「今日の服装、とてもお似合いですよ」とロボットから褒められる。そんな光景が日常となる日は、思っているより近いかもしれません。コミュニケーションロボットの技術は急速に進化し、私たちの生活に静かに、しかし確実に浸透しつつあります。ファミリーレストランでの配膳や受付業務など、すでに実用化されている例もあります。
この記事では、コミュニケーションロボットの現状と将来の可能性を拓く人工知能の研究を行っている東京工芸大学の片上大輔教授に伺いました。より高度な社会性を持ち、人間の心に寄り添えるロボットの開発について詳しく解説していただきます。
片上 大輔 / Daisuke Katagami
東京工芸大学 工学部 工学科 情報コース 教授
【プロフィール】
2002年東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻博士後期課程修了.博士(工学).同年東京工業大学大学院総合理工学研究科助手.2007年同大学同研究科助教.2010年東京工芸大学工学部コンピュータ応用学科准教授を経て、2017年教授.2020年同大学同学部工学科情報コース教授、現在に至る.ヒューマンーエージェントインタラクションに関する研究に従事し、近年は運転支援エージェント、対話システム、人狼知能、雰囲気工学に関する研究を行っている.IEEE、ACM、人工知能学会、日本知能情報ファジィ学会、ヒューマンインタフェース学会各会員.
コミュニケーションロボットの目的と可能性
クリックアンドペイ(以下KL): はじめに、コミュニケーションロボットが作られた目的について教えてください。
片上氏: コミュニケーションロボットは非常に広い概念なので、様々な研究分野での研究が進んでいます。私の専門である人工知能研究分野では、エージェントやロボットなど、人間とコミュニケーションできる自律的な存在の研究が古くから進められてきました。
例えば、一般的なイメージで言うと、SF作品に登場する「2001年宇宙の旅」のAIであるHAL9000や、日本ではドラえもんのようなキャラクターがよく知られています。こうした存在を無意識のうちに目指している部分もあるかもしれません。
このような背景や経緯から、コミュニケーションロボットは、エージェント研究の一環として、人間とは異なる自立した存在を作ることを目指しているともいえるでしょう。
KL: エージェント研究という言葉は私には馴染みがないのですが、具体的にはどのような研究なのでしょうか。
片上氏: エージェントの起源は、人工知能の分野で1970年代から考えられてきた概念です。エージェントとは、自らセンシング(感知)し、判断し、行動できるようなソフトウェアやシステムを指します。このようなエージェントを作ることは、人工知能の主要な目標の1つでもあります。
現在登場しているロボットも、実はエージェントの一種です。ロボットは「身体性を持ったエージェント」と定義されることが多く、エージェントの一形態として位置づけられます。つまり、エージェントという広い概念の中に、ロボットが含まれているという関係です。
身近なコミュニケーションロボット
KL:なるほど、ロボットはエージェントの一種に位置づけられるのですね。では、そのコミュニケーションロボットの活用事例や、活用後の利用者の満足度について教えていただけますか。
片上氏: コミュニケーションロボットの一般的な活用例として、すかいらーくグループのファミリーレストラン(ガストやバーミヤン)でロボットが配膳を行う事例があります。かつては考えられなかったことですが、近年ロボットの移動能力や会話能力が向上し、日本語での会話も可能で、様々な店舗で普通に使用されています。
J BPressの記事によると、ロボットの導入により、退店後の片付け時間が35%減少したり、店員の歩行量が約40%減少したりといった効果が確認されています。このような成果を踏まえると、コミュニケーションロボットは社会的に大いに役立っていると感じます。
別の事例として、はま寿司でのPepper導入があります。Pepperは案内業務を担当し、来店者と会話して受付や案内対応を行っていました。以前は人間にしかできないと思われていた業務をロボットが担当するようになり、時代の変化を象徴する一例です。
満足度に関しては評価が難しい部分もありますが、こうした事例が増えるにつれ、コミュニケーションロボットの活用方法も多様化していくでしょう。基礎技術も大きく進化しているため、今後さらに多くの業務でロボットが活躍できる可能性が高いと感じています。
最近では、人工知能の分野でも対話システムが非常に高いレベルに達しています。例えば、ChatGPTの新たなAIモデルである「GPT-4o」などはその代表例です。これらのシステムはこれまでの対話システムと比較すると精度が高く、ユーザの使用コストも低減しており、これまで実現できなかったサービスが次々と生まれ、多くの分野で劇的な変化を引き起こしています。
このような技術の進歩を背景に、今後も対話システムやそれらを搭載したコミュニケーションロボットの活用事例はますます増加していくと予想されます。
人間らしさを目指して次世代ロボットの姿
KL: コミュニケーションロボットは、すでに私たちの生活に浸透し始めているのですね。コミュニケーションロボットに関する問題点などの報告はあるのでしょうか。問題点に対する先生の考えを教えていただけますか。
片上氏: 確かにコミュニケーションロボットは会話能力が向上し、身近な生活でも活用される度合いが増えてきています。しかし、新たにできることが増えると、できない部分も明らかになってきます。このような状況は、人工知能の発展の歴史で何度も繰り返されてきたことです。
例えば、現在のコミュニケーションロボットは、多くの人と会話できるようになっていますが、社会的な配慮が難しいという問題があります。
人間の場合、初対面の人やよく知っている人に対して、話し方や言葉遣いを変えるといった配慮が日常的に行われています。しかし、現在のロボットにはそのような柔軟な対応が難しいのです。
もしロボットが言語的な配慮を柔軟に行えるようになれば、人間と機械の関係は大きく変わるでしょう。現在はAIをやや下の存在として扱う傾向がありますが、ロボットがより人間らしい対応をすることで、真のパートナーとしての役割を果たせるようになるかもしれません。したがって、社会性を持ったシステムが登場すれば、非常に興味深い展開が見られるようになるでしょう。
KL: なるほど、社会性を持ったシステムは確かに興味深いですね。先生が新しいロボットを作るとしたら、どのようなロボットを考えていますか?
片上氏: 先ほどの話に関連しますが、私は配慮ができるコミュニケーションロボットを開発したいと思っています。つまり、究極的な社会性を持つ対話システムとも言えるものです。単に会話ができるだけでなく、相手に応じて話し方を変え、細かい配慮ができるロボットです。
日本人の優れた礼儀正しさや他者への配慮をロボットに取り入れることができれば、究極の対話システムが実現できるでしょう。
古くから研究が進められている語用論や社会言語学の知見を応用すれば、ロボットに対する人々の認識は大きく変わる可能性があります。
また、こうしたスキルを活かした対話システムを車に搭載することも考えています。対話システムにより運転中のイライラが解消されれば、安心して運転できる環境が作れます。例えば、煽り運転の減少や、ドライバーのストレス軽減などが考えられます。結果的に交通事故の減少にも貢献できるようになるでしょう。現在、このような対話システムの研究を他大学や企業と共同で進めています。
さらに、「ナイトライダー」に登場するような、頼れる相棒のような対話システムも構想しています。皮肉を言いつつも信頼できる存在が車に搭載されれば、運転がより楽しくなるのではないかと考えています。
KL:別の側面から考えると、コミュニケーションロボットが発展し、人間が苦手とする分野のコミュニケーションをも代替できるとするのであれば、将来的にはロボットとのコミュニケーションだけで生活が成り立つ世界が現実になる可能性もあるのでしょうか。
片上氏:その可能性は否定できません。しかし、人間がそれを目指すかどうかは別の問題です。コミュニケーションには、単なる情報のやり取り以上に楽しむという側面があります。したがって、完全にロボットに依存することは難しいのではないかと考えています。
古代ギリシャ哲学者のアリストテレスが述べている通り「人間は社会的な動物であり一人では生きられない」という考えがあります。ロボットとのコミュニケーションは増えるかもしれませんが、人間同士のコミュニケーションが完全に消えることはないでしょう。ロボットを介したコミュニケーションが増える可能性はありますが、あくまで補完的な役割にとどまると考えています。
KL:現在でもSNSを通じてコミュニケーションが行われていますが、その相手が本当に人間であるかどうかを確認するのは難しく、将来的にはロボットとのコミュニケーションだけで満足する人も出てくる可能性もあるかと思いますが、先生のお考えをお聞かせください。
片上氏:確かに、その可能性はあります。例えば、「りんな」という女子高生型の対話システムがLINE上で提供され、利用者の中には「りんな」に恋をした人もいたほどです。
このように、ロボットとのコミュニケーションが人間の感情に影響を与えることがあります。他にも類似の事例があることを考えると、将来的にはそのような状況が増えていく可能性は十分に考えられるでしょう。
KL:つまりは、先生の研究されているコミュニケーションロボットは、ある意味で人間の代替を目指しているともいえるのでしょうか。
片上氏:確かに、ロボットはある意味で人間の代替になるかもしれません。もともと、エージェントという言葉自体が「代理人」を意味することもあるため、ロボットが人間の代わりに対話するという表現もできるでしょう。
コミュニケーションロボットの倫理と創造性
KL:先生の研究室で過去にどれくらいのコミュニケーションロボットを作成されたのでしょうか。
片上氏:具体的な数はすぐに出てこないのですが、研究室のホームページに主要な研究テーマを掲載しています。全てがコミュニケーションロボットというわけではありませんが、いくつか例を挙げてみましょう。
まず、テレビを見ながら一緒に会話ができる対話ロボットです。例えば、オリンピックやワールドカップを1人で見ているときに、ロボットが家族や友人と一緒に視聴してくれている感覚を提供します。対話ロボットは、Twitter(現在のX(エックス))のハッシュタグから取得したリアルタイムの反応をもとに会話を行います。
次に、ゲームの実況システムです。シューティングゲームをプレイしている際に、話しかけてくるシステムや、人狼ゲームの解説をするというシステムなどです。
さらに、スマブラ(大乱闘スマッシュブラザーズ)の試合をリアルタイムで分析し、実況してくれるAIシステムも作成しています。学内のスマブラ大会の決勝戦でAI実況を使用したこともあります。これらは対話システムやコミュニケーションロボットに関する研究の一部でありガイドラインに従い実施しています。
KL:様々なロボットを開発する上で、倫理的な問題にも対応していかなければならないと思います。日本ではまだそれほど厳しくないかもしれませんが、EUでは厳しい法律が制定される予定です。このような面で、何か対応や対策はされているのでしょうか。
片上氏:我々の分野でも、コミュニケーション技術の発展に伴い、倫理的な問題がますます厳しくなっています。最近では、対話実験を行う際に必ず学内の倫理委員会の承諾を得てから実施するようにしています。このように、研究の進め方にも倫理的な配慮が求められています。
対話システムの研究は進展が早く、人工知能学会などでも活発に議論が行われています。人工知能学会には倫理委員会があり、10年前から倫理的な問題についての議論が重ねられています。現在の研究者は、単に自分が作りたいものを作るだけではなく、倫理的な観点を十分に考慮しながら研究を進めることが求められています。
例えば、対話システムが利用者に不快な思いをさせる可能性があるため、その点に特に注意を払っています。過去には、マイクロソフトの対話システムで問題が発生しました。公開されたシステムに悪意のあるユーザーが不適切な言葉を教え込み、システムがそれを発言するようになり、結果としてサービスがすぐに停止されました。このような事例からも、倫理的な問題を開発者が深く考慮する必要性が認識されています。
KL: 制約があることで、逆に自由な発想が促進されると聞いたことがあるのですが、研究者にとっては規制などの制約があった方が研究しやすいのでしょうか?
片上氏: 研究者によって異なると思いますが、私の場合、制約が課される部分は、通常、明らかな問題がある領域だと考えています。たとえば、軍事研究や薬学研究は社会的影響が大きいという意味で高リスク分野ですが、対話システム研究はそれに比べるとリスクが低い分野であると考えられます。したがって、我々の研究分野では「やってはいけない」とされる部分が比較的明確であり、制約がアイデアに直接影響を与えることは少ないのではないかと思われます。
もちろん、倫理的な観点は常に考慮しなければなりませんが、それが研究アイデアそのものに大きな影響を与えることは現時点ではあまり感じていません。
コミュニケーションロボット実用化への道
KL:続いて、先生の研究されているコミュニケーションロボットは、どのような分野で需要があるのでしょうか。
片上氏:個人的には、車内での使用というのが1つの需要があるポイントだと考えています。実際に、共同研究を進めていますが、これも需要があるからこそ共同研究が行われているのだと理解しています。
その他にも、話し方の研究があります。この研究は、国の研究費である科研費をいただいて4年間実施された研究です。プロジェクト代表はアンドロイド研究でも有名な大阪大学の石黒浩教授で、社会的に人間と知的な対話が可能なシステム構築を目指しています。このプロジェクト内で行った我々の研究では、特に人との対話において、話し方に配慮できるシステム開発をすることが求められていました。このようなシステムは、さまざまな用途に導入できるため、非常に汎用性が高いと考えています。
以上のような分野が、現在考えられる需要のあるポイントだと言えるでしょう。
KL: 共同研究が行われている車での研究について詳しく教えていただけますか。先ほども対話システムについて教えていただきましたが、自動運転での搭載を目指しているのでしょうか。それとも現行の車での搭載を考えているのでしょうか。
片上氏: 共同研究の取り決めで詳細はお話しできませんが、すでに公開している範囲でお話しさせていただきますと、現在の技術レベルと将来展望を踏まえ、二つのアプローチを検討しています。
完全自動運転(レベル5)に至る前の段階での対話システムの活用では、例えば、高速道路での部分的自動運転時に、運転者が必要とする情報を適切に伝えるシステムです。
また、人間が運転する現行車両でも役立つ対話システムとして、運転者の快適性と安全性を支援することを目指しています。これらのアプローチにより、運転者のニーズに応じた柔軟な対応が可能になります。
KL: 企業との共同研究にはどのようなメリットがありますか。
片上氏: 企業との共同研究は、特に車両関連分野で非常に重要です。企業は私たち研究者にない豊富なデータや専門知識を提供してくれます。
例えば、昨年名古屋で行った実験では、企業と協力して開発したシステムを実際の車両に搭載し、ユーザーに体験してもらいました。実際の使用状況でシステムをテストすることで、実用化に向けた課題を洗い出し、改良を加えられるため、研究成果を社会に還元しやすくなります。
KL: 実験に参加したユーザーからの反応はいかがでしたか。
片上氏: ユーザーの反応は概ね前向きなもので、運転中にドライバーを褒める機能が特に好評でした。しかし、システムから褒められなかった場合に「自分の運転が良くなかったのか」と感じるユーザーもいるようで、ユーザーの受け入れ方についての学びも多く得られました。
今後は運転指導機能の追加も検討しています。例えば、左折時の巻き込み確認が不十分な場合にアラートを出す機能です。しかし、指導ばかりではユーザーが不快に感じる可能性があるため、快適さと必要なアドバイスのバランスを取る方法を模索しています。長期的に使用されるシステムを目指し、さらなる改良を進めているところです。
コミュニケーションロボットの誉め言葉が織りなす未来
KL: 先生の過去の論文に「コミュニケーションロボットによる褒め言葉表現が人間に及ぼす影響」というものがありました。実際、人間に褒められるのとロボットに褒められるのとでは、違いがあるのでしょうか。
片上氏: 現状では、ロボットの褒め言葉が人間の褒め言葉を超えるとは考えていません。しかし、ロボットによる褒め言葉も十分に価値があると考えています。
多くの人は褒められることを好みますが、日常生活で頻繁に褒められる機会は少ないものです。したがって、ロボットが気軽に褒めてくれる存在としてそばにいれば、精神的な健康やモチベーション向上につながると考えています。
このようなシステムは比較的低コストで実現可能であり、個々人が自分専用の「褒めてくれるパートナーシステム」を持つことができれば、多くの人にとって有益なツールになるでしょう。
例えば、現在4年生の学生が取り組んでいる研究では、毎日の服装を褒めてくれるシステムを開発しています。このシステムは、玄関に設置されたカメラで服装チェックを行い「今日の服装は素敵ですね」といった褒め言葉をかけてくれます。システムによる誉め言葉でも、ファッションに関心がある人にとっては、気分よく一日をスタートするためのきっかけになるでしょう。
このようなシステムは、毎日を楽しく過ごす助けとなり、最終的にはウェルビーイング(心身の健康)の向上にもつながると考えています。現在、こうした「褒め言葉」に焦点を当てたシステムの応用研究を進めています。
KL:先生がおっしゃった「褒める」という考えに共感しました。最近、オンラインコミュニケーションが増える中で、人々の言葉が荒くなる傾向がありますね。AIが自動的に褒める機能を導入することで、この状況が改善されるのではないでしょうか。「褒める」ということについて、先生の考えをお聞かせください。
片上氏:おっしゃる通りです。現代社会では、特に有名人に対して厳しい批判が多いですね。そういった批判的な意見は、気にしないようにしても心に傷を残してしまいます。AIによる褒め言葉で、このようなネガティブな影響を軽減できれば良いと思います。
一方で、批判的な言葉を発する人たちの心に余裕があれば、そもそもそのような発言が減るのではないでしょうか。つまり、批判的な言葉の総数を減らしたり、批判に対して同じ量の褒め言葉で対抗するよりも、荒んだ気持ちの人を減らすことが重要ではないかと考えています。
もし実現できるのなら、社会全体のネガティブな発言を減らしていけるのではないでしょうか。ただし、AIによる褒め言葉だけで、このような効果を得るのは難しいかもしれません。様々な課題はありますが、非常に興味深い取り組みになると思います。
KL: では、最後にコミュニケーションロボットの未来についてお聞きしたいと思います。数年後、コミュニケーションロボットはどの程度発展していると考えられますか。また、先生が作りたいロボットは将来的に実現可能なのでしょうか。
片上氏: 将来の実現を見据えて研究を進めています。先ほどもお話しした柔軟な会話ができるシステムは、近い将来に実現可能だと考えています。大規模言語モデル(LLM)の研究が急速に進展しているため、雑談や相手への配慮を含む高度な対話ができるシステムは、まもなく実現するかもしれません。
さらに、少し先の未来にはなりますが、心のケアができる対話システムの開発も目指しています。親友のように信頼できるパートナーとしての対話システムが普及する未来を想像しています。将来的には、一人に一台、自分専用のお気に入りの対話システムを持つことが一般的になるかもしれません。
また、家庭で活躍するコミュニケーションロボットも考えられるでしょう。例えば、掃除ロボットのルンバが一般家庭に普及したように、将来的には家庭のリビングにアンドロイド型ロボットがいる光景が日常になる可能性もあります。対話だけでなく家事をサポートしたり、心のケアができるロボットが、家庭内の一員として存在する未来であれば、素晴らしいと思います。