持続可能な地域づくりの要は人材育成やつながりのもとになる「人」にある

持続可能な地域づくりの要は人材育成やつながりのもとになる「人」にある

SDGsによって日本でも知られるようになった持続可能という考え方は、各地域にも広がりを見せています。

そして、持続可能な地域づくりには、ビジネスにも活かせる様々なヒントが隠されているのです。

そこで今回は、山陽学園大学の酒井教授に、持続可能な地域づくりの概要や取り組み、今後目指すべき方向性についてお話を伺いました。

持続可能な地域づくりで最も重要なのは活動を担う人材育成

クリックアンドペイ(以下KL):初めに、持続可能な地域づくり、とはどういった活動なのか教えていただけますか?

酒井氏:持続可能な地域を作るためには、地域課題を発見して課題解決の方法を考え、実践によって地域活性化につなげていく必要があります。また、最終的には持続可能な地域づくりに取り組むのは人になるので、長い目で見れば人材育成が最も重要です。

Sustainable(サステナブル:持続可能な)という言葉はもう結構普及してきていて、特にSDGs(Sustainable Development Goals)の2030年までの開発目標については、行政や企業、地域で取り組むべき課題として大分共有されつつあります。その中でも岡山県はSDGsへの取り組みが熱心だといわれていて、山陽学園大学にもSDGsを実践したことがある、という学生が結構たくさん入学してきています。自然と意識が高い学生が多いので、大学でも持続可能な地域づくりに向けて、人材育成には力を入れています。

KL:山陽学園大学で行っている、持続可能な地域づくりへの取り組みもぜひ教えていただきたいです。

酒井氏:山陽学園大学の地域マネジメント学部では、企業や自治体などで持続可能な地域づくりを実践できる人材を目指して教育を行っています。

1年次と2年次は、社会調査の方法を学んだり、フィールドワークを短期間行って知識を身につけます。3年次にはそれまでに学んだ知識を活かして、企業や自治体などで1ヶ月から2ヶ月ほど、正社員と同じように毎日通うインターンのような形を取っています。その長期インターン形式で取り組むプログラムを地域マネジメント実習と呼んでいて、期間中は大学には通わず、家から直接職場へ通って仕事をしてもらっています。実習中には実習先からテーマを与えられたり、自ら課題を発見して解決策を提案することもあり、イベントの企画や開催、商品開発なども実施しています。

KL:大学入学1年目から、非常に実践的な取り組みをされているのですね。やはり、フィールドワークやインターンシップのような形で、学生自身が体験することが人材育成においては重要になるのでしょうか?

酒井氏:そうですね。フィールドワークやインターンシップは、確実に学生の成長につながっているというのは見ていて実感するところです。

一定期間内に成果を出す必要がある上に学外での活動となると、学生たちが感じる緊張感やプレッシャーは大きいでしょう。ですが、ある程度の困難を乗り越えないと成長は望めないので、学生たちが実習を通して自らの能力を超えた挑戦を経験し、自身のキャパシティを広げることが大切だと思います。

以前、1ヶ月で商品開発を行った学生に話を聞いた時には、どうやって販売するかで難しさを感じているようでした。規格外になったドライフルーツを洋菓子に混ぜ込むことで食品ロスを減らそう、と商品開発に取り組みました。ただ試作まではできたのですが、環境にいいものを、と意識するとどうしても価格が高くなってしまって、お店がレギュラー商品として扱うには難しく、商品サンプル止まりになってしまった。ですが、そういった問題に直面した時、社会にとっていい活動をビジネスとしても成立させるにはどうしたらいいのか、どんな工夫をしたらいいのかを考え、試行錯誤を繰り返すことが成長につながるのです。

自分自身で体験することが新たな発見や気づきにつながる

KL:実際に、自分でやってみなければわからないこと、学べないことは本当に多いですよね。

酒井氏:はい。体験からの変化だと、実習に行ったことで農業関連の仕事を希望した学生もいました。

今、岡山県の玉野市で企業が連携して、荒廃農地を活用して、作物やフルーツづくりをしていて、山陽学園大学も協力しています。特に果樹は利益率が高いので、下にいちじくやライチなどを植えて、屋根には太陽光発電をつけ、電気を販売するソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)をしています。太陽光発電は京セラコミュニケーションシステムが、農業については玉野市の地元企業であるネクストイノベーションが担っています。山陽学園大学側からの投資はありませんが、学生が現地調査をしたり、実習として農作業のインターンをしたりと、課外学習のフィールドとして活用させてもらっています。

その経験からネクストイノベーションに就職したいという学生も出てきていますが、理由を聞くとオフィスワークとはまた違う、農業ならではのかっこよさや充実感を実習を通じて感じた、と言っていました。農業って、どうしてもきついイメージがあるじゃないですか。ですがネクストイノベーションの例でいうと、温度や水やりの管理はIT管理になっていて、スマホでできるようになっています。昔ながらの農業とは違った、ITを使った新しい形の農業を若者も体験できる。昨今では農業で起業した人の書籍や記事がたくさんありますが、実際にやってみてわかることもたくさんあります。経験の純度が違うというか、自分から行動し体感することが大切です。

KL:なるほど。持続可能な地域づくりのための人材育成が、雇用へとつながるケースも考えられるわけですね。

酒井氏:ただ、現状では、持続可能な地域づくりを進めるためのコーディネーターや、アントレプレナーシップ(起業家精神)を持つ人材不足が課題となっています。

特に、起業家を育成するような教育プログラムは学校教育ではあまり行われていません。日本では2022年1月にスタートアップ創出元年と首相から宣言があり、スタートアップ育成5ヵ年計画も策定されました。その計画では、5年間に5,000件以上の案件について、研究成果の事業化を支援するという目標であったり、研究者が企業と大学の双方で雇用契約を結べるクロスアポイントメント制度などが盛り込まれています。とはいえ、こういった動きは私が所属しているようなわりと小規模の大学ではあまり実感できていないのが現状です。やはり大学の経営層や職員の意識を変えて、スタートアップ教育にも力を入れていくことが大切になると思います。

地域内の住民が関わる機会を増やせば「住みたい」も増える

KL:ありがとうございます。今後、持続可能な地域づくりが目指すべき方向性についてもお話をいただけますか?

酒井氏:今は消滅自治体という言葉が出るくらい、少子高齢化や人口減少、若者の県外流出などがあり、経済的危機に直面している地域も多くなっています。そんな状況で、持続可能な地域づくりをするために必要なことは2つあると考えています。

1つ目は、地域に住んでいる若者が住み続けたいと思えるようにすること。そして2つ目が、町の外に出て行ってしまった人に、いつか地域に戻ってきてまた住みたい、仕事をしたいと思ってもらうことです。

私が担当している地域マネジメント実習先の工務店さんで、学生が防災イベントを企画して開催しました。目的としては、その工務店さんが災害時の一時避難所に指定されていることを知ってもらうことと、地域内で顔見知りを増やすこと、そしてもうひとつ、子どもたちを中心に大人も巻き込める輪を作ることでした。そこで、ペットボトルに水を入れてボーリングをしたり、新聞紙でスリッパを作って靴飛ばしをしてみたり、ダンボールや牛乳パックを使って射的とかを作って、夏祭りのようなことをしてみました。防災イベントには大学生の実習生だけではなく、地元の中学校のボランティアにも20名以上参加してもらえて、子どもならではの遊びの面白さ、発想がふんだんに盛り込まれた大人では発想できないようなアイデアも出ていました。それに、町内会の防災担当の方にもイベントの企画から当日の運営まで協力していただいたので、大学生と企業だけではなく、いろいろな人が関わって関係性が深まる機会になりました。

私も大阪や京都、東京と住んできて今岡山にいますが、地域によって人同士のつながりはかなり違いがあります。その中で思うのは、意識して人と地域をつなぐようなイベントだったり、コミュニティがあると、安心してその地域に住めるようになるということなのです。

転勤族が多い地域だと、友だちがいなくて1人で子育てをしているお母さんも多いのですが、うつになってしまったり追い込まれてしまうことがあります。ですが、子育てをしている人が孤独にならないように、子育てをしているお母さんたちがみんなで集まって遊んだりする「たねっこほいくえん」という取り組みを行うことで、そこで知り合いが増えて悩みが解消されていった事例もあります。

地域の多様な人が関わる取り組みを実施していく中で、地域内に知っている人や親しい人が増え、それが安心や安全、地域におけるウェルビーイングの向上につながっていく。こうした流れを作ることで、その地域で働きたいとか、一度出ていっても外で培ったスキルを使って地域貢献したいと考える人も増えていく。町づくりというのは、やはりそういう人のつながりを作ることが大事です。

KL:確かに、関係性の深い人がいるかどうかは地域に対する思い入れの深さに大きく影響する要素ですよね。

酒井氏:はい。思い入れという側面でいうと、岡山県に和気町という、岡山駅までのアクセスが便利で都市からの移住者も7年間で700人くらいいる町があります。

その町は去年、平尾アウリさんの漫画『推しが武道館いってくれたら死ぬ』の和気町出身のキャラクターを、町のSNSの公式インフルエンサーに就任させました。それで書店にも協力してもらって原画展を開催したら、全国から3,000人くらい若い人が来てくれたのです。企画したのは町役場の20代の女性だったのですが、地元の人に「イベントで若い人がたくさん来るかもしれないけど、温かく見守ってあげてくださいね」とお願いして回って、地元の人もきちんともてなしてくれたそうです。

外から来た人がその地域を好きになるかどうかって、人で決まる部分が大きいです。よそ者だからと冷たくされたり、歓迎されていない感じがあると、もう行きませんよね。逆に、良くしてもらった経験があるとまた来たいと思える。私もいろいろなところを旅行して、今回行ったのはどんな町だったかな、と振り返るとやはり人が思い浮かびます。それこそ、関係人口の話にも当てはまりますが、理解してもらうことはできても、共感してもらってその地域に行ってみたい、と思わせるのは大変なことです。その地域にしかないものを体験するために、目的地として来てもらうためには、共感してもらえるようなコンテンツを作らないといけない。そういう見方をすると、和気町の取り組みは地域の外から人を呼ぶきっかけとしても大きな意味があると思います。

人と人をつなげ関係人口を増やすことが地域活性化の出発点

KL:地域の外から人を呼ぶというと、移住者を増やしたりといったことでしょうか?

酒井氏:移住者ももちろんですが、持続可能な地域づくりのためには、地域の外にいる人が起業しやすい環境を作ることが重要です。

大都市から地域に移住する時の最大のネックはやはり仕事面になるので、小さい村なんかだと自然は豊かだけれども食べていけるのかな、といった心配がありますよね。なので、そのネックを起業や仕事の創出で解決していくわけです。

岡山県にある西粟倉村の事例だと、1400人くらいの小さな村にも関わらず、今ではローカルベンチャーのメッカのようになっています。なぜそんなことができたかというと、ローカルベンチャースクールを設立したことがきっかけです。スクール参加者はメンターやコーディネーターからサポートを受けることができたり、起業を目指す人には3年間、地域おこし協力隊の人が協力してくれるなど様々なメリットがある。さらに人件費や活動費の支援が受けられるプログラムもあって、すでにローカルベンチャーが50社以上起業しています。そんな小さな村でベンチャーができるのか、と思われがちなんですが、豊かな森林があって林業も活発なので、そこを足掛かりにいろいろな温浴事業やジビエの生産・販売、服飾のデザインなどいろいろな業種の起業が立ち上がっています。実際、新規雇用も200人以上生まれているので、そうやって関係人口を増やしていき、さらに仕事も生み出してもらえれば、具体的なビジョンのある地域活性化は決して不可能ではありません。

KL:貴重なお話、ありがとうございます。最後に、起業家を目指している人に向けてメッセージをお願いできますか?

酒井氏:持続可能な地域づくりにしても、起業してスタートアップを興すにしても、いろいろなチャレンジをして失敗して、そこで学ぶことで次に活かせるものが残ります。なので、まずはチャレンジしてみてください。

アントレプレナーシップは困難や変化に対して、与えられた関係に留まらず自ら枠を超えて行動を起こし、また新たな価値を生み出す能力です。ですが、アントレプレナーシップは起業家を目指す人だけではなく、人生のどんな場面においても役立ちます。起業しようと思うと失敗することもたくさんあると思いますが、たとえ失敗したとしても次につながります。チャレンジして成功するのが一番いいですが、実は最もポテンシャルが高いのはチャレンジして失敗した人です。失敗の経験から学びを得て、繰り返しチャレンジをして成功することには、大きな価値があるわけです。逆に、職場でもよくあることですが成功も失敗もせず、ただバツがつかないように歳を取っていく、という生き方はすごくもったいない。実は、アメリカと日本の企業価値はGAFAMなんかを除くとそれほど変わらない。裏を返せば、GAFAMなどの突出したスタートアップやアントレプレナー企業が全体を引っ張っているために、日本とは大きな差が生じています。なので、起業家を目指している人はぜひ、日本経済の中心になるくらいの気持ちでやりましょう。私自身も持続可能な地域づくりや、日本経済の牽引にもなっていけるような人材育成に取り組んでいるので、ぜひ起業家を目指す人と一緒にそういった社会貢献ができる企業づくりをしていきたいですね。