犯罪はなぜ起きるのか?再犯を防ぐための具体策を探る

私たちは「犯罪者」という言葉を聞くと、どこか遠い存在、自分たちとは異なる特別な人々を想像しがちです。しかし、法務省で心理技官を務めた経験のある高橋哲教授は、その境界線は私たちが考えるほど明確ではないと指摘します。

この記事では、犯罪心理学の視点から、なぜ人は犯罪に手を染めるのか、そしてどうすれば再犯を防ぐことができるのかを、お茶の水女子大学の高橋哲教授から伺いました。最新の統計データや科学的研究に基づき、新たな知見とテクノロジーを活用した更生支援の可能性についても語っていただきます。

多面的な原因と時代により変わる犯罪の本質

クリックアンドペイ(以下KL):犯罪心理学に関する質問をさせていただきます。まず、犯罪を犯してしまう原因とその心理状態について教えていただきたいです。

高橋氏:まず残念ながら「犯罪の原因については、はっきりと分かりません」と答えるのが公平な態度だろうと思います。

犯罪の原因には個人的な要因があり、そこには生物学的な素因や心理学的な葛藤や課題が含まれます。さらに社会的な要因として、経済的な苦境や虐待等のある家庭環境、地域の資源などが関係します。原因を探ろうとすると、多くの場合は単一の要因ではなく、複数の要因が絡み合っているため、「これだ」と断言できるものがないからです。

犯罪とされる行為自体が一定不変ではないという点も重要です。ある行為が特定の時代や社会では犯罪として処罰の対象となりますが、別の時代や社会では比較的許容されることがあります。人間の長い歴史を見ると、このような変化は決して稀なことではありません。

例えば、多くの国で以前は犯罪とされていた行為が犯罪ではない(非犯罪化)ものとされたり、逆に犯罪とされたり(犯罪化)する例があります。具体例として、個人による少量の娯楽目的の薬物使用を非犯罪化し、司法の問題ではなく公衆衛生の問題として扱うようにしている国もあります。

また、厳密には犯罪化とは異なりますが、ストーカー行為を一つの例として思い浮かべてみてください。日本でも以前から存在していた行為ですが、それが重大事案により社会問題化し、また、既存の刑法の枠組みでは対応できないことが重なったため、ストーカー規制法が制定され、明確に犯罪として扱われるようになりました。

他にも、例えば自動車の法定速度が変更されれば、同じ速度での運転をとってみても周囲からの評価が変わるでしょうし、煽り運転に関する規定(妨害運転罪)が整備されることで、それに応じた刑事罰や行政罰が科せられるようになりました。また、かつては尊属殺の重罰規定という、父母等の直系親族を殺害した場合に一等重く処罰される規定が存在しましたが、これも刑法から削除されました。このように、割と短いタイムスパンをみても、ある国や地域で犯罪とされるものは変わっていくことが分かるかと思います。

KL:では、法律的に違法なことをした人が犯罪者と定義されるのではないでしょうか。

高橋氏:その定義は基本的に正しいですが、実際にはより複雑な問題があります。例えば、極端な例を挙げますが、信号無視を一度でもした人を犯罪者と呼ぶべきでしょうか。刑事司法には逮捕、起訴、有罪判決、刑事施設への収容といった段階がありますが、「いずれの段階で人が犯罪者とみなされるのか」という問題は考え出すと難しいものがあります。もちろん推定無罪の原則からすると有罪判決が出るまでは分からないということになろうかと思いますが、世間一般の受け止め方はそれと必ずしも同一ではないということは皆さんも経験しているのではないでしょうか。

さらに、犯罪を続けていたけれども発覚せずに一生を終えた人を果たして犯罪者と呼べるのか、逆に、一度罪を犯した人はいつまで犯罪者のままなのかといった問題もあり悩ましいところです。

次に、犯罪の原因を説明する視点についても歴史的な変遷があります。古くまで遡れば、犯罪やそれに類する行動は、悪魔や鬼の仕業という超自然的な受け止め方が主流でした。現代では、生物学的、社会学的、心理学的な要因の影響を受けながらも、人間がおおむね合理的に選択した行動の結果として犯罪を捉えることが多いと思いますが、犯罪の背景にあるいずれの要因を重視するかによっても対策の力点が変わることが分かると思います。

犯罪の原因を説明する古典的な理論をいくつか紹介します。

  • 社会構造論
    社会構造に埋め込まれた不平等や差別が、特定の集団に緊張や圧力を生み出し、犯罪に駆り立てるという考え方です。この考え方に立つと、犯罪者と非犯罪者は本質的に異なる人々ではなく、環境による影響が大きいと考えます。
  • 統制理論
    人間は放っておけば自分の欲求を満たすように行動すると考えられるところ、なぜ多くの人は犯罪を行わないのかという視点から、社会的なつながりのようなものが人々を犯罪から遠ざけていると考える理論です。
  • 学習理論
    犯罪は社会的な相互作用を通じて学習されるという考え方です。犯罪の手口だけでなく、犯罪を行うにあたって自身の行為を正当化する考え方も学習されると説明しています。
  • ラベリング論
    一度犯罪者として扱われた人に対する周囲の否定的な対応が、共同体からの疎外や排除につながり、さらなる犯罪行為を促進させるという論です。

非常に単純化した説明ですし、他にもたくさんの理論はありますが、これらの理論を聞いてどのように思われるでしょうか。それぞれに一理ありそうですが、同時に、単一の理論で全ての犯罪を説明することは困難だろうと感じられたと思います。例えば、アメリカの犯罪学の教科書は非常に分厚く、様々な理論が紹介されていますが、裏を返すと、これは統一された決定的な理論が存在しないためともいえそうです。

したがって、個々の犯罪の原因を考える際は、憶測で結論に飛びつかず、犯行に至るまでの行動を一つひとつ綿密に検討し、科学的な根拠を踏まえて仮説を立てては検証するという過程を繰り返すことが重要です。

犯罪を引き起こす心理的・感情的メカニズム

KL:犯罪を起こす原因や心理状況には、時代背景や経済的事情など様々な要因があるとお話しいただきましたが、犯罪を実行に移すタイミングやきっかけとなるポイントがあるのではないかと考えました。物事に対する怒りなどの感情がきっかけとなり、感情の扱い方によって犯罪行為に至るかどうかが分かれるのではないかと考えたのですが、この点についてどのようにお考えですか?

高橋氏:犯罪を実行に移すタイミングやきっかけとなるポイントという点については、計画的な犯行と衝動的な犯行で異なります。後者でいえば、多くの人が報道等に触れて首をかしげるのが、「犯行の重大さ」と「犯行直前のきっかけ」が釣り合わないように見える事案かと思います。ただし、そうした場合でも、よくよく背景を眺めてみると、既にダムの水がぎりぎりまで貯まっていて、犯行のきっかけとされる出来事が「最後の一滴」のようなこともあります。人はよくわからない事柄が生じたときに、原因を探ることで安心感を得ようとする生き物だと思いますが、遠因と近因の双方を視野に入れておかないと、個人の資質の異常性に原因を帰属させてわかったつもりになるということがあるように思います。

また、感情の扱い方とのことですが、ある特定の感情が犯罪の発生に深くかかわっている場合もあれば、逆に、感情が浅薄皮相で、そもそも揺らぎがあまりないがゆえに犯罪に関与できるという場合もあるため、なかなか一概に言えないように思います。

また、全ての犯罪でこうだと言えるようなことは少ないのですが、少なくとも重大な犯罪に焦点を当ててみると、当人の主観において追い詰められた心境になっていることがうかがわれます。周囲の人から客観的に見れば別の選択肢があったかもしれませんが、当人の主観の中では他の選択肢が思いつかない状態になっていることがあります。このような背景には、当人が元来有している視野の狭さなどの特性的な問題、焦りや苛立ちなどの感情、支援してくれる人間関係の欠如などが影響している可能性があります。

怒りの感情と犯罪に関していえば、一般に、怒りをどのようになだめて飼いならすかという方向から論じられることが多いとは思います。それはそれで意味がある場合もあるでしょう。一方で、怒りという感情は、現代社会の中では悪者とみなされやすいのですが、自分と他人との間の境界線を明確にする、他人から不当に扱われた場合に主張するという機能があり、それを表に出すか出さないか、どのように出すかという表出の形態は別にして、必ずしも悪いことばかりではないと捉えることが妥当です。むしろ、怒りがあるのにもかかわらず「ないもの」のように扱うなど、普段から感情の自然な発露を自分に許さず、無理をして抑え込むことが習い性になっている人のほうが、周囲が予期しないような重大事案に及ぶことがあります。また、うっ積させた怒りが自分を攻撃してくる相手に直接向かうのではなく、自分より弱い立場の相手に向けられることがありますので、本来誰に向けられるべき怒りの感情であったのかという観点も検討を要するように思います。

また、犯罪や非行には多くの場合、行為者自身にとって何らかのメリットがあると考えられますが、それらのメリットは必ずしも物質的な報酬という意味でのメリットに限られたものではなく、そこに感情が関わってくる場合があるといえるかもしれません。例えば、窃盗のような財産犯というと、窃取する物質そのものの価値が動機となっていると思い浮かべるのが当然でしょうが、初期の非行などの場合、盗んだモノへの執着がさほどないように見える場合もあり、そうした場合、盗みの過程を通して得られる手ごたえや非行仲間からの承認、または、半ば非行が発覚しても構わず「(親に対して)これ見て(自分の気持ちを)悟れ」といったような心情が垣間見える場合があります。

そのほか、例えば、違法薬物使用の事例を見ても、興味本位やハイになりたいという発言の裏をよくよく聴いていくと、本人にとっては深刻な問題への対処として薬物使用が選択されていることもあります。特に、女性の場合、被虐待体験などのトラウマを背景に、フラッシュバックへの対処行動として薬物を使用し、辛い感情が和らいだり一時的な多幸感を得られたりした結果、使用が常習化し、次第に依存に至るケースもあります。本人が意識しているにせよしないにせよ、最初は自己治療としての側面がありながらも、次第に深みにはまっていき抜け出せなくなるという経過を辿ることもあります。

統計で見る日本の犯罪の現状

KL:近年よく起きる犯罪について教えていただけますか。

高橋氏:最新の統計によると数十年の期間では、日本の刑法犯の認知件数は大幅に減少しています。犯罪白書によると、2015年から2021年までは刑法犯の認知件数が戦後最少を記録していました。2022年は20年ぶりに増加しましたが、2002年のピーク時の285万件と比較すると、2022年は約60万件と4分の1から5分の1程度まで減少しています。これは、全体的な犯罪の減少傾向に加えて、新型コロナウイルス感染症による社会情勢の影響で更なる減少があったとも考えられます。2022年の増加は、その反動という側面もあり、このまま増加傾向に転じるかはしばらく情勢を見守る必要があります。

全体的な減少傾向の中で、以下の犯罪は増加または高止まりの傾向を示しており、注目に値すると思います。

  • 児童虐待
  • 配偶者からの暴力事案
  • サイバー犯罪
  • 特殊詐欺(振り込め詐欺など)
  • 若年者の大麻取締法違反

未成年者に関しては、家庭内暴力が増加しているほか、大麻取締法違反は顕著な増加を示しています。薬物関連では、全国の一般住民を対象とした疫学調査では、違法薬物もそうですが市販薬や処方薬の乱用が特に若年層で広がりを見せていることが気になります。

これらの認知件数増加の背景には、実態としての増加に加えて、以下の要因が考えられます。

  • 家庭内で起きていた事案の表面化
  • 社会的認知の向上による事案の掘り起こし
  • 法律の整備
  • 警察などの法執行機関の対応変化

公式統計には未発覚・未申告の事案が多く存在し、時代による犯罪という概念の定義変更の影響も受けることを考慮する必要があります。

KL:大学生の読者が多いため、大学生の間でよく起きる犯罪についても教えていただけますか。

高橋氏:大学生の間では、主に以下の2つの犯罪が目立ちます。

  • 大麻取締法違反の増加
  • 特殊詐欺等の末端協力者(出し子・受け子)としての関与

特殊詐欺に関しては、過去に犯罪歴のない学生が、遊興費欲しさや借金の返済のため、割の良いアルバイトとして勧誘される事例があります。昨今話題になっているいわゆる「闇バイト」のように、匿名性の高いアプリやSNSなどを通じて犯罪の実行役が集められ、互いの素性も知らずに集まり犯行に及ぶ集団は、現在の犯罪対策の大きな課題です。多くの場合、末端者は報酬さえ受け取れず、上位の者に利用され搾取されるだけの構造になっていますのでくれぐれも注意していただければと思います。

科学的アプローチと人間性を重視する再犯防止への道筋

KL:加害者の再犯を防止するための対策について教えていただきたいです。

高橋氏:あまり知られていないかもしれませんが、「再犯防止推進法」という法律が近年成立し、再犯を防ぐ様々な取り組みが進められています。

私の立場としては、まず被害者への支援が充実され、細やかな手当や保障が行われるべきだと強く希望します。ただし、被害者への支援と加害者への介入は必ずしも対立するものではありません。もちろん犯罪の種別や重大性にもよりますが、加害者を対象とした再犯防止に向けた心理学的介入は、新たな被害者を生み出すことを防ぐために行動変容を促す取り組みであり、被害者支援と矛盾するものではありません。

この分野では「リエントリー」や「リインテグレーション」といった、刑務所や施設から社会に戻る「再統合」の概念が重視されています。一部の方を除いて大半の加害者はいずれかの時点で社会に戻ってきます。刑罰の在り方をめぐる議論は様々あってしかるべきだと思いますが、現状では加害者を永遠に刑務所に収容するようなことは不可能です。それであれば、一度犯罪を行った人を何とか社会に再統合する仕組みを作ることができた方が、再犯を減らし、ひいては私たち自身が被害に遭うリスクを減らすことにつながる可能性があります。

そして、再犯の話をする上では、まずは再犯の現状を正確に知ることが大切です。この分野はメディアによる誤報が非常に多い分野でもあります。例えば、「再犯率」と「再犯者率」という2つの指標がありますが、大手メディアでもこれらを取り違えて完全な誤報をしているケースが散見されます。

まず、再犯率についてですが、基本的に再犯率はいろいろな指標を取り得るものです。そのうち、犯罪白書では再犯率の一種として「○年以内再入率」という指標を用いています。これは、刑務所をある年に出所した受刑者のうち、どれくらいの人が新たに犯罪を行って、指定された年数の間に再び刑務所に戻ってくるかを示す指標です。現在のところ、日本で誰もが参照可能で公式に入手できるのは「5年以内再入率」と「2年以内再入率」があります。

KL:5年以内に刑務所を出た人が、また何らかの新しい犯罪を犯して戻ってくる率はどのくらいあるのでしょうか。

高橋氏:最新の5年以内再入率は約35%です。この数値が高いか低いかは人によって評価が分かれるかもしれませんが、刑務所に入っている人はもともと再犯リスクが高い傾向にあるということを押さえておく必要があります。

5年以内再入率の特徴として、以下の点が挙げられます。いくつかは読者の方が想定しているものと異なるかもしれません。

  • 女性よりも男性の方が高い
  • 年齢層では若年層ではなく、65歳以上の者が高い
  • 罪名では性犯罪は相対的に低く、窃盗と覚醒剤取締法違反が一貫して高い
  • 経年でみると低下傾向にある

一方、再犯者率はこれとはまったく異なる指標です。例えば、逮捕された100人の中に、過去に犯罪歴がある人が何人いるかを後ろ向きに見た数値が再犯者率になります。新規の犯罪者が減少していくと、過去に犯罪歴のある人の割合が相対的に上昇するため、再犯者率は上がりやすくなります。しかし、ある施策やプログラムの効果を測定する際に実際に重要なのは、一度犯罪を行った人が新たに別の犯罪に及ぶのかという再犯率のほうです。

本来は、「○年以内再入率」の方が一般の人々が再犯率に対して抱くイメージや関心と合致するのですが、メディアは「高い」数値のほうを好むこともあってか、再犯者率を再犯率として強調することがあるように見受けられます。このあたりの基本的なデータもしっかり押さえて議論をする必要があろうかと思います。

KL:なるほど、では再犯を防止するための方策についてお聞かせください。

高橋氏:再犯防止について、私が考える重要な点を3つ挙げさせていただきます。

  1. なんとなくの気分や雰囲気や個人的な経験だけでなく、科学的根拠に基づいた施策を推進することが何よりも必要です。犯罪者の処遇や教育に関して、多くの人が意見を持っていますし、そのこと自体は当然のことと思いますが、それらの意見が実際に再犯防止に有用であることが示された科学的なデータに基づいているとは必ずしも限りません。犯罪者や非行少年に対する感情は、個人の信念やマスメディアで作られたイメージに左右されることが多く、他の分野にまして科学的根拠が軽視されやすい土壌があります。科学的根拠に関しては、後ほど補足説明させていただきます。
  2. 加害行動と加害者を分けて考え、人としての尊厳を持って接することが重要です。加害者を前にすると様々な否定的な感情が生じるのは当然ですが、更生支援に携わる者がその気持を直接相手にぶつけて溜飲を下げても意味がありません。被害者が怒りを感じるのは至極当然ですが、支援者が被害者に成り代わって制裁を加えることは適切ではありません。研究データでも、相手に恥を喚起させるような介入は、むしろ再犯を増加させることが示されています。
  3. 「居場所と出番」というスローガンがありますが、支援「する側」と「される側」という力関係だけでなく、加害者が何らかの役割を担い、他者とのつながりの中で自分の存在意義を感じられる体験が大切ではないかと思います。実際に、出所後に再犯をせずに過ごしている人の話を聞くと、家族等の一員として「役に立ったり頼られたりしているという実感」や「感謝される経験」の重要性を語る人が多くいます。ライフコース犯罪学という研究分野では、犯罪者の生涯における経過が研究されています。長期間の追跡調査の結果、彼らは必ずしも犯罪を続けているわけではなく、いずれかの時点で犯罪から離脱していくことが明らかになっています。そして犯罪から離脱するための契機として今お伝えしたような要素が影響を与えているのは確かであろうと思います。

そして、1つ目の科学的根拠の重要性について補足いたします。私たち犯罪学領域の実務家や研究者による情報発信が不十分であるという責任でもありますが、世界各国を見ても、科学的根拠に基づかない言説が世論形成につながり、そうした世論に影響されて「見た目は効果がありそうでも再犯防止に寄与しない」対策につながることがあります。

例えば、海外では、一時期、ブートキャンプ(軍隊式訓練)プログラムが流行しましたが、多くの研究で再犯を減少させる効果はないと結論づけられています。こうしたプログラムが流行した背景に、州知事の個人的な従軍経験から「自分には良い体験だったからきっと犯罪者にとってもよいはずだ」という思い込みのもと推進されたケースもあったとされていますが、いずれにせよ科学的根拠は乏しいものでした。

また、日本のテレビ番組などで取り上げられることも多いスケアード・ストレート・プログラム(非行少年を、凶悪犯罪を行った受刑者が収容されている刑務所に連れて行き、過酷な刑務所生活や未来の自分かもしれない受刑者に直面させ、自らの行為の問題性に気づかせることで更生を促す、反面教師的なプログラム)も、追跡調査の結果、かえって再犯を増やすという報告があります。

このように、再犯防止の分野では感覚的な判断で施策が進められがちですが、科学的根拠に基づいた取り組みの重要性を、より明確に伝えていく必要があります。一方で、科学的根拠に基づく施策は、治療や教育の大方針を示せるものの、個々の心理の理解や即時即応の働き掛けには示唆が薄くならざるを得ないこと、数値化しやすいものが検証の俎上に乗りやすいこと、科学は常に発展するため、ある時点での結果がその後の研究によって覆されるかもしれず、また、逆に、ある時点での科学的根拠の欠如が当該施策の無効性を示唆するわけではないことも同時に視野に入れておくと、一面的な見方にも偏らず、バランスよく物事を眺められるように思います。

テクノロジーが拓く更生支援の未来

KL:ありがとうございます。最後の質問です。インタビュー記事を読む読者は起業化志望の学生が多いのですが、学生に対してアドバイスをいただけますでしょうか。

高橋氏:犯罪というと皆さんが眉をしかめたり、犯罪者と一般市民という二分法で捉えたりする人もいるかもしれませんが、実際に私の勤務経験を通じて感じた実感は、そう単純に二分できるものではないということです。

犯罪者や非行少年というと、読者の皆さんは関わりがない方が大多数だと思います。しかし、矯正施設の中では「自分はたまたま恵まれた環境にいただけで、同じ境遇だったら犯罪や非行を起こしていたかもしれない」と思うような人に会うこともあります。ですので、まずは、必ずしも自分とはまったく異なる人々のストーリーではないとの視点を持っていただけると嬉しく思います。

また、昨今、官民の連携で社会問題の解決を目指すさまざまな取り組みが各領域で行われていますが、犯罪者の再犯防止に向けた取り組みについても例外ではありません。矯正施設は閉鎖的で公権力との色彩が強く、民間企業の参入がイメージしづらいかもしれませんが、官民共同のPFI刑務所は以前から日本でも運営されており、一定の成果も上げています。

今後も矯正施設は閉鎖的な方向ではなく、地域に支えられ、また、地域に何かを還元し、共生できるような方向に進んでいくものと期待され、再犯防止のための民間の知恵や力を借りる動向は継続すると思います。

例えば、再犯リスクのアセスメントについてはデータサイエンスの知見が十分に活用されていますし、心理的なプログラムについて、遠方にある施設でも受講できる仕組みや、プログラムの開発、心理教育や心理学的介入に関する自習用アプリの開発などが考えられるでしょう。また、VRやARを使用した教育や就労訓練など、今後発展の可能性は大きいと考えられます。海外の刑務所でも様々なテクノロジーを活用した犯罪者の改善更生のための取り組みが行われているので、学生の皆さんにも是非興味を持っていただけるとありがたいです。

また、学生の皆さんには、私たちの凝り固まった思考や観点に疑いの目を向け、既存の考えに疑問を投げかけていただきたいと思います。ただし、従来の方法や制度には、それが形成されてきた理由もあるはずで、その背景も理解しながら、慣習や慣行を変えていくようなバランス感覚も必要になるでしょう。いずれにせよ、多くの若い方々が、この分野に少しでも興味をもっていただければ大変ありがたく思います。