではなくて、金買いには国際通貨システムにおけるアメリカの覇権を崩したい、という国家単位の思惑も絡んでいます。現在、国際通貨の中でも基軸通貨となっているのがドルなので、ドルに対する信任が非常に強い状態なんです。中国としてはやはり元による経済圏を作りたいという狙いがあるわけですが、すぐに元へと移行するのは今の中国経済の力からするとまだ無理があります。そうすると、ドルではなく金に対する信任を高めて、逆にドルへの信任を落とす方が現実的だとなって、金を買って保有率を高めているという側面があります。実際に中国の過去の売買額を見ていくと、ずっと積み増しを続けているので、それが中国の国家戦略なのかな、と私は見ています。ですから、中国はこれからも金を持ち続けると思います。インドや中国に限らず、トルコなど新興国といわれるような国は金の保有率を高めている国が多いですね。
KL:確かに、ドルの信任を下げたいのに金を売ったら意味がなくなってしまいますよね。そうやって各国に金が買われていること、そして価値がなくならないという安心感から、金は投資におけるリスクヘッジの対象にもなりやすいのでしょうか?
茶野氏:そうですね。投資をはじめ、リスクが生じる選択をする場合には逃避先、つまり逃げ道を用意することが必要になります。
金は「有事の金」といわれるように、ほかの投資商品の価格が下がっている場合でも価値が下がりにくいという特性があります。そのため、リスク回避の選択肢として金は非常に有効な投資先とされているんです。
また、金は分類としては原油や小麦、トウモロコシと同じくコモディティ(商品)なんです。金を初めとするコモディティへの投資と株への投資は価格が反対の方向に動くことが多いという特徴があります。株の価格が下がる時に金に投資しておけばリスクヘッジとして機能する、といわれてきました。
さらに、2000年代に入ると金のETF(上場投資信託)も登場し、金の現物を扱うよりも金に対するアクセスが良くなり、ヘッジファンドを中心に金をポートフォリオに組み込み、運用することが一般的になったんです。それによって、コモディティが金融市場化し、金も金融資産に近いものとして運用されるようになったわけです。
KL:金はリスクヘッジ対象として最適なんですね。コモディティというと金のほかに銀も思い浮かびますが、銀は金とは性質が異なるのでしょうか?
茶野氏:金と銀には、最も大きな違いとして産業用の需要の差があります。
2004年の第一四半期には、金の需要は1200トンくらいありました。ただ実は産業用、つまり歯に使ったり、コンピュータの部品として使う部分に関しては100トンに満たない量しかありません。つまり、金の産業用の需要は全体需要のうちの10%未満なんです。あとの需要は宝飾品や金貨、あるいはETFの投資などで、言わば金の主な需要は投資目的なんですね。
一方、銀は産業用の需要が全体の5~6割を占めます。産業用としての需要が大きいので、価格の変動には様々な個別要因も絡んできます。銀は海外ではあまり投資用の資産としては人気がないんです。これまで慣習的に投資対象としてよく使われてきた金は、世界的に投資商品としての認知度が高い。しかし銀は幅広い国、幅広い人が投資をする商品ではないわけです。
こうした違いを踏まえると、やはり投資目的の需要が強い金の方が一度提灯がついた時の価格の上がり方が激しいんですね。銀の場合は産業用の需要が多いので、金に比べると価格が安定しやすく、有事の時に価格が上がりにくい。やはり金と比べると投資のハードルは高くなるんじゃないかな、というのが率直な印象です。
ヘッジファンドの動きによって金の価格は上がり続けている
KL:なるほど、ありがとうございます。では、ここからは金にフォーカスして伺いたいのですが、金相場を見ると長期的に価格が上がり続けています。金の価格が上昇を継続している理由としては、何が考えられるのでしょうか?
茶野氏:まず、金の価格の決まり方をおさらいしておきましょう。
金の価格は、ロンドン市場で現物の価格が決まります。そして、シカゴとニューヨークで先物の価格が決まることになります。この現物と先物の価格が車の両輪のように、金の価格を形成していくんですが、特に重要なのは先物の価格です。
下の資料を見ていただきたいんですが、「COMEX net long positioning」のグラフの紫の部分が、ヘッジファンドが金を買っている部分なんです。そして、グラフの紫のところが非常に大きくなると、それに伴って価格も上昇している。つまり、ヘッジファンドが買うことで金の価格も上がりやすくなる、ということを意味しているんですね。
(出所)World Gold Councilのホームーページより引用
株式市場は非常に大きな市場なので、多くの投資家の資金が流れ込みますが、金の市場は株式市場に比べると1/10程度しかありません。規模が小さいということは、より小さな力で大きな動きが生まれます。小さな間口に水が流れ込むのと、大きな間口に水が流れ込むのとを想像してみていただきたいんですが、小さな間口に流れた方が同じ量でも上昇率が上がりますよね。ですから、ヘッジファンドが金を買いに動くことだけでも大きく上昇する傾向が強い、ということになるんです。
今は、そうやってヘッジファンドが大きなポジションをずっと積み上げている状態です。ヘッジファンドは地政学的なリスクからウクライナや中東情勢を眺め、また米国を中心として各国の金融政策、金利動向を見ながら金の価格が上がるだろうと判断している。その動きが、金の価格が上がり続けている一番大きな要因だと思います。
KL:すると、2024年4月に東京証券取引所から金のETF取引に関して裏付けとなる資産との乖離が拡大しているという注意喚起があったことや、2024年5月21日に金が過去最高値である1万3,477円を記録したことも、ヘッジファンドなどの動きが影響しているのでしょうか?
茶野氏:その通りですね。ヘッジファンドとしても、何の材料もなしに金を買うことはなかなかできません。
ヘッジファンドは金を買うような材料を探しているので、不安定要因が非常に多く出てきている現在の状況が金買いに拍車をかけているんでしょう。パレスチナ問題が非常に悪化していたり、イラン大統領の問題もあって、中東情勢は混沌としている。世界的な不安感が強まっていることから、やはり金に対する需要も高まってくるだろう、と読んで動いているわけです。今はとりあえず金を買って、ポジションを積んでおこうというのがヘッジファンドの立場なんですね。
もちろん、ヘッジファンド以外に当業者、宝飾品などのように金を実際に扱う業者も金の価格には関係しています。平時の時はそういった業者も含めてお互いに価格に影響を及ぼしていて、相互の力関係が拮抗することでバランスを取っていますが、現在はヘッジファンドの買いが非常に強いモメンタムで上昇している。強い上昇気流に乗っている状態ということです。
突発的な価格の下落の可能性を考え備えておくことが大切
KL:これだけ強い買いの勢いがあると、いずれ大きな反発がありそうで怖い面もあります。やはり反動に備えておいた方が良いでしょうか?
茶野氏:確かに、今はヘッジファンドが多くのポジションを保有している状態なので、いつ売り出すかというのは怖いところがあります。
実は2011年のリーマンショック後から2024年くらいまで、金と米国債の金利の関係を見てみると、2011年から2021までの10年くらいはアメリカの金利が上がると金の価格は下がっているんです。金利と債券価格は逆の動きをするので、アメリカの金利が上がるとということは債券の価格は下がる、そして金の価格も落ちる。これが通常の状態です。
KL:金はアメリカの金利と逆相関の関係にある、ということなのですね。
茶野氏:ところが、2022年と2023年は全く違う動きをしています。
金利が上がって債券価格が下がっているのに、金の価格が上がっているんです。ずっと安定していた、債券と金の平時における関係が崩れている、ある種異常な状態にあります。それに金の価格とニューヨークダウについては2011年から2021年までは、無相関ではないけれども、少し相関があるかな、くらいでした。金の価格が上がったらニューヨークダウも少し上がるかな、という感じだったんです。それが2022年から2024年は金が10%上がればニューヨークダウも8~9%上がるほどの相関性を見せている。これは、ヘッジファンドなんかが金を買った上で米国株も買っている、だからずっと同じ方向に動いているということです。言い換えれば、全て下がる方向に行くことだって有り得る。だから今は金の価格もニューヨークダウもものすごく上がっていますが、ずっとこのまま上がり続けることは有り得ないので、両方が一気に下がるような局面もいつかはやってくるでしょう。ただ、ポジションを解消するタイミングはヘッジファンドのみぞ知るです。
しかし、10年や15年という長いタームで見れば、金は価格が落ちてもいずれはまた上がってくる資産です。ですから、金を保有する個人投資家は価格が下がった時にはじっと眺めて、あるいは逆に買いまして、価格がまた再び上がるのを待つ、というのがおすすめの金の持ち方になってくると思います。
金を買うならポートフォリオの中に一定割合で組み込むべき
KL:実際に金を買いたい、という段階になった時には、どのような買い方が良いでしょうか?
茶野氏:金の購入の仕方として、一番わかりやすいのは現物を買うことですね。
現物を持っているということは先ほども言ったように金はそれ自体に価値があって、持っていて腐ることもないですし、価値の保存性も非常に高い。そういう意味では、やはりこういう時期に現物の金を購入しておくのはひとつのポイントになります。
ただ、現物はお金のある人にはおすすめの方法ですが売買手数料もかかりますし、取引に最低5、6万円は必要になるので、アクセスしづらい部分もあると思います。その場合は純金積立などを使ってコツコツ貯めていくのも手ですが、ただの積立だと投資のメリットがなかなか活きてきません。投資家としての視点から考えるなら、金の価格に連動している投資信託や、ETFに投資するという選択肢もあるでしょう。ETFも投資信託も現物よりはアクセスしやすいので、すでに株式投資を行っていたり、日頃から債券投資を行っている人にとっては金をポートフォリオに組み込んでいくのはリスクヘッジとして効果的な方法といえます。
投資に熟達したプロの人になってくると、先物やオプションを使いながらより戦略的に、リスクヘッジも行いながら取引していくこともできるでしょう。ただ、先物やオプションの扱いに慣れていないと、なかなか戦略を立てることも難しい。レバレッジを効かせて運用する場合も、テコの力が反対に動いたりすれば大損するリスクもあるので、扱いには細心の注意が必要になります。
KL:ポートフォリオの中に金を組み込んでいくとなると、どの程度の割合がベストでしょうか?
茶野氏:基本的に、資産はわけて管理することが理想的なので、そのうちの1つに金を組み込んでおくことになります。
パレスチナの問題など、中東をはじめとした国際情勢が不安定になっている状況を考慮すると、具体的な割合としては全体のうち20%か30%を組み込んでおく投資戦略が効果的だと思います。今のように世界情勢が混乱していて不安定要素が非常に高まっている時には、やはり有事の金が強いので、日頃からポートフォリオに10%以上金を組み込んでいる人であれば、20%や30%など高めに組み込むなど、柔軟に対応するイメージですね。大切なのは、自分のポートフォリオの中で何%保有しておけば安定的な収益を得られるのか、ということを考えながら投資割合を決めることです。
逆に、金のみを購入して価格の上下に注目するというのは、あまり良くないですね。
金がどのくらい上がるかを見積もることは難しいんですが、やはり希少性があるため、大幅に下がることはないと思います。それでも、金も株もどちらかだけを持ち過ぎるのは危険です。100%金にするのではなく、自分の持っている資産のうち1/3を金にするとか、残りを株式や債券にわけて投資するのが基本的な投資スタンスになると思います。
KL:貴重なお話、ありがとうございます。最後に、読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?
茶野氏:繰り返しになりますが、金に投資する場合は幅広い選択肢の中のひとつとして、ポートフォリオの中に組み込んでいくことが重要です。
ただ、配当金などがある株と違って金にはインカムゲインがなく、利益はキャピタルゲインのみになります。あまり短期売買を繰り返すと手数料だけを取られてしまうので、金に投資する場合は価格の上下に一喜一憂するのではなく、長期の視点で見ていきましょう。金は最低でも10年、あるいはもっと長いタームで持つことをおすすめします。
大切なのは、現在の価格上昇がある程度落ち着いてきた時、どう下がってくるかを見極めることですね。短期的な値動きだけに注目していると損を掴まされてしまうかもしれません。経済的、政治的な状況をグルーバルな視点から情報をこまめに仕入れながら、長期的な視点で見ていく姿勢が求められます。
それらの情報に接し、分析力を鍛えて理解しておくことで、流れが変わる時や流れが反転する時を見極めやすくなります。その力があるかどうかによって結果は大きく左右されるので、プロの投資家もそうですが、個人投資家も常に金に関する情報、そして先物市場のヘッジファンドの動きを注視し、落ち着いて判断することが成否のポイントになるでしょう。