スロー地震の謎に迫る!巨大地震とのつながりとは?

「マグニチュード7の地震が発生しても被害が出ない」そんな不思議な地震があることをご存知でしょうか。

「スロー地震」と呼ばれるこの現象は、通常の地震とは異なり、長いものになると数か月から数年かけてゆっくりと岩盤がずれていく地震です。一見すると私たちの生活に直接的な影響を与えないように思えますが、実は東日本大震災をはじめとする巨大地震と深い関係があることが最新の研究で明らかになってきました。

この記事では、宮崎公立大学の山下裕亮准教授にスロー地震について伺っています。スロー地震の基本的なメカニズムから最新の研究成果、そして防災への活用可能性まで、わかりやすく解説していただきました。

スロー地震とは? 通常の地震との違いとその不思議な性質

クリックアンドペイ(以下KL): まず初めの質問として、そもそもスロー地震がどのような現象なのか、通常の地震との違いを含めて教えていただけますでしょうか?

山下氏: 通常の地震は、岩盤同士が急速にずれる現象です。この速いずれの地震は「ファスト地震」とも呼ばれます。一方、スロー地震は、岩盤のずれが通常の地震よりもゆっくりと進行する現象です。その速度は様々で、数ヶ月から数年かけてずれが進行するケースもあります。どちらの地震も、蓄積されたエネルギーを解放するという点では共通していますが、岩盤のずれがゆっくりである点がスロー地震の特徴です。

スロー地震も通常の地震と同様にマグニチュードが定められます。しかし、マグニチュード7のスロー地震が発生しても、基本的に被害は生じません。これに対し、マグニチュード7の通常の地震では、相応の被害が発生します。理想としては全ての地震がゆっくりと動いてくれれば良いのですが、自然界では残念ながら被害を伴う通常の地震も発生します。

スロー地震の発生場所は非常に重要です。近い将来発生が危惧されている南海トラフ地震は、海のプレートと陸のプレートが接する「プレート境界」で力が蓄積され、それが100年から150年かけて一気に解放されることで発生します。実は、南海トラフ沿いのスロー地震も、同じプレート境界で発生しています。しかし、詳細に見ると、巨大地震のエネルギーが蓄積されている場所の「周辺部」でスロー地震が起こっています。つまり、同じプレート境界上でも、発生する場所が異なっている点がポイントです。

スロー地震は、大きく分けると「スロースリップ」,「超低周波地震」,「テクトニック微動」の3種類に分類されます.これらは、観測に使用する機材が違っていて、それぞれ別々の現象として捉えられてきましたが、近年ではこれらの現象は連続的な1つの現象を異なる視点で見ているという考え方が一般的になっています.ただし、地域によってはある特定の現象が観測されていないなど、地域差もあります.これらの地域差がなぜ生じているのか、いろんな地域で比較研究をすることも大きなテーマの一つです.

日本のスロー地震は、九州と四国の間の豊後水道の直下でスロースリップが1990年代終わりに発見されました.その後、テクトニック微動が地下約30~40kmの深さで発生していることが2002年に明らかになりました。これは、豊後水道から四国の瀬戸内海側、紀伊半島から東海地方の地下にかけて帯状に連なっています。同じタイミングで,アメリカ西海岸ではスロースリップがテクトニック微動と同期して発生するETS(Episodic Tremor and Slip)という現象の報告があり,これ以降日本をはじめ環太平洋沿いのいろんな場所でスロー地震が発見・報告されています。

私自身は、2013年に日向灘で、プレート境界の特に浅い海側で発生するスロー地震を初めて観測しました。これが私のスロー地震研究のきっかけです。海域での研究は陸上よりも遅れていましたが、最近では海域でのスロー地震についても多くの知見が得られています。日本の周辺では、南海トラフ沿いに限らず北海道沖の千島海溝、東日本の太平洋側の日本海溝、沖、伊豆・小笠原海溝、南西諸島海溝(琉球海溝)でも、多くのスロー地震が確認されています。

スロー地震は巨大地震の鍵? その意外な関係性に迫る

スロー地震の非常に重要な点は、将来巨大地震を引き起こすプレート境界で力が溜まっている場所と、その発生場所が極めて近い、ほぼ隣接していることです 。それぞれの活動は相互に関連していると考えられています。

特に注目すべきは、2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の事例です。本震前の3月9日にはマグニチュード7程度の前震が発生しました。さらにその前の2月頃から、東北地方太平洋沖地震の震源域にあたるプレート境界の浅い部分でスロー地震が継続していたことが観測で判明しています。

このスロー地震活動が継続する中で3月9日の前震が発生し、最終的に3月11日のマグニチュード9の巨大地震に至りました。3月11日の地震では、断層、つまりプレート境界が非常に大きくずれました。特に大きくずれた場所は50m以上ものずれを記録していますが、この大きくずれた場所が、直前にスロー地震が発生していた場所とほぼ一致するという研究結果が得られています。このことから、スロー地震が地震の規模をマグニチュード9まで巨大化させたという考え方もあります。

しかし、スロー地震は通常、断層がゆっくりとしかずれません。通常の地震による断層のずれは非常に速いですが、その速いずれがスロー地震発生域に到達すると、スロー地震発生域がクッションのような役割を果たし、速いずれが伝播しにくくなると考えられています。

2011年の東北地震の場合、50m以上ずれた場所は確かに直前にスロー地震が発生していた場所でした。しかし、断層がずれた領域の南端・北端は、地震時の速いずれが停止した場所は、地震発生前からスロー地震が活発に活動していたことが地震後の研究で判明しており、そのスロー地震の活発な活動域が3月11日の地震の速いずれを止める役割を果たしたとする研究結果も存在します。

したがって、スロー地震は地震を巨大化させる役割もあれば、地震のずれを停止させる役割も果たすという、まだ十分に解明されていない相反する2つの側面を持っている点が、研究者にとって非常に興味深く、今後研究を進めていく上での重要な課題でさらなる研究が不可欠です。

このように、巨大地震とスロー地震が非常に密接に連携しているという認識は、日本だけでなく世界中で共有されています。当初は日本とアメリカで研究が進んでいましたが、現在ではスロー地震の研究は世界の地震学分野で主要なテーマの1つとなっており、特に注目されているトピックの1つと言えるでしょう。

スロー地震はどこで起きやすい? 活発な地域とそうでない地域

KL:都道府県でいうと、どのあたりに最もスロー地震が起こりやすく、逆にどのあたりで起こりにくいのでしょうか?

山下氏:都道府県単位で特定するのはかなり難しいです。海域になると都道府県という区分ではなくなります。スロー地震は、巨大地震が発生する場所を挟んで、プレート境界の浅い場所(海域下)と深い場所(陸域下)の2つの領域に分かれて発生します。

そのため、一概に判断するのは難しいです。南海トラフ沿いであれば,プレート境界の深い場所で発生するスロー地震は、比較的豊後水道(九州と四国の間)、四国,紀伊半島、東海地方(愛知など)の地下、そして静岡県くらいまでの範囲で、多少の濃淡はあるものの、帯状に発生しています。

一方、プレート境界の浅い場所で発生するスロー地震は、かなり限定的な地点で発生しています。日向灘は非常に活動が活発な場所です。その他には、高知県の室戸岬沖、紀伊水道(四国と紀伊半島の間の海域)沖、そして熊野灘(三重県や愛知県沖)などでスポット的に発生しています。

日本海溝~千島海溝沿いでは、プレート境界の浅い領域で発生するスロー地震がよくわかっています.北海道沖の千島海溝と日本海溝が接する場所、具体的には北海道から青森県、岩手県の沖合あたりは活発です。また、福島県や茨城県の沖合でも同様に発生して。このように、県単位で特定するのは難しいですが、巨大地震が想定されている場所の周辺で発生しているのが、現在分かっている知見です。

スロー地震は防災にどう生かせる? 警戒すべきサイン

KL:では次に、スロー地震の知識をどのように防災に役立てられるかについて教えていただけますでしょうか?

山下氏: これは非常に難しい問題です。私たち研究者もまだスロー地震について十分に理解できていないため、防災にどのように生かせるかという点については、正直なところまだお答えできない部分が多いです。一般の方々に「今スロー地震が起こっていますよ」と伝えても、それが具体的な防災行動に直ちに役立つかというと、現時点では極めて難しいのが現状です。

 実は、スロー地震は非常に頻繁に発生しています。巨大地震が100年や200年に一度、マグニチュード7程度の地震でも日向灘では30年に一度程度ですが、スロー地震は数ヶ月に一度、あるいは数年に一度という形で、驚くほど頻繁に発生しています。

 したがって、巨大地震の直前にだけ発生するわけではありません。近くで少し大きな地震が発生すると、すぐに誘発される傾向があります。例えば、2024年の8月の日向灘の地震の後も、すぐに日向灘のスロー地震活動が誘発され、しばらく活動が続いていましたし、ごく最近も継続して発生していました。

 2011年の東北地震の前にもスロー地震活動があったことを紹介しましたが、それは地震直前だけでなく、例えば2008年にも活動があったことが分かっています。それ以前の活動についてはよくわかっていませんが、おそらく数年に一度程度の頻度で繰り返し発生していたと考えられます。その数年に一度程度の発生タイミングで、たまたま大きな地震が発生し、地震が巨大化して超巨大地震になってしまったという見方もできるでしょう。スロー地震が発生するたびに注意を呼びかけていると、常に警戒し続けなければならないということになりかねません.

 ただし,今我々が持ち合わせている限られた知見であっても、多少なりとも役立つこともあるのではないかと私は考えています.私の個人的な考えですが、例えば私が研究している宮崎県の日向灘では、江戸時代の1662年に大きな地震が発生しました。その地震は、過去100年ほどの間に発生した地震では説明できないような津波を伴っていました。

その津波を説明するために、現在私たちは、東北の地震の事例と同様に、スロー地震が通常発生している場所で断層が非常に大きくずれるメカニズムが働き、大規模な津波につながったのではないかという仮説を立て、モデルを作成し,地質学的な観点から検証を行っています。

もしこの考え方が正しいとすれば、日向灘の場合、プレート境界の浅い場所でスロー地震活動が活発になっている状況では、普段は起こり得ないような大規模な地震が発生しやすくなるという解釈ができると考えています.

2024年8月に日向灘で地震がありましたが、大きな地震の後であるため、プレートとプレートの境目全体の力のバランスが崩れている状態になり、余震も頻発しました.さらに、スロー地震活動も非常に活発になりました。2011年の東北地震の時のように、マグニチュード7の地震がきっかけで、その後より大きなマグニチュード8クラスの地震(つまり、江戸時代に発生したような地震)につながる可能性も十分にあり得ると考えました.そのような状況で、私もマスコミ等を通じて万が一に備え「注意してください」と呼びかけました。結果的にそのような事態は起こらなかったので良かったのですが、無用に不安をあおるような情報を出す必要があるのかという葛藤はありました.科学的にまだまだ不十分な点がある以上,現時点ではスロー地震の情報が防災に確実に役立つかという点については、まだ課題が多いと言わざるを得ません。

国(気象庁)は、我々大学を含む関係機関と協力して、プレート境界で起きる異常な現象を継続的に監視しています。この監視には、スロー地震も含まれます。もし南海トラフ沿いで発生するスロー地震が普段と違う発生の仕方や動きを見せた場合、国から南海トラフ地震臨時情報が発表され,巨大地震発生の可能性が普段よりも高まっているので注意してくださいといった情報が出される可能性があります。2024年8月の日向灘の地震でも同じ兵法が発表されましたが、大きな地震が発生しなくてもこの情報が発表されることがある、ということです.南海トラフ地震臨時情報が出た際には、普段とは異なる活動が起きていると認識し、いつ巨大地震が起こっても対応ができるように、普段よりも少し警戒のレベルをあげながら生活するようにしてください。現時点では、これが私たちにできる最善の備えです.

地震研究者への道

KL:最後に読者の皆様へメッセージをお願いいたします。特に、地震に興味をお持ちの方々に対して、どのような勉強や研究を進めるべきか、アドバイスをいただけますでしょうか?

山下氏: 研究において最も大切なのは「興味」を持つことだと私は考えています.興味があれば、ある程度は何とでもなります。地震の研究は基本的に地球物理学という分野に属します。そのため、物理学、特に力学や摩擦といった分野の知識、そして数式の理解に必要な数学の知識は不可欠です。これらは大学でしっかり勉強すれば大丈夫です.

加えて、最も重要になるのが「英語」です。正直私も未だに苦手でいつも苦労しています.スロー地震の研究は現在、世界中で活発に行われており、国際的な研究集会や学会でも主要なトピックとなっています。そうした最新の情報を入手するには、英語が非常に重要です。日本国内だけで研究していても、世界の最先端の情報はなかなか得られません。日本国内だけでなく、世界中の類似した場所で研究を行い、比較することも非常に重要になっています。

私自身も、この数年はニュージーランドで国際共同海底観測に参加しています.流暢な英語は全く話せませんが、片言の英語で何とかコミュニケーションを取りながら研究を進めています。

 とういうことで、どのような勉強をすべきかという点では、英語、物理、数学が重要になってきます。また、地震の研究は社会と密接に関わっているため、研究者によって考え方は様々ですが、社会との繋がりを意識しながら研究を進めることも重要だと私は思っています。研究の世界にいると視野が狭くなりがちですが、外部に向けて情報を発信することも大切です。学問や教科というよりも、コミュニケーション力も非常に重要だと考えます。

大学の4年間だけでは地震の研究を十分に深めることは難しく、多くの大学では大学院に進学して本格的に研究に取り組むのが一般的です。私自身は大学入試で失敗しまし思い描いていた進路通りではなかったのですが、ちょっと遠回りをしたことで人脈が広がり、いろんな考えや技術を習得できて、それが今ではとてもよかったと感じています.

ですから、大学入試に失敗して希望した進路に進めなかったとしても、まだまだ十分に挽回できます.地震の研究に限りませんが、大学院から一念発起して、自分の本当にやりたい研究を、やりたい場所で追求することは十分に可能です。もちろん、そのためには大学で基礎をしっかりと学び、努力を続け、どの環境が自分に適しているのかリサーチを十分に行う必要がありますが、希望する大学院の入試を突破すれば、その先で研究を本格的に行う道が開けます。大学の4年間で基礎を固め、大学院で地震の研究に本格的に取り組むのが良いでしょう。

もう一つ、私のような地震観測に携わる人材が現在非常に減少しています。というのも、今や地震の観測データは、わざわざ観測に行かなくてもインターネットに接続されていればダウンロードできるからです。

世界中のデータが手軽に取得できるため、自分でデータを収集しなくても研究自体は可能です。しかし、私のように地震の観測を行うメリットは、他の人が持っていない独自のデータを取得できる点にあります。

ダウンロードできるデータは誰でも平等に利用できるため、皆がライバルになりますが、自分で取得したデータは基本的にオリジナルであり、その点で優位性があります。しかし、観測を行うには事前の計画立案,交渉、機材準備、設置、観測後の片付け、データのチェック等、とにかく時間と労力がかかり、最近はそういった観測研究を行う人が少なくなっているのが実情です。

しかし、これは逆にチャンスだと私は考えています。観測人材は今後も必ず必要とされますし、自分でオリジナルのデータを取得できれば、それだけで研究者として一人前になることも可能です。ですから、これから地震の研究を志す方々には、できれば地震の観測をぜひ極めてもらい、自らオリジナルのデータを取得して、それを元に研究を進めるスタイルを目指してほしいと強く願っています。

観測を行う人材は、事実上「絶滅危惧種」になりつつあるほど激減しています。これは、コンピューターの進化やAIを活用した研究、ビッグデータ解析といった流行の分野が注目されがちだからかもしれません。しかし、そうした手法だけでは見えてこないものも確かに存在します。

私は実際に海に出て観測を行い、データを取得して解析することで、そうした見えない部分に挑んでいます。観測に携わる者として、観測に携わる人材が一人でも増えてくれることを願っています。すぐに活躍できるチャンスがありますので、ぜひそういった分野に興味を持っていただけたら幸いです。