あなたは自分の生まれ月が、今の自分を形成する一因になっていると考えたことはあるでしょうか。
日本社会において、早生まれか遅生まれかという誕生月の違いは、実は子どもの成長に大きな影響を与えています。学力から運動能力、性格まで違いが見られるという研究結果も報告されているため、子どもの教育に関わる方にとっては無視できない要素でしょう。
そこでこの記事では、誕生月の違いによってもたらされる能力への影響や、生まれ月の違いによる能力差を埋めるために心掛けるべきことについて、東京大学の山口教授にお話を伺いました。
山口 慎太郎 / Shintaro Yamaguchi
東京大学 大学院 経済学研究科 教授
【プロフィール】
東京大学大学院経済学研究科教授。内閣府・男女共同参画会議議員なども務める。1999年慶應義塾大学商学部卒業。2001年同大学大学院商学研究科修士課程修了。2006年アメリカ・ウィスコンシン大学経済学博士号(Ph.D.)取得。カナダ・マクマスター大学助教授、准教授、東京大学准教授を経て2019年より現職。専門は労働市場を分析する「労働経済学」と結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」。『「家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)で第41回サントリー学芸賞を受賞。『子育て支援の経済学』(日本評論社)は第64回 日経・経済図書文化賞を受賞。2021年に日本経済学会石川賞受賞。
早生まれは能力が伸びにくいことは様々な国で報告されている
クリックアンドペイ(以下KL):まず初めに、誕生月の違いによって能力に差が生じるというのは本当なのでしょうか?
山口氏:早生まれか遅生まれか、という違いで能力に差が出ることは実際にあります。
日本の社会に限らず、学校などではどこかで線を引いて学年を区切るので、結果的に同じ学年の中でも若い子どもたちと年長の子どもたちで差が出てきます。相対的に、年齢が高い子どもたちは年齢が低い子どもたちに比べて同じ学年の中でも有利なポジションになりやすいんです。例えば、運動能力や身体の大きさなどのフィジカル面はもちろん、コミュニケーション能力や勉強の出来、リーダーシップスキルなどにも差が現れてきます。しかも、小さいうちに顕著な差が出るだけでなく、成長して30歳を過ぎた時点で見たとしても無視できない違いが残ってしまっていることが、いろいろな国で報告されています。中でも日本は、ほかの国と比べてもやや強めに生まれ月による違いが出やすいことがわかっているという状況ですね。
KL:誕生月ごとにそれほどスキルに差が出る要因としては、どういったことが考えられるのでしょうか?
山口氏:これは生物的な要因ではなく、完全に社会的な要因です。先に確認しておくと、遺伝的な意味において誕生月ごとに何か特徴が表れる、ということはありません。
学生の中で年長であるか、年少であるかによって、同じ学年の中でも年長の子はそれだけ成熟していることになります。それこそ身長で見た場合、同じ学年の中でも早生まれの子と4月生まれの子では、1学年分くらいの差も出てくるわけです。そして、目に見てわかる身体の発達だけではなく、脳の発達による能力、勉強やコミュニケーションといったスキルの違いも短期的には出てきやすい部分になります。
問題は、これらの違いが十分成長しきった20歳くらいの大人になってからも残るということなんです。繰り返しますが、この差は生物的な理由ではなく、完全に社会的な要因によるものです。どういうことかというと、例えば4月生まれの子どもだったら、年長でより成熟しているという理由からほかの子よりも勉強でいい成績を取ったり、スポーツで成功したりして自信を育みやすい。さらに、身体も大きいので周りの子たちに対するリーダーシップも発揮しやすい。このように、単純に身体や脳が発達しているというだけでなく、周りの子に比べて相対的に成熟していることから立場的に得られるメリットも、大人になってからの違いに大きな影響を与えていると考えられます。
生まれ月による差は学業だけでなくスポーツでも顕著に現れる
KL:すると、個人差はあるにしても4月生まれと3月生まれでは、およそ1年ほどの差を抱えた状態で同じ学年にいる状態のまま、毎年進学していることになるのですね。
山口氏:そうですね。それに、日本をはじめ受験制度がある国では、全員がある特定のタイミングで一斉に試験を受けることになります。
高校受験だと15歳くらいでまだまだ身体も脳も育ちきっていないので、そうするとやはり4月生まれの子の方が3月生まれの子よりも平均的には有利です。試験で高い点数が取れればより学力の高い高校に入学できて、より良い教育を受けやすくなる。そこで年長の子と年少の子の間にある差が固定化されてしまうと、誕生月によって生じた違いを埋めようとしても、もっと追いつきにくくなっていきます。これは高校受験の時も、大学受験の時も同じようなことが起こるので、最初は生まれ月の違いは純粋な生物学的な成熟の差だったものが、社会的な要因によってどんどん固定化されていくわけです。
アメリカのデータではいわゆる遅生まれの人の方が社長が多いとされていますし、政治家も遅生まれが多いので、やはり様々な領域において生まれ月の影響はあると考えられます。
KL:なるほど。受験のように競争がある分野でいうと、スポーツでも同様の傾向は見られるのでしょうか?
山口氏:スポーツの世界では、むしろより顕著に生まれ月による差が表れます。
スポーツでは県代表や日本代表など、年齢別の代表チーム選抜を行いますよね。そうやってU12などでチームを作ろうとすると、その対象となる年齢の中でも、ギリギリ年長の子のパフォーマンスがやはり高くなるわけです。それで代表チームに選ばれ、いいコーチのもとで、レベルの高いチームメイトと一緒にプレーするとなると、さらにスキルも伸びていく。つまり、選抜システムもまた受験と同じように生まれ月によるスキルの差を固定化するような仕組みになっているんです。
ただし、早生まれだと一律にスポーツで不利というわけではなく、種目によって結構違ってくるといわれています。Jリーグの選手であるとか、プロ野球選手などはやはり4月生まれが多く、これらのスポーツの特徴は非常に競争的かつ早期選抜が行われる点です。小学校3年生や4年生の時点で身体が大きい子は強豪チームに入る、というような差がどんどんついてしまう。ですが一方で、早期選抜がないようなスポーツに関してはそれほど生まれ月による違いは出ないとされていますし、競馬の騎手は逆に早生まれが有利だといわれています。騎手は身体が軽い方が有利に働くので、そういった身体の小ささを活かしたスポーツもあるということは知っておいて損はないですね。
それと、一般的にスポーツでもほかの分野でも、スーパースターには早生まれの人の方が多いといわれることがあるんですが、統計的に見ると必ずしもそうとは言い切れない部分があります。日本で人気の高い野球などのスポーツで有利か不利かを考えると、どうしても遅生まれの方が有利になりやすい環境であることは否めないでしょう。
早生まれはどうしてもメリットよりデメリットが目立ちやすい
KL:先ほど、日本は海外に比べて生まれ月の格差が生じやすいというお話もありましたが、理由としては国の文化的な側面が強いのでしょうか?
山口氏:そうだと思います。というのも、生まれ月によって個人差が出るというのは、生物学的には全く根拠がないんですね。
その月齢で年長の子の方が身体が大きい、といった違いであれば、成長すれば差はないはずなんです。ですが実際には違いが生まれているし、国によっても違いが出ているということは、競争の度合いが影響していると考えられます。日本では受験やスポーツの選抜などがあるので、その段階で差がつきやすいのではないかと。
早生まれだと人よりも早く学校を卒業して働き始めることになるので、その分だけ長く働くことができるという点は、メリットとしていわれることもあります。ですがやはり、同じ学年の中でも身体が小さめですし、脳の成熟も遅れやすいので、人から見て出来の良い子に見えにくい面が出てきてしまう。どうしても組織の中で不利な立場に置かれてしまうことが多くなる上に、大人になったら解決するような問題でもないので、そういった違いがずっと固定化されていくような日本の仕組みに苦しめられてしまう可能性は否定できません。
KL:アメリカなど、海外だとまた事情も変わってくるのでしょうか?
山口氏:アメリカの学校では日本の4月が9月にあたり、学年の区切りが異なるんです。
なので、たとえ子どもの誕生月が3月で早生まれでも、海外で育てれば全く問題ないケースも考えられます。ただし、ずっと日本で暮らしていていきなり海外に、となると環境の変化など生まれ月に関わらず様々な変化にさらされることになるので、そちらの影響の方を考慮しなければいけないかもしれません。
生まれ月で生じる格差是正は周囲の意識改革が求められる
KL:生まれ月による格差を是正するには、どういった方法が考えられるのでしょうか?
山口氏:生まれ月によって生じる差をなくしていくためにすべきことは、3つのレベルで意識を変えていくことです。
まず親のレベル、そして先生やスポーツチームのコーチのレベル、さらにもっと大きな社会のレベルです。親からすると、自分の子どもが早生まれの場合にどうやって子どもに接したり、アドバイスすればいいかが気になるところだと思います。基本的にはほかの子と比べない、というよく聞く子育てアドバイスと同じになってしまうんですが、特に早生まれの子は周りの子に比べて育ちきってない部分は不利になる、ということは理解しておきましょう。その上で、同じ学年の子と比べて出来が良い、悪いという見方をするのではなく、今までできなかったことができるようになった、といった観点から子どもを見てあげることがすごく大切です。親の方が焦っていると子どもも不安になってしまうので、「今は身体が小さくて体育でもうまく動けないかもしれないけど、大きくなったらうまくできるから心配いらないよ」といった声かけをしてあげるといいですね。
先生やコーチのような指導者の立場の方には、まずはこういった生まれ月による違いがあることをきちんと理解して欲しいと思います。たとえポジティブな意味で「生まれ月なんて関係ない」と言っていたとしても、身体の発達による不利というのは厳然と存在するので、子どもたちの受け取り方に配慮しながら普段から指導することが求められます。元気がないように見えたら声をかけてあげるなど、一人ひとりの子どもの事情を考えてあげなければいけません。それともうひとつ、子どもの頃のリーダーシップ経験は将来にわたって影響することが知られています。学校の授業であったりスポーツチームであったりでリーダー役を決める時、子どもたちの自主性に任せていると、早生まれの子はそういった機会に恵まれにくくなってしまうんですね。なので、特定の子ばかりがいつもリーダーをやっている、ということがないように目を配りながら指導することが大事になります。
そして最も重要なのは、社会のシステムにある根本的な問題を変えていくことです。日本だと4月2日生まれから学年が始まりますが、海外のほとんどの先進国では先ほどもお話ししたように入学時期をずらすことができるんですよ。例えば、うちの子は早生まれでまだ学校で勉強する準備が整っていない、ということなら一学年遅らせて入学することができる。そうすることで、成長が追いついた段階で安心して学業に励めるので、日本でも入学年度を遅らせられるような柔軟な選択肢を用意できるといいですね。
KL:貴重なお話、ありがとうございます。最後に早生まれの人や、そのご家族に向けて、アドバイスをいただけますか?
山口氏:もし、自分が早生まれであることを気にしているなら、クラスメイトと比べて身体が小さいとか、負けているといったことは気にする必要はありません。
すごくシンプルに、周りの子と学年は同じでも歳が若いだけの話なので、心配せずに身体が成長しきるまで待ってみてください。自分はできない子なんだ、ダメな子なんだ、と思ってしまうのが一番良くないので、「自分は大器晩成型なんだな」と暗示をかけるくらいでちょうどいいんです。生物学的にも、成長しきれば身長なんかは生まれ月に関わらず差は出ません。違いを生み出しているのは、あくまでも社会の在り方、そして社会から押しつけられた自分自身の思い込みです。なので、そんな自分自身の思い込みも含めて認識をアップデートしましょう。子どもの頃に20年後のことまで考えるのは酷かもしれませんが、やはり他人と比べず、昨日できなかったことが今日できるようになった、と自分自身の成長を見て自己肯定感を育んでいくことが大切です。