「アノマリー」の活用はシンプルで簡単な投資戦略構築に役立つ

マーケットの動きの中には、理論に当てはまらない「アノマリー」が存在します。

普段、マーケットの動向を見ていても、これまでアノマリーの存在には気づかなかったという方もいるかもしれません。しかし、中にはアノマリーを知らなくても無意識に活用しているケースもあり、知識を身につければさらに取引の幅を広げることも可能になるでしょう。

そこで今回は、玉川大学の岩永先生にアノマリーとは何か、どういった活用方法があるのかお話を伺いました。


岩永 安浩 / yasuhiro iwanaga
玉川大学 経営学部 准教授

住友信託銀行(現・三井住友信託銀行)等を経て、2024年4月より現職。京都大学博士(経済学)。主な論文に”An empirical study of the contrarian strategy against US equities in the Japanese market”(Journal of Investment Strategy, 2023)、”Revisiting the residual momentum in Japan”(International Review of Financial Analysis, 2024)などがある。


アノマリーはマーケットに存在する理論化できない規則性

クリックアンドペイ(以下KL)ではまず最初に、アノマリーとは何か教えていただけますか?

岩永氏:アノマリーとは、理論では説明ができないマーケットの規則性のことです。

そもそも、アカデミックな世界でマーケットについてどう考えているかというと、有名なものでは効率的市場仮説やランダムウォーク理論があります。価格の動きには規則性がなく、過去の価格の動きとも一切関係ない、とする理論ですね。また、現代ポートフォリオ理論の中で代表的なモデルの一つであるCAPM(Capital Asset Pricing Model)では、個別企業の収益率の格差はβ値(市場全体との連動性を表すリスク指標)によってのみ生じる、といわれています。逆に言えば、β値以外のものでは個別企業の収益率の格差は生じない、という考え方になります。

しかし、実際のマーケットを調べてみると価格の動きに規則性が見られたり、β値以外でも個別企業の収益率の格差が生まれています。理論ではある意味美しい世界を考えているんですが、実際のマーケットを調べてみるとそうでもなくて、規則性が存在します。そういった、理論では説明できないマーケットの規則性がアノマリーです。

アノマリーは「個別株」と「指数(インデックス)」の2種類

KL:なるほど。アノマリーの具体例としては、どのようなものがあるのでしょうか?

岩永氏:株式投資におけるアノマリーには、大きくわけて個別企業の株式(個別株)に関するものと、日経225やTOPIXなど指数(インデックス)に関するものがあります。

個別株の代表的なアノマリーとして、小型株効果や低ボラティリティ効果などがあります。それぞれの詳細を見ていただくと、先ほどお話しした「理論では説明ができないマーケットの規則性」について、よりわかりやすいのではないかと思います。

小型株効果企業規模が小さく、時価総額が小さい銘柄の方が、大企業で時価総額が大きい銘柄よりも収益率が高くなる傾向がある。
低ボラティリティ効果リスクの一種である、ボラティリティという指標が大きい銘柄の方が収益率が低く、ボラティリティが小さい銘柄の方が収益率が高い傾向がある。
バリュー株効果PBRという指標が低い企業の株式の方が、PBRの高い株式の収益率よりも高い傾向がある。
モメンタム効果過去、中期的(過去12カ月程度の期間)に相対的に値上がりした株の方がその後の収益率も相対的に高い傾向がある。
リバーサル効果モメンタム効果とは逆に、短期的(過去1カ月程度の期間)に相対的に値上がりした株は、その後の収益率が相対的に低い傾向がある。

先ほども少し触れましたが、基本的に企業の収益率の格差はβ値によってのみ生じるとするCAPMという理論があります。ですが、実際のマーケットには小型株効果が存在し、時価総額が大きい銘柄よりも小さい銘柄の方が収益率が高くなる傾向が見られるため、β値ではなく時価総額によって収益率の格差が説明できてしまうわけです。

また、低ボラティリティ効果に関しては、ボラティリティで計測したリスクが大きい銘柄は、一般的にはβ値も高い傾向があるため、理論的に考えるとハイリスク・ハイリターンになるはずです。しかし、実際のマーケットではボラティリティが大きい銘柄は収益率が低くなる傾向にあり、ハイリスク・ローリターンの関係性になっています。こうしてアノマリーを見ていくと、個別企業各社の収益率の格差が実はβ値以外でも生じてしまっていることが実証的には明らかになっています。

KL:理論的に説明できなくても、マーケットの規則性からは株式の取引に有益な情報が得られるのですね。指数のアノマリーについても、やはり取引に活かせる部分は多いのでしょうか?

岩永氏:個人投資家が株式の取引に活用するなら、指数のアノマリーの方が個別株よりももっと使いやすいと思いますよ。

指数のアノマリーは時系列の価格の動きに規則性があることを示すもので、代表的なものでは月替わり効果や曜日効果、祝日効果などがあります。

月替わり効果毎月、月末から翌月第3営業日前後までの収益率がほかの営業日と比べて非常に高い傾向がある。
曜日効果週の収益率を調べると、月曜日の収益率が他の曜日と比べて低い傾向がある。
祝日効果祝日の前日の収益率は非常に高い傾向がある。
1月効果12月末から1月にかけては(特に小型株の)収益率が非常に高い傾向がある。
セルインメイ効果5月に指数を売却し、10月に買い戻すと利益が出やすい傾向がある。なお、セルインメイ効果は主にアメリカの市場でいわれているもので、日本では1月から6月の上半期に銘柄を保有しておき、下半期に売却すると利益が出やすいという研究結果も出ている。

ほかに、面白いものだとスポーツの結果にもアノマリーがあるといわれています。例えば、サッカーのワールドカップで負けた国は、試合に負けた翌日の株価が下がる傾向があることが報告されており、スポーツの結果が投資家の気分に影響を与えるためであると考えられています。また、取引時間のアノマリーとして、日本の株式市場では9時から15時までが取引時間ですが、取引時間の収益率と取引時間外の収益率を比較すると、取引時間帯は収益率がマイナスになりやすい一方で、取引時間外は収益率がプラスになる傾向があります。このような特徴を考慮して取引すると良い結果が出る、ということもあるかもしれません。

アノマリーを行動経済学に当てはめて見ると合致する点が多い

KL:実際の取引で培ってきた「月曜日は取引しないでおこう」というような経験則も、実はアノマリーとして確立されているものも多そうですね。こうしたアノマリーは、例えば人間の1週間ごとの生活サイクルとの関連性を見出しているのでしょうか?

岩永氏:いえ、あくまでもそういった傾向が見られることが研究結果として出ているだけですね。

曜日効果については、もともと月曜日は土日を挟むのでほかの日と比べて違うんじゃないか、ということは考えられていたんです。それで調べていったところ、確かに利益率が悪いという結果が出ました。ただ、その理由については明確には発見されていません。現象を説明するために言われていることの一つは、企業が金曜日に悪い情報、芳しくない決算情報を発表するからではないか、ということです。いい情報は早めに発表するけれども、悪い情報は金曜日の相場が閉まった後に発表して影響を小さくしようとするから、月曜日の収益率が低くなるんじゃないか、といわれているわけです。

KL:なるほど。すると、関連性としては行動経済学など、人間心理と結びつけて考えている部分が大きいのでしょうか?

岩永氏:そうですね。行動経済学とアノマリーを結びつけて考える人は研究者にも結構いて、非合理的な側面から見てみると説明がつく、という論文も多いです。

なぜ行動経済学とアノマリーを結びつけて考えるかというと、先ほどお話ししたように、アノマリーは理論で説明できない部分だからです。理論で考えようとすると、どうしても完全に合理的な行動をする人を想定しますよね。しかし、アノマリーを考える時には合理的ではない人を想定しなければいけません。

そこで、行動経済学の考え方を使うんです。ある意味で非合理的な人を想定し、理由を突き詰めていく際には、行動経済学の行動ファイナンスという分野の考え方を使って説明します。例えば、モメンタム効果が生じる理由を過小反応という考え方で説明する場合があります。人が情報に対して過小反応すると、いい情報が発表されても瞬時に価格に織り込まれることなく、徐々に反映されていきます。そうすると、過去に価格が上がっていた銘柄も情報は少しずつ織り込まれていくので、その後にも引き続き上がっていく、という考え方ができるんですね。

KL:アノマリーと行動経済学を結びつけて考えることができるなら、株式以外にFXやゴールドなどのコモディティ、暗号資産(仮想通貨)にもアノマリーは適用できるのでしょうか?

岩永氏:FXやコモディティでも、アノマリーが適用できる場面はあります。

月替わり効果や曜日効果はFXなどでも当てはまるといわれていますし、実際、為替でも過去に価格が上がっている国の通貨が上がりやすい、モメンタム効果が見られることもあります。あとはキャリートレードというものもあって、金利が高い通貨の方が価格が上がりやすい、とされていますね。コモディティにもキャリートレードの概念があり、第一限月と第二限月の価格比が大きいと価格が上がりやすい、などの特徴が見られます。

ただ、暗号資産(仮想通貨)に関してはまだあまりデータがないので、わからない部分が多いですね。これから詳しく調べられていくようになると思いますが、土日にも取引できるなどの違いがあるので、株などと全く同じ結果は観測しづらいかもしれません。株も昔は土曜日に取引されていたことがあって、土曜日に取引されていた時とされていなかった時で、アノマリーの傾向が違っていたという研究結果が出ているんです。なので、仮想通貨もほかの資産と比べてアノマリーの傾向が異なる可能性は十分あると思いますね。

機関投資家も個人投資家もアノマリーのトレード活用は可能

KL:ありがとうございます。続いて、アノマリーの具体的な活用方法についてもお聞きしていきたいのですが、まずマーケットを動かしている機関投資家は投資戦略にアノマリーを組み込んでいるのでしょうか?

岩永氏:機関投資家は積極的にアノマリーを使っていますよ。

運用方法としてはクオンツ運用とジャッジメンタル運用が挙げられますが、違いは人の判断が入るかどうかです。人による投資判断を行うジャッジメンタル運用に対して、クオンツ運用はアノマリーの規則性を探して運用する手法で、完全にルール化することで機械的な投資判断を行います。クオンツ運用のルールの作り方としては、例えば先ほどお話ししたバリュー株効果なら、PBRという指標を計算して低い順から高い順に銘柄を並べます。バリュー株効果ではPBRの指標が低いほど高い収益率が見込めるので、高い銘柄群はあまり持たないように、低い銘柄群はなるべく多く持つようにします。そうやってポートフォリオを構築すれば、ベンチマークとしている指数に対してアウトパフォーム(運用成績がベンチマークを上回る)できるわけです。

クオンツ運用に関しては基本的にアノマリーをもとにルールを作っていますし、機関投資家はまだ世に出ていないようなアノマリーを見つけ、投資戦略を立てていることもありますね。

KL:機関投資家がそれほどアノマリーを活用しているなら、個人投資家としてもアノマリーを使った投資戦略を立てることは可能なのでしょうか?

岩永氏:結論からいうと、個人投資家の方々もアノマリーを取引に活かすことは可能だと思います。

ただ、アノマリーの種類として個別株は個人投資家だと使いづらいので、おすすめは指数(インデックス)の方です。なぜかというと、個別企業についてのアノマリーを活用するには全ての銘柄の時価総額やPBR、ボラティリティなどの指標を計算し、分析しなければいけません。日本株だけでも約4,000銘柄ありますから、それを計算するのはおそらく個人の環境では無理ですよね。それこそ機関投資家のデータベースであったりインフラ環境でなければ、データを見て銘柄を並び替えて、時価総額が小さいものをロングして時価総額が大きいものをショートする・・・といった戦略を取ることは難しいでしょう。

一方で、指数のアノマリーの方はそういった分析が必要ないものも多いので、簡単に活用できます。例えば、先ほど説明した月替わり効果であれば月末から翌月の3日くらいまでの期間の収益率が高いので、そこに絞って買えばいいんです。逆に、それ以外の期間は収益率が低くなるので持たないようにします。曜日効果も同じで、月曜日の収益率が低いなら金曜日の終値で売って月曜日の終値で買い戻す、という戦略が成り立ちます。たったこれだけで、それなりに安定して儲けることができる可能性があるわけです。

まずは指数(インデックス)から試してみるのがおすすめ

KL:確かに、指数(インデックス)のアノマリーはとても簡単に実践できそうです。

岩永氏:あと、私が今までにやってきた研究の中でひとつ勧めたいのは、指数先物を使った戦略です。

例えば、日経平均の先物の取引時間は8時45分から15時15分までですよね。そこで、前日のS&P500指数を見ておいて、上がっていた場合には8時45分に売り建てて、15時15分にポジションをクローズするんです。逆に前日のS&P500指数が下がっていた場合は、8時45分に買い建てて15時15分にクローズします。これでなぜ儲かるかというと、日経平均は前日のアメリカ株が上がっていると日中の取引時間帯の収益率がマイナスになり、逆に前日のアメリカ株が下がっていると収益率がプラスになる傾向があるんですね。なので、前日のS&P500指数を見るだけで当日の日経平均のおおよその動きが予測できるんです。

取引戦略のポイントは、8時45分から15時15分の期間しかポジションを持たないことです。個人投資家の方々はあまり先物は取引しないかもしれませんが、このやり方ならあまりリスクは高くないですし、前日のアメリカ株を見るだけで非常に簡単なので、取り組みやすい方法かなと思います。

KL:投資初心者でも気軽に取り組めそうな方法ですね・・・!貴重なアドバイス、ありがとうございます。それでは最後に、読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?

岩永氏:もし、これからアノマリーを取引に活用したいと考えているなら、基本的にはクオンツ運用をおすすめします。

個人投資家の方はどちらかというとジャッジメンタル運用をしていることが多いと思いますが、ジャッジメンタル運用で得られる利益は投資家自身の分析力や判断力に大きく左右されますし、経験則からくる勘のようなものも必要になります。何より、ジャッジメンタル運用は負けている時に精神的に耐えきれなくなり、不適切なタイミングでポジションを切って損失を重ねてしまうことも多いためです。

もちろん、分析力やメンタルコントロールに自信があればジャッジメンタル運用でも儲けることは可能だと思いますが、クオンツ運用の方が取引をよりシンプルに、機械的にできます。クオンツ運用ならアノマリーに沿って決めたルール通りにやればいいので、負けている時もルールに従っているんだから仕方ない、と思えますし、心理的負担が少なく済みます。しかも、ジャッジメンタル運用に比べてクオンツ運用は過去のデータから高い勝率で勝負できることがわかっている上、シンプルで再現性もあります。

特に、指数(インデックス)のアノマリーは取り入れ方も非常に簡単でわかりやすいので、アノマリーを取り入れるのが初めてという方もぜひ挑戦してみてください。