歯周病という言葉を聞いたことがあっても、具体的にどのような症状なのかイメージできる方は少ないのではないでしょうか。
実は、歯周病は日本人の成人の8割が罹患しているといわれる、とても身近な病気です。しかし、放置しておくと手術に発展してしまったり、生活習慣病を悪化させるリスクもあるため、早期の発見と治療が大切です。
そこで今回は、歯周病とは一体どのような病気なのか、そして歯周病を予防するためにはどうすれば良いのか、九州大学の西村教授にお話を伺いました。
西村 英紀 / Fusanori Nishimura
九州大学 大学院歯学研究員 教授
【プロフィール】
1985年 九州大学歯学部卒業
1988年 岡山大学歯学部助手
1990年 米国コロンビア大学ポストドクトラルフェロー
1995年 岡山大学歯学部助手
1997年 岡山大学歯学部附属病院講師
2002年 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科助教授
2006年 広島大学大学院医歯薬学総合研究科教授
2013年 九州大学大学院歯学研究院教授
2021年 九州大学病院副病院長
2023年 九州大学歯学研究院長
歯周病になると歯の周りの組織が壊されていってしまう
クリックアンドペイ(以下KL):まず初めに歯周病とは何か、なぜ歯周病になるのか教えていただけますか?
西村氏:歯周病は呼んで字のごとくで、歯を支える周りの組織の病気です。昔、歯槽膿漏と呼ばれていた病気が今は歯周病となっています。
歯周病は、歯と歯茎の間にある狭くて浅い溝に細菌が感染することで起こります。歯は根っこがすごく長くて、口の中に見える部分は全体の1/3くらいしかなく、残りの2/3は歯を支えている顎の骨に埋まっています。その上に、いわゆる歯茎があるんですね。なので、歯と歯茎の間の溝をいつもきれいにしておけば歯周病にはならないんですが、きちんと歯磨きしているつもりでも汚れが取りきれているかは一般の方ではなかなかわからないんです。
歯磨きをしている時に歯茎から出血するようなら、歯茎に炎症が起きている歯肉炎という状態です。歯肉炎ならそれほど恐れる状態ではなくて、溝の中をきれいにしてあげると元に戻って、出血しなくなります。ところが、出血したまま長い間放置しておくと、炎症は人間の身体の中で弱いところを通って広がっていくので、歯の周囲の弱い部分がやられてしまう。歯を支えている骨は硬い組織ですし、歯の根も硬い組織なんですが、歯と歯の根を支えている骨は連結されているわけではありません。歯と根の周囲には一層、クッションのような柔らかい組織があって、これを歯根膜といいます。硬いものを噛んだ時、歯と歯を支える骨が直接連結されていると衝撃が全身にカンカン伝わってしまうので、歯根膜がクッションになってくれているんですが、柔らかいために炎症で壊されやすいんです。だから、歯肉炎から歯を支える組織を壊す歯周炎に進行すると、歯根膜をどんどん壊していってしまい、歯と歯茎の間の溝がどんどん深くなっていきます。これがテレビのコマーシャルなどでよく言っている、歯周ポケットです。つまり、歯周病の悪化は歯周ポケットが深くなっていく状態を指すわけです。
KL:なるほど。歯が硬くても、周りの組織には柔らかい部分も多いのですね。
西村氏:そして歯周ポケットが深くなると、歯周病は進行しやすくなります。
なぜかといえば、歯周病を起こす菌は偏性嫌気性菌と言って、酸素を嫌うためですね。歯周ポケットは深くなればなるほど酸素の濃度が下がるので、適度に湿っていて栄養がたくさんあり、酸素が嫌いな菌にとってはより増殖しやすい環境になっている。そうすると、最終的には歯を支えている骨まで溶かされて歯がグラグラし出し、ひどいと抜けてしまうことになります。歯周病が悪化した場合には、メスで歯茎を切って歯周ポケットの奥まで見えるような形にして、汚れている部分をきれいにして縫い合わせる、という処置になることもあります。がんの手術と同じで、表面からは進行してしまった部分を取り除くことができないので、歯の表面についている歯石はもちろん、骨の中の方までよく見て感染している部分をごっそり取り除く必要があるんです。ここまでいってしまった場合はかなりの重症ですが、歯周病にはそういったリスクもあることは知っておいていただきたいなと思います。
生活習慣病の人は歯周病があると症状が悪化しやすい
KL:歯周病になりやすい人の特徴などはあるのでしょうか?
西村氏:歯周病は口内に同じだけの菌があっても全ての人が同じように進行するわけではなく、歯周病になりやすい人とそうでない人がいます。
これは生まれ持った遺伝子が個々で違うことが関係しているとはいわれていますが、どの遺伝子による影響かはまだわかっていません。ただ遺伝子レベルでの話とは別に、肥満や糖尿病など生活習慣病の方、タバコを吸う方などは歯周病が進行しやすいことが明らかになっています。歯周病は、重症化すると炎症が口の中だけでなく全身に波及し、自分の身体を壊していってしまうんです。専門用語ではサイトカインストームといって、炎症はもともと自分の身体を守るために起こるものですが、身体の炎症反応が激しく起こり過ぎると、逆に自分の身体を壊していくんですね。このサイトカインストームを肥満や糖尿病の方はものすごく起こしやすいので、口の中で起きた局所の炎症も全身に波及しやすい上に、症状も悪化させることがわかっています。特に歯周病は糖尿病と同じく、40歳を過ぎたあたりからかかりやすくなっていくので、年齢的に近い方はそれまでより一層意識的に予防に取り組むことが大切になります。
KL:肥満や糖尿病の方は、なぜ炎症が起こりやすいのでしょうか?
西村氏:肥満や糖尿病の方というのは、血糖値が高いですよね。血液中の糖分が多いということは、身体の免疫細胞にとっては栄養がたくさんあるということなので、必要以上に反応してしまうんです。
例えば活性酸素。あれは肌に悪いといわれますが、もともと私たちの身体は外から入ってきた菌を殺すために活性酸素を使っています。ところが、活性酸素が必要以上に作られると肌に悪いだけでなく、DNA遺伝子を壊して老化の原因になるし、血管も脆くなってしまうんです。肥満や糖尿病も同じ状態で、内臓脂肪に備蓄されているエネルギーを使って免疫細胞が過剰反応してしまうわけです。ですが、歯周病をきちんと治療してあげれば炎症が引くので、糖尿病などの症状も良くなっていくことがわかっています。
歯周病予防のためには日々の歯磨きと歯科医院での検診が大切
KL:歯周病予防のためには、何をすべきでしょうか?
西村氏:基本的には、やはり菌を除去することですね。普通の歯ブラシだけでは難しいので、フロスや歯間ブラシとセットで行うことをおすすめします。
ただ、全てしっかりやっていても、菌が取れているかどうかはわからないんです。歯の表面が磨けていてもイコール菌が取れているとはいえないので、歯周病ではない方でも3ヶ月に1回くらいは定期的に歯科医院を受診して、歯磨きのやり方が合っているかどうかなどもチェックしてもらった方が良いでしょう。もうすでに歯周病になってしまっている場合は、歯科医院で定期的に口腔内の掃除をしてもらうようにしてください。なぜかというと、深くなった歯周ポケットは自分ではもう磨くことができないんです。歯周病予防の観点からいうと、歯周病を起こす菌がつく場所は歯と歯茎の隅の方なので、家の掃除にたとえるなら角の角です。しかも歯周ポケットの中の液体の流れというのは、中から外に出てくるようになっているので、外から中へは入っていきません。さらに汚れが長く放置されると歯石という塊になって、歯にこびりつきます。歯石はもう歯ブラシでは取れないので、歯科医院で取ってもらうしかないんです。
KL:歯周病予防のために、歯磨きは1日に何回、何分やればいいといった目安はあるのでしょうか?
また、歯周病予防に向いている歯ブラシの硬さなどもあれば教えていただきたいです。
西村氏:一概には決められませんが、普通にやれば1回で10分や15分くらいはかかると思います。裏まで全部磨かなければいけませんからね。ただ、きちんと磨けていれば1日に5回も6回もやる必要はないですよ。
歯ブラシの硬さについては、力を入れて磨く癖がある方は、あまり硬めの歯ブラシだと歯そのものを削ってしまうことがあるので注意が必要です。歯磨き粉の中には、歯についた色素を取るために研磨剤が入っているので、あまり力を入れすぎると歯が削れて表面がぼこぼこし、中に菌が入りやすくなります。一方で、柔らかすぎてもきちんと汚れに当たっているかわからない場合があるので、万人に共通してこれがいい、というものはなかなかないんです。なので、自分でいろいろ使ってみて一番合うものを選んでください。
KL:最近は、災害時の防災グッズ一覧などに歯磨きシートが入っていることがありますが、歯磨きシートでも歯周病予防には一定の効果が見込めるのでしょうか?
西村氏:効果としてはやはり歯ブラシの方が高いでしょうし、備蓄や災害への備えとしても、歯ブラシの方が何にでも使えるのでおすすめしたいですね。
歯ブラシには賞味期限みたいなものがないので、多めに備蓄しておいたり防災バッグに入れておく、もっというと避難所などにストックがあるといいと思います。それに、最終的に毛先が開いてきても、家の掃除なんかに使えたりしますから、被災地に支援物資を送ろうと思った際にも歯ブラシが入っていればとても助かりますよ。特に高齢者の方は歯をきれいにしておかないと誤嚥性肺炎などのリスクも上がってしまいますし、唾液が出てこなくて口が渇くドライマウスという病気にかかっている方もいます。唾液には様々な機能があって、その中のひとつが自浄作用、つまり自分の家の中を洗う作用なんですが、ドライマウスだと唾液が少ないので汚れが残りやすい。それで虫歯になってしまう方もいるので、災害時であっても、歯ブラシで虫歯のケアと歯周病のケア、両方を続けることは非常に重要です。
歯周病の検査方法にはビジネスチャンスが眠っている可能性も
KL:歯周病かどうかをチェックするには、どのような方法があるのでしょうか?
歯科医院に通う時間がなかなか取れない方などは、歯周病の発見が遅れてしまうリスクがあるのではと考えてしまいます。
西村氏:最も的確に診断する方法としては、やはり歯周ポケットが深くなっているかどうかを歯科医院で見てもらうことですね。
それから、レントゲンを撮って歯を支えている骨が溶けているかどうか。歯周病がひどくなると歯を支える骨が溶けて歯がグラグラしてくるので、それでも判断できなくはないんですが、そこまでいくともうかなり進行しているので、早め早めに歯科医院で確認してもらうことが大切です。
ただ、国民皆歯科健診ともいわれていますが、1億人の口の中を全て見ることはすごく大変なんですね。なので、もっと簡便な方法で歯周病の進行を見極める方法はないかと今はいろいろ試している段階です。そのために厚生労働省も助成金を出して、検査キットなど新たな検査方法を開発して欲しいといっているので、企業としてビジネスチャンスを探るならここでしょうね。
KL:起業家を目指す方へのアドバイスとして、歯周病の検査方法には現状、どのような方法があるのか、今後どのような方法が考えられるのかについても、ヒントをいただけますか?
西村氏:今のところ一番わかりやすいのはレントゲンなんですが、レントゲンは放射線にさらされるので、代わる手段が欲しいというのが現状ですね。
歯科の場合、血液を採るということがなかなかできないですし、歯科医師はそもそも採血には慣れていないので、血液検査は非常に難しい。そこで仕方なく唾液などで代用するんですが、唾液は血液ほど感度が高くないんです。しかも、血液検査もCRPを測定するなどして炎症を測る方法はあっても、歯周病が原因かどうかまではわかりません。歯周病治療をしてみて数値が下がれば歯周病が原因だった、ということはわかるんですが、その判断にもやはり採血が必要になってしまうんです。
別の視点からのアプローチとしては、口の中の写真を撮って判定するようなシステムも可能性はあるかもしれません。とはいえ色が若干変わるくらいなので、まだまだ課題は多いですが、昔は全て手で手術していたような事例も、今では機械を使って手術をするようになりました。それと同じで、レーザーなど生態透過性のある技術が出てくれば不可能ではないのではないでしょうか。
歯にまつわる病気が全身の病気に深く関わることがわかってきましたが、その反面、歯科の受診率はあまり高くありません。歯周病検査が簡単になり、より多くの人の歯周病予防につながるように、ぜひ皆さんのアイデアを聞かせていただきたいなと思います。