食事は病気リスクの低減や将来の健康を保つために重要なファクターのひとつ

近年、食事や栄養バランスが健康に大きく影響することは、広く周知されるようになってきました。

しかし、実際に食生活を改善しようと思っても、自身の食生活をどのように見直せば良いのかわからないケースは少なくありません。何より、専門家の知見からアドバイスを受けられる環境がないことから、食生活の改善を諦めてしまう方もいるでしょう。

そこで今回は、食の臨床試験「江別モデル」提唱者である北海道情報大学の西平教授に、食や栄養の大切さや、自身の食生活を見直すポイントについて伺いました。

西平 順 / jun nishihira
北海道情報大学 医療情報学部 医療情報学科教授

【プロフィール】

1979年  北海道大学医学部医学科卒業、 横須賀米海軍病院研修医

1980年  北海道大学医学部内科学第二講座医員
1984年~1985年  米国ノースカロライナ州ウェイクフォリスト大学ボウマングレイ医学部リサーチフェロー
1992年  北海道大学医学部中央研究部講師

1998年  北海道大学医学研究科分子医科学助教授
2006年  北海道情報大学教授
2016年  北海道情報大学副学長
2021年  北海道情報大学学長 現在に至る

食の臨床試験「江別モデル」とは?

クリックアンドペイ(以下KL)では、まず最初に食の臨床試験「江別モデル」とは何か、教えていただけますか?

西平氏:江別モデルでは、食を対象にした機能性の評価、および住民の方々の健康維持・増進を行っています。

もうだいぶ前の話になりますが、北海道大学と札幌医科大学と本学(北海道情報大学)とで立ち上げたプロジェクトが食の臨床試験になります。プロジェクト立ち上げのきっかけは、文部科学省による平成19年の地域イノベーション事業です。プロジェクト自体は5年間だったのですが、その際に北海道の食材の機能性に付加価値をつけられないか、という話になったんです。その当時、私は創薬の研究をしていたのですが、薬の機能性を見る時には人を対象にした臨床試験を実施するので、食材でも同様のことができないかと考えたんですね。そうした経緯もあって、特定の食材を摂った前後でどれくらい健康状態が変わるのか、北海道の食材がどれだけ健康に良い影響を与えるか、そのような効果があるのかを見ていくことになりました。

具体例を挙げますと、例えば玉ねぎには100種類以上の品種があるんです。その中で、ある玉ねぎと別の玉ねぎとで、ポリフェノールの一種であるケルセチンを摂った時の認知機能の改善の程度をチェックする、という臨床試験を行いました。試験内容としては、機能性のない玉ねぎと機能性のある玉ねぎを半年間摂ってもらって比較を行うというもので、結果的に非常に健康に良いことが科学的根拠を持ってわかったので論文で報告しました。そのほかにも臨床試験は年間でおおよそ10件ほど、それを14〜15年ほど続けていますので、全部で140件くらいの臨床試験を実施していますね。

KL確かに、薬の臨床試験はよく耳にしますが、食材の臨床試験は非常に珍しく感じますね。それまでは、食材に関する臨床試験は国内ではあまり実施されていなかったのでしょうか?

西平氏:そうなんです。食の機能性というのは、歴史的にも栄養学分野でも多くの研究が行われてきましたが、平成19年や20年頃の当時は、人を対象にした臨床試験のデータは非常に少なかったんです。

例えば、5大栄養素としてたんぱく質や糖質、脂質、ミネラル、ビタミンがありますよね。しかし、それらの栄養素が人間にとって必要だというのは、アンケートや動物試験などで得られた知見でした。本当に人が摂った時に健康に作用するのか、というデータはあまり取れていなかったんです。そこで、江別モデルでは農林水産省だけでなく、厚生労働省の医薬基盤・健康・栄養研究所とも連携して、国のデータベースに食と健康に関する情報を貯めていっています。当初は北海道の食材にフォーカスしていましたが、国の事業として実施したこともあって、今では全国の様々な地域の食材の機能性、栄養の価値をチェックしてデータ解析から論文化まで行っています。この仕組みは世界的に見てもあまり事例がなく、臨床試験の規模的には江別モデルが世界をリードしている組織になっている、と言っても過言ではないと思います。

KL世界的に見ても、食材に関する臨床試験は珍しいものなのですね。

西平氏:はい。それに、プロジェクトが開始してから10年以上経っているので、江別モデルのような仕組みが全国で使われるようにもなってきているんです。

特に規模の大きな臨床試験として、内閣府のSIP2(戦略的イノベーション創造プログラム)があります。国の研究機関である農業・食品産業技術総合健康機構(農研機構)がいろいろな作物の品種を作っているんですが、それらの作物の臨床試験を実施して栄養や健康に関する情報を集積し、構築したデータベースを国民全体の健康を支える基盤として役立てています。また、民間でも様々な食品メーカーがSIP2データベースをもとにして新しい食品の開発などが始まっています。

KL江別モデルは、新たな機能性を持った食品の開発にも結びついているのですね。

しかしそれだけの規模で長期間続けるとなると、臨床試験の参加者を集めるのも大変そうですが、そういった苦労はないのでしょうか?

西平氏:有難いことに、臨床試験に協力していただいているボランティアの方々は、現在1万5,000人くらいいます。

これだけの協力を得ることができている理由としては、臨床試験の中で住民の方々の健康維持・増進も行っていることが挙げられるのではないかと思います。食の臨床試験に参加していただく際には、血液データなど様々なデータを取っているので、健康レベルやヘルスリテラシーがデータとして上がり、健康診断と同様に一人ひとりのデータベースが蓄積されていくんです。本学では、このような仕組みで健康状態に関するアドバイスをボランティアにフィードバックしています。この仕組みづくりと運用には、北海道情報大学の得意とする健康アプリなどの開発も行い、住民の方々の健康維持にも役立てています。このように、参加者の方々から見ると、臨床試験に参加しながら健康になっていける、というのが食の臨床試験の大きな特徴といえるでしょう。

臨床試験への参加で実際に健康増進につながった事例が存在

KL参加者の方と、WinWinな関係になるような設計をされているからこそ、長く続けることができているのですね。すると、江別モデルに参加していただいている方の中には、長期的にデータを追う中での健康面での変化なども見られるのでしょうか?

西平氏:実際のデータを見ても、参加者の方々の健康増進につながっているということは確かだと思います。

臨床試験は3ヶ月ほど実施するのですが、期間中は、いわゆる暴飲暴食であったり、過度な運動は控えていただくことになります。統一感のある正確なデータを取るためには、参加者の方々にも食事をしっかりとコントロールしていただかなければいけないので、健康とはどういうものか、そして栄養のバランスが取れた健康にいい食事とは何か、1時間程度レクチャーするんです。その上で臨床試験に参加していただくと、健康にいい食事の仕方が自然と身につくので、食生活も改善されていきます。その結果、血圧が下がったり、脂質コレステロール量が下がったり、あるいは中性脂肪もそうで、生活習慣病に関わる症状が改善したというデータが出ています。

もうひとつ、江別モデルの特徴として、個別化栄養学というものがあります。一般的な栄養学に則った情報だけではなく、個人の健康状況に合わせたデータからアドバイスをしているんです。これを個別栄養学や精密栄養とみ呼びますが、何をもって個別化するかというと、ひとつにはその人の持っている遺伝的な背景ですね。遺伝的背景を調べていくと、例えば家族に血圧が上がりやすい人や、コレステロール値が上がりやすい人がいる、といったことがわかってきます。そこで遺伝子検査を行い、遺伝的に血圧が高い人が臨床試験を経てどのような形で下がるのかを追っていき、データをもとにフィードバックします。また、腸内細菌も健康と非常に深く関係していることがわかってきているので、参加者の方々がどのような腸内細菌を持っているのかも把握した上で、個別化したアドバイスをしています。

臨床試験は1回だけの参加ではなくて、年に1回や2回参加して、3年、4年と経年的に実施しています。今はもう15年以上続いていますから、年度ごとの経過を見ていくと、かなり健康が改善されているのがわかるんです。

もちろん、集団としてのデータも出ますが、個人データも出るので、個別のアドバイスが可能になるんですね。フィードバックに関しても、文面で返すこともありますし、今では先ほどもお話しした健康アプリによるITヘルスケアの社会実装もしています。

KL個別化栄養学に加えて、遺伝子や腸内細菌の情報まで取り込んだ上でのアドバイスということは、本当に「自分専用」にカスタマイズされた健康サポートを受けることができるのですね。

ということは、自分では気づいていない生活習慣病のリスクなども、健康増進のアドバイスからわかることもあるのでしょうか?

西平氏:そうですね。先ほどの遺伝的背景と絡めていうと、2型糖尿病は遺伝的な要素がかなり強く、例えばお父さんやお母さんが糖尿病の場合、糖尿病になりやすいという側面があります。

そのため、もし遺伝的に糖尿病のリスクが高いと判明した場合は、自分自身でそのリスクを認識し、糖尿病について理解を深めた上で生活することが大切になるわけです。まず、糖尿病はインスリンの分泌が非常に少なくなり、血液中の血糖値が増えてしまう病気です。インスリンは若い頃はたくさん分泌されますが、お酒をたくさん飲んだり、過食になったり、あるいはカロリーの高い炭水化物を過剰に摂ることで血糖値が上がり、それを抑えるために使われます。そして、若い時にインスリンを使い果たしてしまうと、糖尿病の症状が早めに出てきてしまうことがあるんです。しかも、糖尿病は一定のレベルまでなら生活習慣のコントロールで改善できますが、インスリンがほとんど枯渇した状態になっていると、生活習慣を変えても戻ることはありません。インスリン注射をして外から補充しなければいけないので、糖尿病の予防は発症してからではなく、発症前の取り組みが非常に重要になります。江別モデルの参加者の方の中には、臨床試験に参加することで暴飲暴食が制限され、食事のコントロールをしたことで、血糖値が高かった方の数値が下がって健康になっていったような事例もあります。もしご両親に糖尿病の傾向があり、遺伝的に糖尿病になる可能性が高いようなら、それこそ30代の若いころから暴飲暴食や血糖値が上がりやすい糖質の多い食事を避けることが大切です。

ご自身で糖尿病予防に取り組むのであれば、腸内環境を整えるために野菜を多めに摂るなど、食事バランスを考えて、体重も過度に増やさないようにすることを意識してみてください。特に、食事では糖質を制限して、たんぱく質を摂ることが重要になります。たんぱく質が大切になるのは、筋肉量の増加につながるためです。食事をして血糖値が上がっても、運動すれば糖質はエネルギーとして使われるので、血糖値は自然と下がります。その時に血糖を一番消費するのは筋肉で、筋肉量が落ちれば糖質の消費量も減ってしまうので、きちんとたんぱく質を摂って軽い運動をして筋肉量を増やすようにすれば、糖質を摂っても消費してくれます。そうすれば血糖値も上がらなくなるわけです。そもそも、生活習慣病という名前についても、食事や運動などをコントロールすることで病気を防げる、という由来からきていますからね。糖質や脂質、たんぱく質などの栄養素と、私たちの身体の筋肉量や脂肪量とは密接な関係があり、それらを上手に管理するためのバランスの取れた食事と軽い運動を心がけましょう。

サプリメントの使用は「足りないものを補う」なら問題ない

KLなるほど、自身にとっての病気のリスクを把握した上で、適切な栄養素を摂っていくことも大切になるのですね。

特定の栄養素を補給していくとなると、サプリメントの利用を考える人も多いかと思いますが、小林製薬の紅麹サプリ問題などもあり、以前より一層判断が難しくなっていると感じます。サプリメントの使用は、どのように考えるべきなのでしょうか?

西平氏:そうですね。紅麹サプリの一件は、消費者にとって食の機能性に対し、非常に神経質にならざるを得ない事例かと思います。

ただし、小林製薬の紅麹サプリに関しては、紅麹そのものの機能性が問題だったのではなく、製造中に混入したカビが事件の原因である可能性が示唆されており、そこは切り離して考えるべきです。個人的な理解としては、サプリメントは基本的にはあまり必要ないと考えています。ただしここは条件次第で、先ほどお話ししたような食事のバランス、糖質・たんぱく質・脂質、それからビタミン・ミネラルの五大栄養素など含む食事を十分に摂っているなら、サプリメントは必要ありません。

一方で、食事をきちんと摂っているがなかなか体調が回復しないとか、仕事が忙しくてゆっくり食事をする時間が取れない、また自宅に帰る時間が遅くて料理を作る時間がない、などの状況で食事の内容が偏ってしまったりするケースもありますよね。そういった生活環境により食事のバランスが取れない方の場合、必要な栄養素や不足分を補助する目的で機能性のサプリメントを摂るという考え方は良いかと思います。そうやって、足りないところを補う分には特に問題なく、むしろ必要かと思います。

KLあくまでも足りないものだけサプリメントの使用を考えるべき、ということですね。

西平氏:はい。実は、サプリメントで栄養を摂る際に問題になりやすいのは過剰摂取なんです。

「健康にいいから」「疲労回復にいいから」といって栄養を摂っても、すでに十分に足りているものだった場合、逆に肝臓や血管にダメージを与えたりして体調が悪くなるだけです。そのために、自分自身の食生活をしっかり把握して健康に対する知識と理解(ヘルスリテラシー)のレベルを高め、必要な栄養素を適切な量だけ補給していかなければいけません。現在、機能性表示食品などもたくさん販売されていますが、それらはあくまでも栄養素が足りていない人が補うためのものです。CMでは「もっと元気に」といったことをうたっている場合もありますが、過剰摂取は薬でいうと副作用につながり、特に機能性表示食品については摂り過ぎにはリスクが伴うということは知っておく必要があります。

実際に、糖尿病外来で患者を診る場合に経験することがあります。それまで薬を処方して症状のコントロールがうまくできていたのに、突然血糖値が上がったりして悪化するケースがあるんですよ。それでよくよく話を聞いてみると、「糖尿病に良いというCMを見て」サプリメントや機能性表示食品を摂っていた、ということは結構多いんです。「糖尿病に効くとされているから」「もっと良くなりたいから」といって過剰に摂取すると逆効果になってしまいます。だからこそ、本当に必要な栄養素なのかどうかはしっかり見極めなければいけません。

食事や栄養の専門家の力を借りながら食生活を改善していこう

KL食と健康は切り離せない関係性にあるのですね。ただ、それだけに健康に関するアドバイスを専門家から受けられる機会が少ないことは悩ましいのですが、今後、起業家や経営者の視点からできる取り組みはあるでしょうか?

西平氏:ひとつの選択肢として、会社の社食の献立や栄養面から従業員に健康アドバイスができる管理栄養士の協力をえることをおすすめしたいですね。

従業員の方がいかに健康を保てるかは、会社経営の面からもそのミッションは大きいかと思います。そして、従業員の健康を保つための大きな要素として栄養学的にバランスのとれた食事があります。しかし、運動に関しては駅まで歩いて行こうとか取組み内容が比較的イメージしやすいですが、バランスのとれた食事や栄養などに関する知識を習得することはすごく難しいです。そこで管理栄養士に頼りたいとなるわけですが、現状ではそのような機会があまりありません。管理栄養士の活躍の場というのは、例えば糖尿病外来に来た患者が食事の栄養素をコントロールするため栄養指導という医療行為の流れの中にあります。しかしながら、管理栄養士の指導を受けたいと思っても、そういう機会はなかなか見つかりません。市町村の保健センターなどにも管理栄養士はいますが、子育て支援や医療健康分野の多くの業務を抱えており、栄養指導を気軽に受ける機会も多くはありません。これからは、会社や地域全体として管理栄養士に気軽に相談できる仕組みを作っておくことが、食事バランスを整えて病気を予防する大切な仕組みになると思います。

近年、国民の健康増進のためのウェルビーイングに関する国の施策は続いていますが、まだまだ十分ではありません。従業員の健康をどう保つかは、私たちの大きな研究テーマのひとつです。北海道情報大学では、健康経営を意識したITヘルスケアのアプリを開発し、地域企業で使用してもらっています。小規模ながら健康データを取っており、従業員の健康を維持するための健康経営の改善に結び付く成果を期待しています。ウェルビーイングは職場や地域などそれぞれで定義に特徴がありますが、食と健康を通した健康づくりの理念を導入することは職種にかかわらず広くウェルビーイングの向上につながるものと考えています。

KL貴重なお話、ありがとうございます。最後に読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?

西平氏:江別モデルの大きなミッションとして、地元の食材を活用したバランスのよい食事情報を住民と共有し、ヘルスリテラシーのレベルを上げていく活動があります。その一環として、数百名程度のボランティア登録者や一般の地域住民の方に集まっていただき、大学主催のヘルスリテラシー講演を年に2回ほど実施しています。講演の中では、特に食のバランスを強調しています。

これまでは比較的、高齢の方々を対象にした講演会が多かったんですが、最近は若年層の参加者が増えています。若い女性はシンデレラダイエットと言われるように、極端に細身を目指すような方も多く、低体重者(やせ)が増えている課題があります。一方、男性の場合は20〜30代の若い方でも、体脂肪率や血圧が高いケースが多く見られます。このように、若年層の食生活のアンバランスが原因と考えられる健康課題が増加しています。このような社会的背景から、中高年の方はもちろん、AYA世代と呼ばれる20〜30代の方々の健康維持が重要な課題であることを意識し、ヘルスリテラシーのレベルアップや食事バランスの改善につながる研究活動に取り組んでいきます。