日本では近年、人手不足がますます深刻化しており、海外からの移住労働者は貴重な労働力として注目を集めています。
しかし一方で、移住労働者にとっては言葉や文化の違いがあるだけでなく、ビザの制約や労働環境の問題など、様々な課題を抱えている状況です。今後の日本社会を支える存在になり得る移住労働者の現状を知ることは、ビジネスに携わる者としては知っておきたいところです。
そこで今回は、そもそも移住労働者とは何か、移住労働者が抱えている問題にはどのようなものがあるのか。そして、移住労働者を取り巻く様々な課題はどうやって解決していけばいいのか、東京女子大学の中村教授にお話を伺いました。
中村 眞人 / Masato Nakamura
東京女子大学 現代教養学部 国際社会学科 社会学専攻 教授
【プロフィール】
1958年 東京都生まれ。
1984年 東京大学大学院社会学研究科修士課程 修了
1988年 東京大学大学院社会学研究科博士課程 単位取得退学
1988年 駒澤大学経営学部専任講師、助教授。
1998年 東京女子大学助教授。
2003年 東京女子大学教授。
この間、大韓民国の聖公会大学校客員教授などを務める。また、ILO(国際労働機関)との関係が深い国際学会に参加。海外での労働事情について理解を深める。大学では、労働をめぐる社会問題、企業経営と人事労務、東アジア・東南アジアの現地調査などの研究・教育にたずさわる。
海外から日本への移住労働者は年々増加し続けている
クリックアンドペイ(以下KL):まず初めに、移住労働者とはどういった人を指すのか、そして近年の移住労働者の増減傾向と推測される理由について教えていただけますか?
中村氏:移住労働者とは、日本で働くために海外から来た人たちを指します。
主にアジア、特に初期はフィリピンから来ることが多く、1980年代の半ばからその後はずっと増え続けていました。新型コロナウイルスの感染対策で入国制限が行われたので、2020年頃には一時期減少しましたが、規制がなくなるや否やまた急激に増加して、今も増大傾向にあります。
移住労働者が多い背景としては、国際的な生活水準の格差が極めて大きいです。ここ10年くらいアジア各国の現地の人の暮らしぶりを見ていると、特に公共サービスの違いが顕著で、物価も大きく違う。その格差を逆に利用して成長していくために、日本に来ようという移住労働者が多いわけです。さらに、日本の少子高齢化が進み、人口減少の傾向が強くなってきたことに加えて、高学歴化が進んで単純労働力が足りなくなっていることも移住労働者の増加に影響しています。私は技術革新がどんなに進んでも、工事現場や製造業、医療や介護の現場など、単純労働そのものはなくならないと考えています。中でも介護など、昔は親族や地域社会で助け合ってやっていたことが仕事として市場に出てくるようになっているので、そういった労働力をお金で買う傾向は今後さらに強まるのではないかと。今お話しした二つの要素がある限りは、少なくとも今後数十年単位で海外からの移住労働者が減少することはないでしょう。
KL:日本に来る移住労働者の割合は、国ごとに見るとどのようになっているのでしょうか?
中村氏:出入国管理局の統計だと、中国、ベトナム、韓国が上位3ヵ国となっています。
これらの国が多い理由としては、やはり距離が近いことと、先ほども触れたように中国やベトナムは日本との間の生活水準の格差が極めて大きいことが要因でしょう。また1980年代の半ばに最初に日本へやって来た中にフィリピン人が多かったことから、韓国に次ぐ4位はフィリピンになっています。
現在、移住労働者が多いのはベトナムです。現地には中小の人材ビジネスがたくさんあって、それと日本国内の人材ビジネスがタイアップしているんです。なので、そのルートで大勢の移住労働者が入ってくる。現地から海外に出ていく移住労働者というのは、やはり海外でチャレンジして収入を増やすことが第一の動機になっています。もちろん、治安の良さや安全性も関係しているでしょうが、チャンスを掴んで収入を得て帰る、という目的の方が動機としては大きい。それに、ベトナム政府としても労働力を海外に輸出したいところがあるので、技能実習制度を利用して出稼ぎのような形で日本に来ているベトナム人がたくさんいるという状況ですね。
移住労働者の労働条件や労働環境には様々な問題点がある
KL:移住労働者に関して、現状の制度が抱えている問題点を教えていただけますか?
中村氏:やはり、日本の人口構造の問題と矛盾する形で、出入国管理制度の上でビザを出していないことは大きな問題です。
ビザを全く出していないわけではないんですが、技能実習という名目で原則3年経ったら帰国する、と約束させるなど非常に限定的な条件をつけているんですよ。政府は単純労働者は日本に入れないという方針を打ち出していたんですが、特例や黙認などで入ってきてはいたんですね。ところがその後、人口構造の変化などもあって低所得の労働者のなり手がいないということで、不足の激しい分野に関しては特定技能制度で受け入れると方針転換したんです。2018年に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針」などがこれです。ただ、「特定」が何を指すのかを突き詰めていくと、「技能」と「技術」って全く別物なんですよ。技術というのは学校や会社で長年かけて身につけていくものですが、技能は身体で覚えるもので、つまりは肉体労働者のことを指します。
このような形は根本的に考えて不平等ですし、日本では年収億を超えるような人たちがいる一方で、現地では日本の1/10以下の所得で生活している人はいくらでもいる。そういう構造が、日本でかえって拡大すらしているような現状があるわけです。それを利用して、人手の足りないところを外国人に回そうとしているのもおかしな点ですし、発展途上国から移住してくる人たちが抱えている問題は、本質的には日本の低所得労働者が抱えているものと同じなんです。今は割合としては減っているかもしれませんが、小規模企業の賃金支払いで今月は払えないから少し待ってくれとか。また、危険な仕事はみんなやりたがらないので、労働災害の高い仕事は移住労働者に回されますが、小規模な事業者は労災を隠そうとします。日本では労働災害補償法があるので、労災が起きたら経営者の責任で補償しなければいけないんですが、治療費の支払いや働けなかった分の賃金も支払わなければいけないから、労災そのものを隠したがるんです。
KL:確かに、労働環境も含めて平等感はあまり感じられませんね。
今後の社会で大切なのは日本の独特な同調圧力に屈しないこと
中村氏:しかも、日本には空気を読むという言葉がありますが、過剰同調によって他人にも同調を強いていくんですよね。それを社会全体でやっている。過剰同調はお互いに相手が何を思っているかを考えて行動するから、余計なトラブルは起こらないし、交通機関もきちんと動きます。ですが、海外から異なる文化や生活習慣、価値観を持った人々が入ってくると、そもそも空気を読むって何?空気って読めるんですか?という話になりますから、相容れない部分が多いわけです。
さらに問題なのが、日本に来る移住労働者には若い人が多いんですよ。なので日本で子どもが生まれることも多いんですが、20年も経てばその子も大人になります。実際、1980年代の半ばに日本へ移住労働者が入国するようになって、もう第二世代の時代になっているんですが、その第二世代の人たちが直面するのが家庭の問題です。日本で生まれ育った移住労働者の第二世代、南米出身の日系人や、芸能人にも二世の方がいますよね。それに、相撲界でもフィリピン人の血を引く方がいる。そうやって日本で生まれた二世の方々は日本語が母語になりますし、親が海外の出身でもスパゲッティやオムレツが好き、のように日本に同化されるんです。そういう方々が同化された時に生じる問題が、自分は日本人なのか、フィリピン人なのか、というような迷いを持ってしまうことなんです。
私たちは日本人であることを無意識のうちに拠り所にしているようなところもありますが、同化されていく方々はそういった拠り所がなく、家庭の中でも使う言葉が違ったりします。本来、日本にいるなら同化されるべきというのはもう古い考え方で、日本はかつてアイヌや沖縄の人たちを本土に同化しようとしていろいろな問題を生み出しました。多文化共生というのは反対に、アイヌはアイヌらしく、沖縄は沖縄らしく過ごせばいいという考え方なんです。日本の中でアイヌらしさや沖縄らしさを活かしていければいい。私はこの考え方が同化に対する改善策だと思っていて、日本は過剰同調もあって同化させようとする力が強いけれども、そもそも同化こそが様々な問題の解決方法だという考えを捨てることが大事なんです。
KL:移住労働者に対する支援活動については、どういったことが行われているのでしょうか?
中村氏:今のところ、海外から日本に来た人たちに対して日本語教室をやったり、日本の習慣を伝えるといったことには予算がついていて、地方自治体が実施していますね。
東京都なんかは多文化共生するための支援活動をしていて、立派なサイトもあるくらいなので、かなりお金をかけて力を入れています。一方で、移住労働者の方々が抱えやすい問題に関しては、地方自治体よりも民間のユニオンという個人加盟の労働組合や、労働法の制度を活用すると解決に向かいやすいです。例えば、コロナ禍ではフィリピンやペルーから若い移住労働者が多かったんですが、中には夫婦で来ていて赤ちゃんがいる人もいたわけです。それなのに雇い止めに遭ったり、解雇されたりすると、赤ちゃんのミルクも買えなくなってしまう。こういった事例に対する支援は、ユニオンの方が活発に行われています。
ただし、ユニオンが取り上げるようなケースは、すでに事件化してしまっていることがほとんどです。働いているのに給料が支払われない、というところまでいっていて、最後の最後のNOを言うためにユニオンに頼るようなイメージですね。とはいえ、ユニオンは地方自治体のようにそこら中にあるわけではないので、ユニオン側がそういったトラブルを受信しようとしていても限界があります。なので、実際には地方自治体のサービスを利用して、最終手段としてユニオンに相談する、という流れになります。地方自治体の窓口でも、担当の方は困りごとに対して一生懸命に対応しているので、何かしらのトラブルがあった際には、まずは地方自治体に相談することをおすすめします。
KL:貴重なお話、ありがとうございます。最後に、起業家を志す読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?
中村氏:起業家を目指す方は、周りと同じ発想ではやっていけないので、これまでにお話ししてきたような過剰同調があまり好きではない、という方も多いのではないでしょうか。
ですがやはり企業にあっては周りに同調すべき時はありますし、同調圧力を意識しておくと役に立つ場面も巡ってくるので、何でもかんでも反発すれば良いというものでもありません。起業するにあたっては、そういう同調圧力という行動様式があると理解した上で、安全を図りながら既存の常識という殻を破っていくことが重要です。
そして、もうひとつ大切なこととして、客観的事実を注視することを忘れないでください。起業するなら様々な場面で思い切ってやっていくことが必要になりますが、決断を下す時にはあくまでも事実に基づいて判断し、場合によっては計画を中止することも求められます。企業が成功していくためには、無茶をしないことが大切です。こうした相反するように見えるふたつの事柄をうまく両立させていくことが、起業家として成功する秘訣なんじゃないかな、と思います。