「ストレスは悪いもの」というイメージを持つ人は少なくありません。しかし、研究によると、適度なストレスはむしろ私たちの成長を促す力になるとされています。
私たちの心と体にストレスがどのように影響し、時にポジティブな変化をもたらすのかを理解することは重要です。
この記事では、ストレスが私たちにどのような影響を与えるのか、そしてストレスの適切な管理方法について沖縄国際大学の上田幸彦教授に伺いました。
上田 幸彦 / Yukihiko Ueda
沖縄国際大学 総合文化学部 人間福祉学科 教授
【プロフィール】
所属大学学科名:沖縄国際大学総合文化学部人間福祉学科
役職:教授・心理相談室室長
資格:博士(心理学)、公認心理師・臨床心理士
学会:日本心理学会、日本心理臨床学会、日本認知行動療法学会、日本健康心理学会、日本ストレス学会
略歴:早稲田大学大学院修士課程を修了後、国立福岡視力障害センターにて11年間勤務。その間アメリカにてリハビリテーション心理学の研修を受ける。久留米大学大学院心理学研究科博士課程を経て、2007年より現職。大学・大学院での教育・研究、公認心理師養成を行いながら、地域において高次脳機能障害、筋ジストロフィー、難病を抱える方々への心理支援・研究を行っている。
ストレスの正体を解き明かす 心と体の複雑な関係
クリックアンドペイ(以下KL):まず初めにストレスが発生する仕組みや原因について教えていただけますか。
上田氏:ストレスについて説明する前に、いくつかの用語を区別する必要があります。ストレスとは心と体に歪みが生じた状態のことを指し、歪みを生じさせる原因のことを「ストレッサー」と呼びます。
「ストレッサー」により、歪みが生じた結果、様々な反応が現れます。例えば、イライラしたり、気分が落ち込んだり、眠れなくなったり、食べられなくなったりするなどの反応です。これらの反応を「ストレス反応」と呼びます。
つまり、ストレッサーが存在し、ストレッサーにより心と体に歪みが生じ、心と体に歪みが生じた結果として心と体に様々な反応が出てくる、という流れがストレスの仕組みです。
KL:ストレスが発生する原因について、もう少し詳しく教えていただけますか。
上田氏:はい、ストレスを引き起こす原因、つまりストレッサーには様々なものがあります。大きく分けると以下のようになります。
- 物理的・環境的な要因や刺激:気温や環境汚染などが含まれます。
- 対人関係上の心理的葛藤:人とのつながりや関わりの中で生じる心理的な葛藤です。このような心理的葛藤を心理社会的ストレッサーと呼びます。例えば、いじめられる、怒られる、避けられるなどの経験が該当します。
- 事件や事故の被害:人の生死に関わるような体験をすることもストレッサーになります。最近では災害の被害者になることも含まれます。
- 人生上のライフイベント:生きていく上で経験する様々な出来事もストレッサーになります。例えば、死別、失職、入学、卒業、結婚、離婚、出産、家族の増減などが挙げられます。
これらのストレッサーがきっかけとなって、心と体に歪みが生じ、様々な反応が出てきます。
KL:ストレッサーがきっかけとなり、心と体に反応が出るメカニズムについて、もう少し詳しく説明していただけますか。
上田氏:最近の研究で、人間の体内の3つの生理学的機能がストレッサーをきっかけに変化することがわかってきました。
- 自律神経系
- ホルモン系
- 免疫系
これらの機能が変化した結果、体の症状や心理的な症状が現れます。
より詳しく説明すると、ストレスによって自律神経系の交感神経が興奮し続けることで、ホルモンの分泌量が変化します。その結果、内臓などに変化が起こり、体の病気や反応、または、抑うつや不安、怒りなどの心理的な症状が現れます。
KL:ちなみに、ストレスは人間にとって必要なものなのでしょうか。ストレスが溜まると犯罪を犯したりするなど、悪影響を及ぼすことが多いように思います。
上田氏:ストレス自体というよりも、ストレスを引き起こすストレッサーが必要かどうかという観点から考えると、必ずしもストレッサーが悪い影響ばかりを人間に及ぼすわけではありません。
1950年代から60年代にかけて、アメリカの精神科医のホームズという人物が、様々な人生上の出来事がストレッサーになり得ることを発表しました。ホームズの研究によると、1年間で300点以上(各ライフイベントにはストレス点数が割り当てられる)のライフイベントを経験すると、重大な病気(うつ病や心筋梗塞など)になる可能性が高いとされています。
しかし、ホームズが挙げた人生上の出来事は、必ずしも悪い出来事ばかりではありません。例えば、結婚、昇進、夏休み、クリスマスなども、ストレッサーになり得るのです。
このことからも、ストレッサーは悪い出来事だけではなく、人間に変化を生じさせるような出来事全般を指すといえます。人間に変化を引き起こすような出来事が全くなくなってしまうと、人間の成長が止まってしまう可能性があります。
したがって、ストレスがない方が良いというわけではありません。適度なストレッサー、あるいは強いストレスを生じさせるような出来事であっても、それに上手く対処していくことが重要です。俗な言い方をすれば、ストレス解消を上手にやりながらストレスを乗り越えていくことが、人間の成長につながるのだといえるでしょう。
ストレスの意外な真実 成長のカギとなる「良いストレス」
KL:ストレッサーは悪い出来事だけでなく、人間に変化をもたらす出来事全般を指すのですね。すると、ストレッサーの感じ方は人によって異なると考えられます。例えば、年齢によってストレスの受け取り方に違いはあるのでしょうか。
上田氏:ストレスの感じ方というより、ストレッサーそのものが年齢によって異なると言えるでしょう。人生の各段階で経験する出来事は様々です。
10代の学生、20代から40代の働き盛りの世代、そして50代以降の退職前後の人々では、直面する人生の出来事が大きく異なります。したがって、各世代特有のストレッサーが存在するといえるでしょう。
しかし、同じストレッサーでも、年齢や経験によって受け取り方、つまり認知の仕方が違います。認知の仕方により、ストレッサーが個人に与える影響も変わってきます。
例えば、若い世代、特に学生時代の例を考えてみましょう。友人との口論は、若い頃は、大きなストレッサーとなり得ます。悩みの種になったり、さらなる争いのきっかけになったりするかもしれません。
一方、社会人になると同様の状況でも受け止め方が変わります。同僚との意見の相違を、仕事上必要なプロセスとして捉えられるようになる、などです。個人の認識による違いはあるものの、対人関係での葛藤や対立に対する反応は、年齢や経験によって大きく変化していきます。したがって、ストレス反応の出方も人それぞれ異なります。
KL:私のイメージでは、年配の人の方がストレスを感じやすいというイメージがありましたが、必ずしもそうではないのでしょうか。
上田氏:一概にそうとは言えません。ただし、50代、60代になると、身体的変化と社会的立場の複雑化によってストレスが増大する可能性はあります。
年齢を重ねると、より高い地位に就くことがあり、部下の管理など、より複雑な人間関係や職場環境に直面することになり、職場におけるストレッサーが増加する傾向にあるといえます。
しかし、このような傾向が全ての人に当てはまるわけではありません。ストレスの増加は、職場での立場や役割により異なると考えられます。つまり、個人の経験や社会的立場の両者が相互に影響し合い、ストレスが形作らるのだといえるでしょう。
ストレスマネジメント 3つのキーポイント
KL:なるほど、では、ストレスと上手に付き合っていくためには、どうしたらよいのでしょうか。
上田氏:ストレスと上手に付き合うことを、心理学の分野ではストレスマネジメントと呼びます。ストレスマネジメントのポイントは3つあります。
- まず、自分がストレス状態にあることに気づくことです。自分のストレス特性を知り、どんなことがストレッサーになりやすいのかを理解します。
- 次に、自分なりの効果的なストレス対処法を身につけることです。ストレス対処法のことをストレスコーピングと呼び、ストレスコーピングをできるだけ多く習得しておくことです。
- 最後は、人生の中で様々なストレッサーに直面した場合、ストレス反応が長期化する前に、適切な対処法を実践することです。
KL:ストレスマネジメントに関連した新サービスを提供するとしたら、どのようなものを考えるでしょうか。
上田氏:2つの方向性が考えられます。まず、リアルタイムでストレス状態を把握できるモニターです。例えば、唾液を用いてストレスレベルをチェックするものを企業が開発しています。
次に、ストレス対処法の実践時間を記録しておけるウェアラブルデバイスです。ウェアラブルデバイスの利用により、ユーザーの日常的なストレス管理をサポートできます。
KL:現在あるモニターについて、もう少し詳しく教えていただけますか?
上田氏:唾液を使ったモニターの市販状況は定かではありません。ただ、唾液でストレスレベルを測定できるという話は耳にします。唾液によるストレス測定の原理として、唾液中に含まれる「ストレスホルモン」と呼ばれるコルチゾールの測定を行います。
コルチゾールはストレス経験後に濃度が上昇するため、コルチゾールの濃度変化により、前日から当日にかけてのストレス状態の評価が可能です。このような情報を基にストレス軽減法の実践を促すような装置があれば有用でしょう。
KL:5年後や10年後、ストレス計測機器はさらに多様化すると思いますか?
上田氏:ストレス測定の生理学的指標としては、ホルモン計測が主流になると考えられますが、新たな計測方法の登場は予測困難です。
ストレス計測よりもむしろ、ストレス対処法の実践をモニタリングするツールの発展の方が期待できるかもしれません。例えば、マインドフルネス瞑想アプリのような既存のストレス対処法のモニタリングツールです。
ストレスレベルの測定機器とストレス対処法の実践ツールが統合すれば、さらに有効なシステムになるかもしれません。統合したシステムでストレス軽減効果が可視化できればさらに有用なツールになるでしょう。
KL:そのようなシステムの実現は技術的には難しそうですね。
上田氏:確かに課題は多いでしょう。携帯可能なコルチゾール測定機器の存在は聞いたことはありますが、実物を見たことはありません。理想的には、唾液を入れるだけで結果が表示される簡易的な装置があれば良いですね。
トラウマによるストレスへの対処法 EMDRと瞑想の効果
KL:引き続き、ストレスレベルついて教えてください。ストレスレベルが高い、例えば過去のトラウマを思い出すたびに強いストレスを感じる場合など、トラウマレベルの強いストレスを解消する、あるいはうまく付き合う方法についての先生のご見解をお聞きしたいです。
上田氏:トラウマの治療法には様々なものがあります。過去の大きな心的外傷に今でも影響される方は多くいらっしゃいます。トラウマにも種類があり、単発だが非常に大きなトラウマで、何年経っても繰り返し現れ、当時の恐怖などの感情が蘇ってくるものもあります。
一方で、それほど大きくはないが繰り返し体験してきたもの、または複数の人から繰り返し受けてきたことがトラウマとなり、現在でも蘇ってきて不快な感情を引き起こすタイプのものもあります。
心理学の分野では、EMDRという治療法がよく用いられています。EMDRは眼球運動を使う方法で、トラウマとなる出来事を思い出しながら、眼球を左右に一定の速度で動かします。
このような眼球運動を繰り返すことで、トラウマとなる出来事を思い出しても不快な感情が生じなくなっていきます。ただし、EMDRは専門家のもとで受ける必要があります。
日常に取り入れるマインドフルネス 効果的な実践のコツ
また、マインドフルネス瞑想も効果があるとされています。マインドフルネス瞑想は、目を閉じて現在の自分の呼吸に意識を集中させる方法です。意識が他のことに飛んでしまっても、気づいたら呼吸に戻すことを繰り返します。
マインドフルネス瞑想を日常的に行うことで、過去の不快な出来事を思い出しても、現在の生活に影響を及ぼすことが少なくなっていきます。
KL:マインドフルネス瞑想を実践するタイミングで、先生がおすすめする時間帯や状況はあるのでしょうか。
上田氏:一般的には1日10分程度が推奨されていますが、実際に毎日10分を確保するのは難しいものです。したがって、個々人のライフスタイルにあった時間を見つけることが大切です。例えば、朝起きてすぐ、昼食前、仕事終わりに帰宅する前、就寝前などが考えられます。
特に効果が高い時間帯というのはありませんが、個人的におすすめなのは仕事が終わって家に帰る前です。その日の仕事でのストレスを10分間で軽減させることができ、その後リラックスして良質な睡眠につなげやすくなります。
ストレスが蓄積すると睡眠に影響を与え、睡眠で十分に疲れが解消されないまま翌日を迎えるという悪循環に陥りがちです。したがって、1日のストレスを就寝前に軽減し、さらに睡眠で十分に回復させるというサイクルを作ることが大切です。
KL:先ほど、ストレスが睡眠に影響を与えるとおっしゃいましたが、具体的に教えていただけないでしょうか。
上田氏:まず、睡眠への影響は自律神経の問題です。どんな種類のストレッサーであっても、嬉しいことも悪いことも含めて、変化を生じさせるようなストレッサーがあると、人間の自律神経の中の交感神経が興奮します。交感神経の興奮は活動時や戦う時に必要となりますが、ストレッサーによる影響が長期に及ぶ場合、交感神経の興奮がなかなか鎮まらなくなってしまいます。交感神経の興奮が鎮まらなくなった結果、寝付けなくなります。
このようなストレスへの対策としては、様々なストレッサーで興奮した交感神経を鎮め、副交感神経を高めるようなストレス対処法の実践を行うことにより、良い睡眠につながります。
ストレスは睡眠だけでなく、食欲にも影響を及ぼします。ストレスが強くなると、食べられなくなるタイプの人と、ストレスを解消しようと過剰に食べるようになる人の2つのパターンがあります。
食べることは副交感神経を使うのでリラックス効果はありますが、ストレスで緊張状態になると食べられなくなります。一方で、自分のストレス状態に気づかない人は、食べることでリラックスしようとして食べ過ぎになったり、肥満になったりします。
また、アルコールの摂取量が増えたり、タバコの本数が増えたりすることもあります。これらは体と心をリラックスさせようとする行動の表れです。
KL:なるほど、ストレスについて自覚している場合と、無自覚にストレスを溜めてしまう場合では、どちらの方が多いのでしょうか。
上田氏:ストレスは自覚されていない時の方が多いです。不快な出来事やプレッシャー、直接的な攻撃などは、ストレッサーとして意識しやすいですが、知らず知らずのうちに頑張りすぎていたり、仕事をやり過ぎていたりする場合は、本人はストレッサーだと自覚しないことが大半です。
そういったストレスが蓄積していくと、体にストレス反応が続き、最終的に体に病気が出たり変化が現れたりします。医者に行って初めて、ストレスが原因だと言われ、自分がストレスを抱えていたことに気づくというケースが多くあります。
KL:では、過去のトラウマによるストレスを感じているケースの場合、ストレスを感じないことの方が幸せになれるのでしょうか。
上田氏:トラウマがある人の場合、トラウマを思い出すこと自体がストレッサーになり得ます。トラウマがなくなるのが一番良いのですが、それは難しいでしょう。
また、トラウマを抱えている人は、過去のトラウマを思い出すこと以外にも様々なストレッサーがあるはずです。むしろ、そちらのストレッサーに気づくことが必要です。
ストレスを感じていることを自覚すると同時に、ストレスへの対処法を持っておくことも大切です。
ストレスを味方につけるチャレンジ精神
KL:ありがとうございます。今回のインタビュー記事は起業家志望の学生が読むケースが多いのですが、起業家志望の学生に対してアドバイスをいただけますか。
上田氏:起業家志望の学生は自分で何か事業を始めようというチャレンジ精神のある方だと思います。それは非常に望ましいことで、大いに頑張っていただきたいと思います。ただし、新しいことにチャレンジするということは、非常にストレッサーの多い環境に飛び込んでいくことになります。
したがって、自分のストレスマネジメント、つまり、どの程度無理をしているかを自覚しておく必要があるでしょう。新しいことにチャレンジしたり、新しい領域を開拓したりする際に生じるストレス反応を和らげるようなストレス対処法を持ちながら挑戦していただければ、より多くの新しい良いことが生まれてくるのではないかと期待しています。