コロナ禍であらためて多くの人が意識したように、免疫系は人間にとって非常に重要な機能です。
しかし、免疫力を高めるために具体的に何をすれば良いのか、すぐに思い浮かぶ方は少ないでしょう。ビジネスで成功を収めるためには、免疫力を低くすることなく、常に健康な身体を保つことは欠かせません。
そこで今回は早稲田大学の鈴木克彦教授に、免疫の基本的な知識から免疫力を向上させる方法まで、詳しくお話を伺いました。
鈴木 克彦 / Katsuhiko Suzuki
早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授
【プロフィール】
早稲田大学大学院人間科学研究科生命科学専攻修了後、弘前大学医学部を卒業し、国立国際医療センター病院内科系臨床研修課程修了。
2003年より早稲田大学で研究・教育に従事し、2013年より現職。内科医として早稲田大学保健センターやスポーツ医科学クリニックも兼務。運動・トレーニングをモデルとした生体のストレス応答と適応機構に関する解析・評価法およびストレス制御・予防法の開発を研究課題としている。
国際運動免疫学会(ISEI)前会長・現理事。2026年ISEIシンポジウム東京開催大会長。
免疫機能は摂取している栄養によって強くも弱くもなる
クリックアンドペイ(以下KL):それでは初めに、免疫の仕組みについて教えていただけますか?
鈴木氏:免疫というのは、ウィルスや細菌などの病原体が身体の中に入ってきた時にそれらを排除し、病気にならないようにするための仕組みになります。
大きくわけると自然免疫と獲得免疫があり、自然免疫は生まれながらに身体に備わっているものです。一方の獲得免疫は高等生物にしか備わっていない仕組みで、ある特定の病原体のみを攻撃するような仕組みを保っています。例えば麻疹のワクチンを打った場合、麻疹ウイルスだけを攻撃してインフルエンザなどほかの病原体には攻撃しない、という一対一の特性があるんです。獲得免疫の名前の由来は、このように感染したりワクチンを打ったりして後から免疫を獲得していくものだから、といわれています。獲得免疫は特定の病原体だけを攻撃するので、ほかのものは攻撃しません。一方、自然免疫はなんでも攻撃してしまうので、蚊に刺された時に腫れるように、身体にとって不利な反応、身体を壊すような反応である炎症を起こしたりすることがあります。
免疫は基本的に、どの生物も持っているものです。生存のためには自分を攻撃してくるような病原体はやっつけなければいけないので、逆に言えば免疫を持っている生き物が生き残っているわけです。つまり、生き物が進化の過程で獲得したものが免疫である、といえます。
KL:免疫力を高めるには、どうすれば良いのでしょうか?
鈴木氏:まずはしっかり休養を取り、栄養を補給することが大切です。
それと、栄養に関しては免疫力を高めるものもあり、例えば肉や魚、乳製品、大豆などに含まれているグルタミンというアミノ酸は免疫系のエネルギー源になります。いろいろな免疫細胞がグルタミンを使って活動しているので、グルタミンが欠乏してくると免疫系の機能も低下しやすくなってしまいます。なので、日頃からしっかりタンパク質を摂る習慣をつけることは、免疫系の細胞のエネルギー源が枯渇しないようにするためにも重要なんです。
ほかにも、身体に有害な影響を及ぼす活性酸素に対しては、抗酸化物質がたくさん含まれている野菜や果物を摂ると効果的です。植物は光合成のために太陽から紫外線を浴びていますが、その紫外線で自分自身がやられてしまわないように活性酸素を除去する物質をたくさん持っています。代表的なものがビタミンCや、ポリフェノールといったファイトケミカルと呼ばれる成分で、それらの物質を摂ることで私たち人間も活性酸素から身を守ることができます。
KL:抗酸化物質などを摂る際に、サプリメントなどは効果が見込めるのでしょうか?
鈴木氏:そうですね。ただし、サプリメントはあくまでも身体に不足している栄養素を補充する、ということがもともとの意味合いである点は知っておく必要があります。
なので、まずサプリメントで摂取しようとしている栄養素が不足しているのかどうかが重要です。一人暮らしをしていて食生活が明らかに偏っているということなら、不足していると考えて良いと思います。ですが、もし時間的な余裕がなくて野菜不足になってしまっている、といった事情なら、コンビニなどで野菜のパックだけ買ってくるなどして一品増やす方がおすすめです。先ほどもお話ししたように、植物は紫外線から身を守るために有用なものがたくさん含まれているので、いろいろな種類の野菜を摂ればそれだけ私たちの身体の中で活用できるチャンスも増えます。そういう意味では、サプリメントだと特定の栄養素が過剰摂取になってしまうケースもあるため、できるだけ幅広く多くの種類の食品を摂ることが推奨されます。
KL:逆に、免疫系にあまり良くない食べ物もあるのでしょうか?
鈴木氏:よく例に挙げられるのは、飽和脂肪酸ですね。
すでに酸化していて、さらに酸化ストレスを誘導するような脂肪酸なので、そういったものを摂らないようにすることが大切です。ただ、脂肪は全てだめというわけでもなくて、オリーブオイルや青味の魚に多く含まれる不飽和脂肪酸という酸化ストレスを減らすような脂肪酸もあるので、こちらはむしろ積極的に摂った方が良いとされています。なので、免疫系を抑制するようなものはできるだけ控えて、逆に活性酸素を消す作用があるものを意識的に摂るようにすると良いでしょう。
とはいえ、活性酸素を消す作用がある成分でも摂り過ぎるとかえって身体の方がバランスを崩して、酸化ストレスを発生させてしまうことがあります。不飽和脂肪酸だからといって摂り過ぎは避け、適量に留めることが大切です。
過度なストレスを受け続けていると免疫力は下がってしまう
KL:免疫力を下げないためには、食習慣にも気をつけるべきなのですね。免疫が低下する原因としては、ほかにどういったものが考えられるのでしょうか?
また、ブラック企業のように、長時間過酷な労働環境に身を置くような場合は免疫力は下がりやすいのでしょうか?
鈴木氏:人間の場合で話すと、ストレスが大きく影響しています。
私たちは生活の中で嫌なことがあったり、長時間の仕事に耐えなければいけなかったり、疲労の蓄積であったり、様々なストレスにさらされています。こうした状況に対抗するために、私たちの身体はストレスホルモンを分泌するんです。例えばコルチゾールという副腎皮質ホルモンや、興奮した時に出るアドレナリンなどですね。これらはストレスに対抗するために分泌されているんですが、免疫機能も抑制してしまうという性質を持っています。副腎皮質ホルモンなどは抗炎症薬としても使われているくらいなんですが、免疫系にとってはかなり不利に働くので、ストレスが免疫力の維持に対してマイナスの影響を及ぼすという理解で問題ありません。それこそ、やはりいわゆるブラック企業のような低賃金での長時間労働などは誰でも嫌な思いをするでしょうし、肉体的な疲労も大きいので、免疫が抑制される原因になってしまう可能性は考えられます。
ただし、ストレスの感じ方には個人差があるので、一概にストレスが全て悪いとも言い切れないところがあります。人生に全くストレスがないと楽しみが減ってしまうところもあったりするので、適度なストレスはあった方がいいということも理解しておいてください。
KL:生活の中ではストレスや疲れを自覚することもありますが、免疫低下を予防するには、どういったタイミングで休息の判断をすれば良いのでしょうか?
鈴木氏:まず前提として、全体の流れはストレスホルモンの分泌によって免疫が低下する、というものです。なので、基本的にはストレスを感じたらその都度少し休憩したり、気分転換をすることをおすすめします。
それから、疲労というのは休養や睡眠をきちんと取れていないことから起きてくるので、日頃から休養や睡眠、栄養にも気を遣うと免疫系を適切に維持しやすくなります。あとは、免疫力が低下してきているサインが見られたら特に注意しておくと良いでしょう。例えば、風邪を引きやすいかどうか。それから、風邪以外にも感染症にかかりやすいかどうかも免疫力の低下を感じやすいサインです。
免疫系の機能というのは非常に複雑で、多くの検査項目が存在するので、日常的に病院で調べることはあまり現実的とはいえません。それらを全て調べようとするとすごくお金がかかってしまいますし、唾液で上気道感染症にかかりやすいかどうか、といった1項目を調べるだけでもかなりの検査代が必要になります。こういった状況なので、検査としては風邪を引いたりして病院にかかった時に、血液中の白血球数が低下しているとか、リンパ球が減少しているといった観点から免疫力の低下を判断する方が一般的です。なので、まずは風邪などの症状が出ているかどうか。もし頻繁に症状が出るようなら日常的に免疫力が低下している可能性があるので、普段より意識的に休息を取ることをおすすめします。
KL:近年は健康を保つために、運動や睡眠にも注目が集まっています。そこで、運動と睡眠の面からも、免疫系への影響を教えていただけますか?
鈴木氏:まず運動の話からしていくと、適度な運動はもちろん効果的なんですが、激しい運動はかえって免疫系の機能を低下させてしまう原因になります。
目安としては、坂道なんかを歩いていて息がハアハアしてくる、あれくらいが身体が酸欠になっている徴候です。そして、酸欠になってくる頃からストレスホルモンが分泌されるので、ちょっときついくらいのところでやめておきましょう。
運動中はリンパ球という免疫系の細胞が増えるんですが、運動後は減少していきます。重要なのは、きつい運動をすればするほど平時の血液中のリンパ球の数が減り、活性も下がるといわれていることなんです。なので、体力づくりのための運動の場合は、トレーニング効果を得るためにはある程度身体に負荷をかける必要はありますが、やり過ぎないくらい、目安としては1時間以内でやめておいた方が免疫系には良い影響が得られると考えられます。あまり身体を疲労状態に追い込まないで、大きなストレスにならないような運動をすることが大切です。
最近注目されているスキマ時間の細切れ運動も、免疫力の維持には有効です。細切れ運動については、1日のトータルで1時間くらいになれば効果が見込めますし、特に肥満や高血圧など生活習慣病の予防には短時間でも効果があることがわかってきています。生活習慣病の人はどうしても免疫力が低下してしまうので、まずは生活習慣病にならないように普段からこまめに運動して、身体を動かしてもらうことが大切です。なので、1回の運動で何もかもやり切ろうとするのではなく、細切れであっても1日にどれくらい身体を動かしたか、身体活動量で見た方が健康には良い影響が見込めます。
KL:睡眠については、免疫系にどのような影響があるのでしょうか?
鈴木氏:睡眠については、ストレスや疲労を回復させるために非常に重要なものなので、やはり1日6〜7時間程度は睡眠を取ることが大事です。
十分な睡眠が取れていないと、次の日に疲れが残って仕事の能率も下がってしまいますからね。ただ睡眠は時間だけでなく質の高さも求められるところで、規則正しく眠ることが重要になってきます。例えば夜更かししたり休日にずっと昼間寝ていると夜眠れなくなるようなことがありますが、これはソーシャル・ジェットラグ(社会的時差ぼけ)と呼ばれる状態です。夜更かしをしたりすると睡眠不足になり、仕事の能率が落ちるだけでなく血圧が上昇するなど、病気に近いような状態になってしまいます。血圧が上がったり、代謝が悪くなったりすると免疫力の低下につながることがわかっているので、できるだけ規則正しく、起きた時にきちんと疲れが取れているかどうかを目安に睡眠を取ることが大切になります。なるべく眠りに集中できるようにするために、就寝前はベッドの近くにスマホやパソコンを置かないように工夫してみてください。
免疫系を維持する習慣をつけることでビジネスでも成功を
KL:貴重なお話、ありがとうございます。最後に、学生の方や起業家志望の方に向けてメッセージをお願いできますか?
鈴木氏:これから社会に出て行く学生の方や起業家の方々は、初めての挑戦や、リスクを覚悟でチャレンジするような場面も多いと思います。
ですがその分、多くのストレスにさらされることになるので、健康第一で健康管理に力を入れていただくことが、仕事の成功にもつながるのではないでしょうか。そのためにも、今回お話ししたように栄養や休養に配慮することや、睡眠時間を確保すること、運動習慣を生活の中で意識してみてください。
それこそ、朝の森林浴なども免疫向上には効果的な時間になるでしょう。散歩は気分転換でストレス解消になるだけでなく、身体の代謝も高めることができます。さらに紫外線は適度に浴びることでビタミンDが活性化され、免疫機能を高めることがわかっています。ビタミンDは食品から摂ることもできるんですが、身体の中で活性化するかどうかには個人差があるので、やはり適度に日光を浴びることがビタミンDが作用するためには重要です。
獲得免疫にはT細胞という中心になる細胞があるんですが、この細胞を成熟させる機能は10代後半から20代くらいがピークで、あとは年齢とともに機能が低下していくといわれています。そのため、高齢になるほど肺炎などの感染症に弱くなりますし、がんにもかかりやすくなるなど、免疫機能の低下が見られます。免疫機能を高く保つためにも、できるだけ早くから栄養バランスの良い食事や睡眠、運動の習慣をつけてみてください。