ホログラム技術に関して、立体映像や浮かび上がる画像など、未来的なイメージを持つ方も多いと思います。しかし、その本質は「光の波面を記録・再生する技術」です。
写真のような平面的な記録とは異なり、物体の奥行きや立体感までも再現できる点が大きな特徴ですが、現段階では材料や表示装置、記録方法などに課題があり、一般社会での実用化には至っていません。
その一方で、情報記録や精密な計測への応用可能性など、研究の幅は着実に広がっています。
今回は、東海大学の高山佳久先生に、技術の基本原理から現状の課題、今後の展望に至るまで、幅広くお話を伺いました。

高山 佳久 / Yoshihisa Takayama
東海大学 情報通信学部 教授
【プロフィール】
北海道大学で博士号を取得したのち現在の情報通信研究機構に加わり、研究活動を行う中でおよそ3年間の宇宙航空研究開発機構への出向を経験しました。2015年に東海大学へ移り、現在に至ります。
ホログラムとは光の波面を記録する技術
クリックアンドペイ(以下KL):そもそもホログラムというのはどのような技術なのか、教えていただけますでしょうか?
高山氏:ホログラムは、光の波面を記録する技術です。写真のような二次元平面でものを捉えるのではなく、立体像が出す光の位相情報を記録できます。
その記録情報を再生すると、あたかも記録前の本来の物体がその場所に存在しているかのように、観測者に見えるという効果がある技術です。
KL:これまでの二次元平面の技術と比べた時に、ホログラムが社会に与える影響や、ホログラムが誕生したことで可能になったことを教えてください。
高山氏:現時点では、ホログラムが社会に大きなインパクトを与えているという段階には、まだ至っていないと思います。
一部では、ホログラム技術を使ってコピーしにくいラベルなどが作られていますが、私が先ほどお話ししたような立体的な映像を再表示する技術の面では、まだ研究開発の段階です。ですので、社会にインパクトを与えるのはこれからでしょう。
KL:現状、実用的には広く普及していないのですね。ホログラム技術の応用についてはいかがでしょうか。
高山氏:ホログラムの技術を表示技術として捉えた場合、波面を記録するという基本的な原理は同じですが、使い方によって応用の幅が広がっています。
たとえば、情報やデータを記録する技術として応用されたり、微小な変化を検出するための計測技法として用いられたりと、用途は多様です。ただ、いずれもまだ研究開発の段階にあり、社会で広く使われて役に立っているという段階には至っていないと感じています。
ホログラム実用化の壁は?材料・表示技術・社会的ニーズの視点から
KL:ホログラム技術における現状の課題点について教えていただけますでしょうか?
高山氏:まず、ホログラムに使われる材料が一つの課題です。用途によって必要とされる特性が異なるため、ある用途に対してはその材料の耐性が不足していたり、大きさが足りなかったりと、目的に応じた材料が必ずしも手に入らないという側面があります。
また、ホログラムは光を記録する技術ですが、その記録過程は数学的に表現でき、物理現象と非常によく一致します。つまり、計算によってホログラムと同等のものをコンピューター上で生成することができるのです。
しかし、それを実際の空間に投影するには、ホログラム情報を表示するための装置、ディスプレイのようなものが必要になります。そうした装置に求められる解像度、つまり分解能が、現状ではまだ十分とは言えません。より細かく、きめ細やかな表示が可能なデバイスが求められています。
加えて、ホログラムを記録するために必要な時間や、記録系全体の性能・機能をもっと簡略化できることが望まれます。これらの点が、実用化に向けて解決すべき重要な課題であると思います。
KL: かなり理系的な力が必要になる分野なのですね。今回のような技術的な課題や、今後社会にインパクトを与える場面において、文系の力が役立つとすれば、どのような場面が考えられますか?
高山氏:どのように使うかという部分で、社会の側からの要求や要望が出てくることは、ホログラムの発展に大きく寄与すると思います。私は今、ホログラムを「作る側」、あるいはその「材料」の話をしてきました。技術的なことに焦点を当ててお話ししてきましたが、ホログラムはさまざまな用途で活用可能です。
その中でも社会により近い使い方、つまり「どのような場面で使えるか」という具体的な要望が出てくることで、文系的な視点や感覚、発想がホログラムの発展に貢献するのではないかと考えています。
KL:技術が実用段階に進んでいくにつれ、文系的な力も社会への浸透に関わってくる、ということでしょうか?
高山氏:はい、それも一つのあり方だと思います。
ただ、私は「技術は要求があってこそ育つ」と考えています。研究開発を行っている人の中には、技術の追究と社会的ニーズの両方を考えられる方もいますが、必ずしも全員がそうではありません。
ですので、「こういう技術があれば便利だ」といった要求が明確にあることで、研究者たちはその方向に向けて開発を進めやすくなることもあるでしょう。ホログラムの技術が完成するのを待つのではなく、現在の研究開発段階から「こう使えるといい」といった具体的な要望が社会から上がることが、より望ましい形だと思います。
KL:具体的な社会的ニーズを文系が集め、それを実用化する技術を理系が担う、といったバランスが重要なのですね。
広がるホログラムの活用領域、その研究はどう進む?
KL:ホログラム技術における今後の展望について教えていただけますでしょうか?
高山氏:表示という意味では、表情を再現するための道具や技術が、より高精細に、そして高速になっていくと思います。たとえば、よりリアルに三次元の像を表示できるようになるのは、身近な発展の一つです。
それだけではなくて、たとえば「触れる技術」との組み合わせも重要だと感じています。ホログラムは表示する技術ですが、そこに他の技術を組み合わせることで、人間の目から見た映像が、まるで触れているかのように感じられる。さらに、触れた結果として何らかの情報処理が働き、応用につながっていく。そういった「ホログラム×〇〇」という形での発展が望ましいと考えています。
KL:「表示」だけでなく「触れる」となると、従来の技術とは大きく異なってきそうです。
高山氏:はい。最近の大学の研究の中では、「触れるホログラム」というテーマも出てきています。
私自身は専門ではありませんが、超音波の圧力を使って、触っているような感触を再現し、それがホログラムと組み合わされる、というような研究も進められていると聞いています。そうした「触れるホログラム」は、一つの進化形だと思います。
それともう一つ、情報を記録する媒体としてもホログラムは有用だと考えています。ですので、そちらの方向でもさらなる発展が期待できるのではないかと思います。
KL:ありがとうございます。ホログラム技術は今後さまざまな分野で活用されると思うのですが、現在ホログラム研究を行っている研究室には、たとえば医療現場や教育現場など、特定の分野での活用を目指して研究しているところがあるのでしょうか?それとも、先ほどお話しされていたように、まずニーズを汲み取ってから活用方法を模索していくスタイルの方が主流なのでしょうか?
高山氏:感覚的には半々だと思います。
あるアプリケーションに着目している研究室では、そのアプリケーションを発展させたり実現させたりする手段としてホログラムを使っています。ですので、もしその機能を別の技術で提供できるのであれば、比較検討の結果としてホログラム以外を選ぶということもあり得るわけです。そのような場合、ホログラムはあくまで手段の一つという位置づけになります。
一方で、ホログラムそのものの技術的発展を目的として研究している研究室もあります。その場合は「ホログラムがこういう性能を持てば、こういう使い方ができる」といった発想で、ホログラムの応用可能性を提案しながら研究を進めていると思います。
ですので、両方のタイプの研究室が存在していて、割合は明確にはわかりませんが、おそらく半々くらいではないでしょうか。
「光の性質」から始めるホログラム技術の学び方と、研究への現実的なステップ
KL:読者の中にはホログラム技術に興味を持っている方もいると思います。そういった方に向けて、勉強方法やアドバイスなど、何かメッセージをいただけますか?
高山氏:まずは光の波の性質を学ぶのが第一歩だと思います。光の波の性質、それに関連して電波や物質など、光の振る舞いについて理解を深めることが重要です。特に「干渉」といった現象がどういうものかを捉えることが大切ですね。
それから、光の振る舞いというのは、理論モデルとして数式で表現することが多いんです。数式で表した結果が、実際に起こる現象をよく表現することができます。ですので、数学的なアプローチ、数式を使って理解するというのも重要だと思います。
これができるようになると、コンピューターを使って模擬的にプログラムを組んだり、何が起きるかを視覚化したりすることも可能になります。そういった意味でも、役に立つのではないでしょうか。
KL: たとえば大学で学ぶことを考えた場合、大学1年生の段階から授業の中で光の性質などを学んで、4年間の中でホログラム技術の研究まで進めていくことは現実的なのでしょうか?
高山氏:そのような学科・コースもあるかもしれませんが、私の所属しているところではそうなっていません。私の周囲の学生たちは、卒業研究に着手する段階になって初めて、プログラムや光といったテーマに触れることが多いです。
ですから、1年生の段階からプログラムに関係することを学び続ける必要はないと思います。もちろん、早いうちから学べればそれに越したことはありませんが。
KL:ということは、4年間の最初から興味を持っている学生よりも、卒業研究の段階でプログラムに興味を持つ学生のほうが多いということですか?
高山氏:正確に言うと少し違いますね。あくまで私の所属する学科の話ですが、私たちのカリキュラムには光やホログラムを扱う授業科目は含まれていません。私の所属は「情報通信学科」で、通信技術が主なテーマになるためです。
その中で私の専門が光通信で、特に光ファイバーではなく、空間にレーザーを飛ばすタイプの通信を扱っています。学生たちは私の研究室に所属して初めて、光というテーマに触れることになるのです。
KL:あくまで光通信の一部として、ホログラムを研究されているのですね。
高山氏:はい。先ほどお話ししたホログラムの応用についてですが、ホログラムは立体的な表示や情報の記録だけでなく、作成過程に工夫を加えることで、例えばレンズや回折格子のような光学素子を埋め込めるようになります。
私は光通信装置に使う高機能な光学素子を作るという立場からホログラムに関わっています。学生たちは1年生のうちは情報処理や情報通信、つまりコンピュータをベースにした通信システムの基本を学んでいて、学年が上がって研究室に所属した段階で初めて、光を通信の一部として扱うことになるのです。
その中で、さらに一部の学生が卒業研究のテーマとしてホログラムを選ぶ、という流れですね。ですので、1年生の段階から光やホログラムについて学ぶコースとは少し事情が異なるかと思います。
KL:大学や学部によって、光やホログラムを4年間学ぶところもあれば、メインテーマの一部として、卒業発表時などに光やホログラムを研究する場合もあるのですね。ありがとうございました。