今まさに子どもの教育に関わろうとしている人にとって、どんなことを教えればいいか、どうやって接していけばいいかは大きな悩みの種ではないでしょうか。
特に、「こんなふうになって欲しい」という子どもへの期待が大きいほど、熱心に教育し過ぎてしまったり、子どもから反発されてしまうケースもあるでしょう。
そこで今回は、東京未来大学の井梅准教授に、子育てにおいて意識すべきポイントや近年多く見られる問題点、それらの改善方法までお話を伺いました。
井梅 由美子 / Yumiko Iume
東京未来大学こども心理学部こども心理学科心理専攻 准教授
【プロフィール】
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程単位取得退学。専門は発達臨床心理学。臨床心理士、公認心理師。
精神科クリニックや小児科にてカウンセラーとして勤務。2児の母。
著書に『ジュニアスポーツコーチに知っておいてほしいこと』(共編著、勁草書房、2018)、『スポーツで生き生き子育て&親そだち』(共編著、福村出版、2019年)、『保育と子ども家庭支援論』(共著、勁草書房、2020年)など。
親と子どもが違うタイプでも受け入れてあげることが大切
クリックアンドペイ(以下KL):まず初めに、親の教育が子どもに及ぼす影響について教えていただけますか?
井梅氏:子どもに対する親の影響は、大変大きいと言えます。
子どもの最初の教育を行う場所は家庭なので、学業だけでなく生活習慣や人との接し方など、子どもが社会で生きていくための最初の力をつけるのが親との関わりなんです。お父さんやお母さん、場合によっては祖父母などは子どもにとって一番近い大人なので、子どもは育てられている相手をモデルにしていろいろなことを学びます。また、教育機関の選択も親が行うので、公立に行くのか私立に行くのか、あるいは習い事をするのかどうか。そういった選択者という意味でも、親は子どもに対して大きな影響力を持つわけです。
KL:子どもの教育では、どのようなことを意識すべきでしょうか?
井梅氏:やはり、子どもの主体性をしっかり守ってあげることですね。
小さいうちは、どうしても親の希望や期待が大きな影響力を持ちます。子どもとしても親に褒められたい、期待に応えるために頑張りたいという気持ちがある。ただ、親の理想を押しつけるような形になると苦しくなる部分も出てきてしまうので、子どもが自分で何かやりたいと主体性を示し始めたら、それを尊重してあげることが大切です。子どもが大きくなると自我も芽生えてきます。一番初めの自我の芽生えは、いわゆる2歳頃の「イヤイヤ期」と言われる時期ですが、幼児期、児童期を通して、親とのやりとりの中で、親からのしつけやモデリングを通して学ぶ一方で、自分のしたいことを主張すること、主体性を身につけることもとても大事です。そして、思春期には子ども自身が何かしたいことを見つけて、やりたいなと思う気持ちも強くなってきます。幼い頃から傍で見ている親の立場からすると、どうしてもまだまだ小さい子どもに思えて過保護になりやすい。私自身、2人の子どもがいるのでよく自分に言い聞かせているんですが、親がいいと思うことがそのまま子どももいいと思うとは限らないんです。だからこそ、親の気持ちでいろいろなことを先走るのではなく、親と子どもは別人格なんだと意識することが大切です。
また、カウンセリングの場面であることなのですが、「子どものことがさっぱりわからない」という訴えをお母さんがしたりする。そういった場合には「お父さんはどうですか?」と聞いたりするんです。そうすると、お母さんには全然理解ができないけれどお父さんとはタイプが近い、といったことがあったりします。子どもが1人遊びが好きな場合だと、たくさんの友達と遊んでいたような活発なお母さんは、見ていてやきもきしてしまうんですよね。ですが、お父さんに聞いてみると、お父さんもお子さんと似たタイプの子どもだった、とわかったりするんです。そうすると、お父さんに聞いてみることで子どもの気持ちが前よりも分かるようになることもあります。そういう意味でも子どもが親と同じ考え方、感じ方をするとは思い込まずに、「こういうタイプの子なんだな」と1人の人間として理解してあげてください。
子どもの主体性を育むことでモチベーションにもつながる
KL:先ほど、主体性というキーワードを出していただきましたが、子どもの主体性を育むには家庭ではどういった取り組みが効果的でしょうか?
井梅氏:主体性を育むためには、大人が子どもをコントロールする関係ではなく、生活全般で親が子どもと一緒に活動し、子どもに考えさせる余地があることが大事です。
そのためには、あまりスケジュールをガチガチに固めないで、自由に過ごせる時間を作っておくことをお勧めします。例えばご飯を一緒に作るとか、子どもに何かお手伝いをしてもらうとか。合理的に考えるなら大人が全てやってしまった方が早いのですが、一緒に何かすることが学びや楽しさの発見になったりもするので、そこから子どもの好きなこと・ものを見つけ出すことにもつながります。
加えて、リビングにお絵描き道具を置いておくなど、子どもが自分で好きに遊び方を選べるような環境作りもできているといいですね。あまり用途が決まり過ぎたおもちゃだと、置いておいても大人の側の「これをやって欲しい」という、ある種の縛りになってしまったりするのです。もちろん、そうしてはいけないわけではないんですが、それだけではなく、自由度が高くていろいろと応用ができるような遊び方ができるおもちゃの方がおすすめです。それこそ、お絵描き道具とか折り紙、いらない牛乳パックなんかでも構いません。必ずしも高価なおもちゃを与えなくても、子どもって創作活動が大好きなので、サランラップの廃材とかでもいろいろ作ったりしますからね。そういった時の子どもの集中力ってすごいですよ。
KL:確かに、子どもの頃は家にあったトイレットペーパーの芯や綿棒なんかを使って、いろいろ作って遊んだりしていましたね。
井梅氏:そうですよね。幼児期は、大人が決めたプログラムに則るよりも、子ども自身が自分のやりたい活動を選んで、それに打ち込む方がはるかに新しいことを学ぶ力を発揮できると言われています。そのため、幼児教育では、自由保育を取り入れているところが多いのです。子どもにとっては、全ての遊びは学びの材料です。足し算や引き算を机に座って教えなくても、お店屋さんごっこでお釣りのやりとりを真似することで、自然と計算を覚えていきます。あるいは、泥団子づくりで水と土の混ぜ方を調整したり、すべり台でどうやったら早くすべるのか、段ボールをお尻にひく工夫をしてみたり・・こんな工夫は理科の学習につながっていきますね。このような体験を遊びの中でいっぱいすることが後の学習につながっていきます。しかもそれが、「やらされた体験」ではないことが重要なのです。
心理学者のエリクソンが提唱した「8つの発達段階」というものがあります。エリクソンは、子どもの頃だけでなく、生まれてから死ぬまでの私たち一生を8つの段階に分け、それぞれの時期に直面する課題があると述べています。そして、その各時期の課題(発達課題)を克服することで、私たちは人間的な成長をしていくことができるという理論です。エリクソンの理論では、幼児期後期である3歳から6歳くらいの間には、主体的に遊ぶことや好奇心を発揮して活動することが一番大切だ、とされています。もちろん、大人からいろいろな選択肢を見せてあげるのは良いことなのですが、最終的には子ども自身が魅力を感じるかがモチベーションにもつながっていくので、主体的に遊ぶという時間はとても重要なのです。
子どもを同一化してしまうと教育において様々な問題が生じる
KL:現在の子どもの教育環境における問題点についても教えていただけますか?
井梅氏:私は現在、ジュニアスポーツや習い事での親子の関わりについて研究しているのですが、気になっているのは、親が関わり過ぎるケースです。
親の熱が入り過ぎて子どもと衝突してしまったり、やらせ過ぎてしまったり。これは親だけでなく、指導者も含めてなんですが、過剰な干渉で子どもの方が苦しくなってしまうようなことが起こっているんです。また、最近では中学受験についての研究も行っているのですが、子どもがまだ反抗期に入っていないタイミングということで親の過干渉が発生しやすかったりします。
先日、あるネットニュースに出ていたのですが、中学受験を経験した20歳前後の方々にアンケートを取ったところ、中学受験期に親から身体的な暴力があったかどうかで13~14%ほどの方が「あった」と答えたそうなんです。10人に1人以上が成績や勉強のことで手が上がったと答えているということは、きつい言葉が出ている割合はもっと多いと考えられます。中学受験そのものが悪いわけではないのですが、やり過ぎてしまうと虐待、いわゆる「教育虐待」と言ったりしますが、そうなることもあるので十分に気をつけなければいけません。スポーツでも同様で、特に強豪チームだったりすると親の期待も大きくなりがちです。チームスポーツなどは特に、自分の子どもがうまくできていないと居たたまれなくなって、より強く言ってしまったり。研究においても、そのような傾向が見られています。これまで、どちらかというと母親の過干渉や、やり過ぎ教育が指摘されることが多かったですが、スポーツの習い事だと父親の関与が多くなりやすいので、男性のやり過ぎ教育も同じく注意すべき現象です。
KL:今お話しいただいたような状況を改善していくには、何をすべきなのでしょうか?
井梅氏:実は、親から子どもへの過干渉は、親の方も後から振り返ってみてやり過ぎていたことに傷ついていたり、言い過ぎてしまったと落ち込むケースも珍しくないんです。
ですので、子どものメンタルヘルスはもちろん一番重要なんですが、親のメンタルヘルスも含めて考えていく必要があります。カウンセリングをしていると、親御さん自身、そういう育て方をされてきたとか、親からこうされたから自分もこうして当たり前とか、そういう価値観がすごく強いことがあります。こういうケースを世代間伝達といいますが、価値観を変えることはすごく大変で、気づきを得るまで何年もかかることもあります。また、子どもに強制し過ぎてしまう親の特徴としては、子どもへの同一化も挙げられます。同一化をしていると、子どもが失敗すると自分も失敗したように感じて落ち込み、また子どもに強制してしまったりする。そういった状況では、親と子どもの問題をいかにわけるか、「課題の分離」が非常に大切になります。この「課題の分離」はアドラーという心理学者が言った言葉ですが、子どもの問題を親が引き受け過ぎないこと、そして子どもの問題で親が必要以上に落ち込まないこと。親は親、子どもは子ども、とはっきりわけて考えることが大切です。
また、親の過干渉を環境的に防ぐ方法としては、例えば、ジュニアスポーツでは、年に1回は保護者会を開いて、チームとしてどういうことを目指していくのかや、チームがどういうスタンスなのかをコーチや子どもたちと一緒に共有する機会を作ってみるなど、過干渉を防ぐ風土を作っていくと良いと思います。日本の地域スポーツはボランティアが多いこともあって、なかなか難しい面はあるのですが、親や指導者を対象とした勉強会は大変有効です。以前、研究で、スポーツの指導者や親たちを対象としたポジティブな関わり方を学ぶ海外の教育プログラム(Positive Coaching Alliance, PCA)に参加させていただいたのですが、そこで教えていたのは、スポーツを通して子どもたちに何を教えたいか、といったことで、こうしたレクチャーを定期的に実施することは大事だと思います。
教育に関する悩みは1人で抱え込まず周囲に相談しよう
KL:貴重なお話、ありがとうございます。最後に読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?
井梅氏:現在、日本では少子化が大きな問題になっていますが、教育費にすごくお金がかかるので、子どもが欲しくても持てないと考える若い人が増えていると感じます。大学生にきいても、そのような言葉をきくことが多いです。
ただ、知っておいていただきたいのは、教育にはお金がかかることは事実ですが、塾や習い事等、お金をかければかけるだけ良い、というものでもないということです。実はなんでもないおもちゃを創意工夫して遊んでいくことが、一番子どものモチベーションを育むこともあります。お伝えしてきたように、現在では、むしろ親が子どもにあれこれとやらせ過ぎることでモチベーションを低下させていることも多いのです。そのように考えると、お金をかけられなくても大丈夫!子どもたちのたくましさや主体性といった、生きる力をつけていくことの方が大事です。
また、現代の子育てが難しくなっているもう一つの要因に、周囲の人に頼ることができなくなったこともあります。子育ては本来、周囲の大人が子育て親子の世話を焼いたり、近所の悪さする子どもを怒ったり、地域での助け合いの中で行われていましたが、現在では子どもの養育の責任は親だけが担うようになってしまいました。こうした社会の変化の中で、「育児不安」という言葉をよく耳にするようになりました。それだけ現代の子育ては難しくなっています。もし子育てに関して悩むことがあれば、カウンセリングなどの利用も考えてみましょう。
病院などのカウンセリングはどうしても敷居が高くなってしまいますが、身近なところでは、お子さんがいれば、スクールカウンセリングなども利用できます。また、その前段階としてまず気づくこと、そして身近な人に話すことも有効です。例えば学校の先生であったり、子どもが習い事をしているなら習い事の先生であったり。話すことで何か解決のヒントが見つかるかもしれません。世間話のひとつや子どもの相談という切り口で話してみてください。そうやって話してみて、なかなか解決できないからもっと専門的に、ということになったらカウンセリングに行ってみる、で構いません。何よりも大事なのは、自分だけで抱え込まないことです。今は小中学校にはカウンセラーがいることが多くなっていますし、予約も取りやすくなっているので、ぜひ活用していただきたいと思います。
昔の画一的な教育の頃に育った我々の世代と違って、最近の若い人たちの価値観は大きく変わってきたように感じます。これまでの私たちにはない新しい価値観、新しい道を模索しようという人たちが増えてきていることは喜ばしいことですし、子どもたちが自分自身で将来を選んでいけるよう、ぜひ次の世代にも受け継いでいって欲しいですね。