「生態系サービス」とは何か──私たちの暮らしを支える自然の恵みを考える

「生態系サービス」とは何か──私たちの暮らしを支える自然の恵みを考える

気候変動や生物多様性の喪失が深刻化する現代において、「生態系サービス」という言葉が注目を集めています。

これは自然環境がもたらすさまざまな恩恵を意味し、私たちの衣食住から経済、防災、文化活動に至るまで、幅広く関わっています。

この記事では、名古屋産業大学の長谷川泰洋先生に、生態系サービスの分類、経済との関係、制度的課題、そして私たちにできることについて詳しく伺いました。

生態系サービスとは何か──4つの分類とその役割

クリックアンドペイ(以下KL):まず初めの質問として、生態系サービスとはどのようなものか教えていただけますでしょうか?

長谷川氏:生態系サービスとは、基本的には生態系から得られる恵み全般を指す言葉です。英語では「エコシステムサービス」と言い、私たちが生態系から得ている便益のことを意味します。

この言葉自体が非常に広範で捉えにくいため、実際にはいくつかのカテゴリーに分類して理解されることが多いです。その代表的な分類が、2001年から始まった国連主導の「ミレニアム生態系評価(MA)」というプロジェクトによるもので、生態系サービスを以下の4つに分類しています。

  1. 基盤サービス

  2. 供給サービス

  3. 調整サービス

  4. 文化的サービス

この評価プロジェクトは、生態系サービスという概念が社会に認知される大きな契機になったと考えています。当時は主に専門家や自治体、政策担当者の間で使われていましたが、そこから徐々に注目されるようになりました。

KL:ありがとうございます。それぞれのサービスについて、具体的に説明していただけないでしょうか。

長谷川氏:まず、「基盤サービス」は、生態系自体が成り立つための土台に関わるもので、酸素の生成、土壌形成、栄養塩の循環、水循環、光合成による有機物生産などが挙げられます。生物多様性の生息・生育地を維持することも含まれます。

次に、「供給サービス」は、私たちにとって最も分かりやすいもので、木材や食料、薬品など、物質的な便益を指します。

「調整サービス」は、私たちの暮らしを快適にするためのもので、気候の調整、水の供給、気温の安定化など、生態系が私たちの暮らし易い環境を整えてくれる便益を意味します。

そして、「文化的サービス」は、非物質的な便益を指し、絵画や詩、伝統工芸、音楽など文化活動の源泉となるものです。精神的な価値や神秘的な感覚を得る体験なども含まれます。

生態系サービスとは、これら多様な恵みを総合的に捉える概念であり、私たちの生活と深く関わっているのです。

KL:ありがとうございます。私たちの生活の中で最も身近に感じられる供給サービスについて、詳しくお聞きしたいです。

長谷川氏:先ほども申し上げたように、食べ物や木材、薬など、私たちの生活を支えている物質の多くは供給サービスに該当します。

分かり易い例としては、農林水産業を通じて得られるもので、例えば朝食・昼食・夕食のメニューを振り返ってみて、それらの食材がどのような生態系から得られているかを考えてみると、供給サービスを身近な存在だと感じられるのではないでしょうか。

農業はある程度人工的に整備された農地からの収穫が多いですが、林業は森林という生態系から得られますし、漁業に至ってはまさに海洋生態系の状態に大きく依存しています。漁獲量もその影響を強く受けますので、まさに生態系と密接した供給サービスになります。

KL:たしかに、私たちは普段から生態系の恩恵を受けているのですね。

長谷川氏:また、「文化的サービス」も意外と身近だと思います。

例えば花見です。桜を愛でるという文化的な活動も、生態系の存在なしには成立しません。ソメイヨシノは人工的に作られた品種ですが、その元になったエドヒガンやオオシマザクラといった在来種がなければ存在し得なかったわけです。そうした意味で、自然に由来する文化的恩恵も日常に溶け込んでいると言えるでしょう。

さらに、ポップミュージックの中にも植物や動物の名前が登場します。例えば、最近ではMrs. GREEN APPLEの「ライラック」というタイトルも植物の名前です。生物が歌詞などの題材になっていることも、文化的サービスの一例だといえます。

このように、供給サービスも文化的サービスも、私たちの暮らしの中で非常に身近な存在ですし、それが自然の存在に支えられていることを意識すれば、生態系サービスの重要性がより実感できると思います。

経済・社会に深く関わる生態系サービス──衣食住から防災まで

KL:続いて、生態系サービスというのは、経済やその他の社会システムとどのように関係しているかについて教えていただけますでしょうか?

長谷川氏:先ほどの生態系サービスの説明と重複する部分も多くあるのですが、まず供給サービスについて、第一次産業と第二次産業においては非常に密接に結びついていると言えると思います。

というのは、農林水産業というのは、生態系が持続的に存在していなければ、そもそも成立しないわけです。したがって、ここは明確に結びついています。

そして、加工業にあたる第二次産業も、結局は第一次産業で得られたものを加工するのが主な流れです。供給サービスが持続的に存在していなければ、第二次産業も成り立たない。ですから、第一次産業・第二次産業は、生態系サービスを活用した産業として、かなり密接に関係していると感じます。ここは非常にイメージしやすい部分ではないでしょうか。

KL:確かにそう考えると、第二次産業も供給サービスを土台にしているのですね。

長谷川氏:今まで挙げていない例として、例えば衣類もそうです。

今では石油化学製品も増えていますが、それにしても、源流をたどれば過去に死滅した生物由来のものが地下で石油となり、それが原料になっているわけです。ですから、石油化学製品も広い意味で言えば生態系サービスの一部といえるでしょう。

また、麻や木綿などの天然素材も植物を活用した供給サービスですので、衣類も生態系サービスと密接に関わっています。衣食住の「衣」の部分でも、しっかり結びついていると言えます。

住の部分も同様で、木材はもちろん、生産段階では天然資源が使われていますし、粘土を原材料とする瓦や石灰石を主な原材料とするセメント、生成する過程で石炭を利用する鉄なども、生態系由来の資源と言えます。衣食住に関わる産業の多くが生態系サービスに支えられていると言えます。

KL:私たちの生活が、生態系に支えられていることが分かりました。

長谷川氏:さらに、先ほども触れた文化的サービスについても、例えばレジャーや観光などが挙げられます。

観光地で多くの人が見ているものは、美しい景観や山の自然、空気、あるいは貴重な動植物です。これらはすべて生態系、特に文化的サービスがあってこそのものです。観光業というのは、まさにこの文化的サービスに支えられている産業だと言えるでしょう。

もうひとつ挙げるとすれば、産業から少し離れますが、防災の面でも調整サービスが大きく関係してきます。調整サービスとは、気候を安定させたり、河川の水量を安定させたりするものです。これらは防災において非常に重要な役割を果たしています。

近年、自然災害が増加していると言われていますが、そういった状況において、生態系による調整サービスが適切に機能しているかどうかは、私たちの生活に大きな影響を与える要因となっています。その意味でも、生態系サービスの調査・研究は非常に重要なテーマになっていると思います。

 生態系サービス評価の課題と「支払い」制度の可能性

KL:生態系サービスに関する現状の課題点と、それに対する改善策について、先生のお考えを教えていただけますか。

長谷川氏:生態系サービスは、先ほど冒頭で大きく4つに分けられるとお話ししましたが、さらにその中に細かくいろいろなカテゴリーで分類されていきます。ただ実は、その生態系サービスのすべての項目を科学的に定量化して評価する手法が、確立されていないのが現状です。

私たちは多くの便益を生態系から受けていることは分かっているものの、それらを科学的に適切に数値化して評価する方法が、確立されていない項目も少なくないのです。

生態系の劣化や開発により、生物多様性の減少や絶滅危惧種の増加が進む中で、こうした現状を打開するには、生態系サービスが発生している状況を網羅的に評価、可視化する仕組みが必要だと考えています。

つまり、どの生態系からどれくらいの便益が得られているのかをすべて評価できれば、その損失が明確になり、開発の抑止になるだけでなく、損失を補填する仕組みも作りやすくなります。開発前後の生態系サービスについて、合理的にプラスマイナスゼロ、あるいはプラスの状態にするあり方が検討出来る様になります。

KL:例えば、数値化して評価する方法として、どのような案があるのでしょうか?

長谷川氏:例を挙げると、カーボンオフセットの考え方があります。二酸化炭素がどこかで大量に排出された場合、それを別の場所で吸収すれば地球環境全体では温暖化は進まないという理論です。これと同じように、生物多様性や生態系サービスにおいても、概念的な理想状態としては、オフセットが達成されれば、同様にプラスマイナスゼロになると考えることができます。

ただし、生態系サービスの中でも特に「文化的サービス」に関しては、生態系や生物多様性から得られる文化的サービスの定量化が難しい項目(愛着等の精神的恩恵や教育に資する恩恵、心身の健康に資する恩恵など)があるため、生態系や生物多様性の劣化や開発と関連付けて議論するのが難しい点もあります。

理想的には、こうした評価手法がしっかりと確立され、地域ごとに生物多様性と生態系サービスがオフセットされたり、あるいは失われた後に回復、復元されたりするような政策が展開されていくことが望ましいと思います。

KL:そのような政策が実現するために、何が求められるでしょうか?

長谷川氏:生態系サービスについて、出来るだけ網羅的に定量化が可能になる様に研究を進める必要があると思います。生態系サービスの定量化は、人口やまちとの距離なども関係するため、人口の分布に応じて定量評価がフレキシブルに変わる様な評価手法が必要だと考えています。例えば、同じ面積や生物多様性の都市緑地だとしても、人口密度が高い地域の都市緑地であるほど、文化的サービスの評価が高くなる様にする必要があるでしょう。そうした評価結果を受けて、その状態を持続的に維持、保全するための政策や社会的な仕組みづくりが重要だと思います。

ただ、これは非常に難しい課題でもあります。先の通り、評価手法が確立されていない生態系サービスの項目は少なくありません。ある程度評価され、政策化が進みつつある供給サービスであっても、例えばどの生態系がどのくらい温暖化の抑止に貢献しているか、防災機能がどの程度発揮されているかなど、社会的に重要な項目でも評価方法が確立されていない項目があるのが現状です。

まして文化的サービスは、地域の人々がどのような便益を受けているか──季節を感じる、思い出ができる、写真を撮って楽しむ、絵を描くなど──そうしたことを網羅的に評価する仕組みが整っていません。

KL:文化的サービスの価値を誰もが納得するように評価するのは難しそうですね。

長谷川氏:もう一つ具体的な課題として「生態系サービスへの支払い(PES: Payment for Ecosystem Services)」という考え方があります。これは、生態系サービスを供給している側と受益している側のバランスをとるための制度です。

例えば、山間部から都市部に向けて水資源が供給されているケースがあります。上流の森林や川が適切に維持されているからこそ、下流の都市部で安心して水を利用できるわけです。このとき、上流部の保全活動に対して、下流部の都市住民が対価を支払うような仕組みが必要です。

ところが現実には、こうした仕組みが適切に実現できておらず、生態系サービスを供給している側と受益している側でアンバランスが生じてしまっています。これは、都市と山間部だけでなく、地方と都市、大都市圏と地方部といった関係性にも見られます。

さらに大きな視点で見ると、国際的にも先進諸国と発展途上国という構図があります。発展途上国は生態系から得られる資源を先進国へ供給している立場になりがちで、どちらかというと搾取されているような状態が続いてきました。

このように、南北問題なども含めて生態系サービスの不均衡は国際的な課題でもあると考えています。

 ローカルからグローバルへ──多層的な制度設計の必要性

KL:続いて、生態系サービスにおける今後の展望について教えていただけますでしょうか?

長谷川氏:先ほどもお話ししましたが、いろんな地域間、都市と山間部、地方と大都市圏、さらには国同士、例えば先進諸国といわゆる発展途上国、あるいは北半球と南半球といった関係の中で、生態系サービスの供給と受益の適正な関係性が成立していないという状況があります。

これらを適切に評価し、適切な経済活動として回していくような政策を作っていくことが、非常に重要になってくると考えています。

実際にこうした課題については、生物多様性条約締約国会議(CBD-COP)で、重要な議題となっています。特に近年の会議では、遺伝資源に対する適切な支払いの仕組みを整備していく必要性が強く提起されました。これは先進国と途上国間の不均衡を是正していく必要があるという文脈の中で、過去の搾取の歴史も踏まえた上で、適切な対応が求められているという背景があります。

2024年に開催されたCBD-COP16では、遺伝資源に対する支払いを適切に行うための基金の設立といった動きも始まっています。こういった生態系サービスの需給における経済的なバランスを図るような政策、制度の構築が、今後の大きな展望の一つになると考えています。

また、そうした政策の基礎として、生態系サービスの評価手法そのものを確立していくことも重要です。それを適切に経済的な価値に置き換えていくための仕組みについて、今後さらに研究を進めていく必要があります。

KL:生態系サービスの評価手法そのものを確立すれば、適切な形で経済も回っていきそうですね。

長谷川氏:はい、そうしてローカルなレベルでの都市・山間部の関係、大都市と地方の関係、そして国と国の関係といった、さまざまなレベルにおいて、生態系サービスへの支払いが適切に行われていくのが理想ですね。

そのような仕組みが実現すれば、SDGs、すなわち持続可能な社会づくりにもつながっていきます。このような生態系サービスの評価と需給における主体間の経済的公平性を図る方法は、今後特に大きな課題であり、注目すべきポイントだと考えています。

 生態系サービスを守るために、私たちができることとは

KL:最後に、生態系サービスを今後も持続的に利用していくために、私たち一般市民ができることについて教えていただけますか?

長谷川氏:いろいろな取組み方があるかと思いますが、まず一番わかりやすいのは、消費行動を見直すことかと思います。環境に配慮した消費、いわゆる「グリーンコンシューマー」としての消費行動です。例えば、環境に負荷をかけずに生産された製品や、リサイクル率の高い商品を選ぶことなどですね。

さらには、社会的な倫理面にも配慮した消費行動であるエシカル消費やフェアトレードといった考え方もあります。これは、資源を供給する途上国などの地域が社会的に持続可能な形で運営されるように支援する取り組みです。そうした商品の購入は、結果的にその地域の生態系サービスの維持につながります。

KL:具体的には、どういった商品や仕組みがあるのでしょうか?

長谷川氏:例えば農業であれば生物多様性に配慮して作られた農産物に対して認証を行う「生きもの認証農産物」があります。また、林業でも環境に配慮した工程で作られた木材に認証制度があります。こうした農産物や木材等を積極的に選ぶことで、その産地の生態系を守ることにつながります。こうした行動は3つの持続可能性、つまり環境・社会・経済を支えるものになっています。

KL:他にも、私たちが日常的に意識できることはありますか?

長谷川氏:あります。例えば「地産地消」や「旬産旬消」を意識することも有効です。地域で生産されたものを消費することで、輸送に伴う環境負荷を抑えるだけでなく、地域の第一次産業を支援し、その土地の生態系を維持することにもつながります。また、旬のものを消費することで生産工程におけるエネルギー使用量、農薬使用量等を減らし環境負荷を抑えられます。また、生きものとのつながりを育み、生物多様性保全、生態系保全に貢献することも期待されます。

「地産地消」と「旬産旬消」は、私たちが今すぐにでも実践できる重要な取り組みだと思います。

KL:食の選択にも生態系とのつながりがあるのですね。

長谷川氏:さらに、もう一つ大切なのが「身近な自然に目を向けること」です。例えば、通勤や通学の途中で鳥の鳴き声を聞いたり、季節の花が目に入ったりすることがありますよね。これらは文化的サービスの一部であり、私たちは自然の恵みを無意識のうちに享受しています。

もし、そういった自然がまったく存在しない生活になったら、かなり味気ないものになるでしょう。だからこそ、当たり前のように思える身近な自然の価値を、今一度見直してみることが大切だと思います。

KL:たしかに、失ってから気づくことって多いですよね。

長谷川氏:その通りです。見えにくいところでも、生態系は私たちの生活に深く関わっています。例えば、花粉を媒介する昆虫がいなければ、多くの作物が育ちませんし、園芸植物にも種ができなくなります。あるいは、蚊などの害虫を食べてくれている動物もいます。そうした隠れた自然との共生で、私たちの暮らしが成り立っています。

だからこそ、身近な動植物に意識を向けることは、新たな気づきにつながると思います。生態系サービスが、自分の生活に直結していることを実感できるはずです。

KL:自然とのつながりを日々実感できれば、行動にもつながりやすいですね。

長谷川氏:もう一つ、個人的に強調したいのは、幼少期の自然体験の重要性です。虫捕りや自然の中での遊びの記憶は、多くの人にあると思います。しかし、身近な自然が減っていけば、次の世代はそうした経験ができなくなってしまいます。

都市やまちの開発はどうしても大人目線になりがちですが、子どもたちにとっての自然環境を考えることも大切です。世代を超えて、生態系サービスを守り、恩恵を受けられる社会にしていく必要があります。

KL:子どもたちの未来のためにも、今できることを考えていかなくてはいけませんね。

長谷川氏:そうですね。特に生態系サービスの中には、長い時間をかけて形成されたものもあります。例えば、大木のある森や豊かな土壌をもつ自然などは、一度失えば簡単には元に戻りません。神社や寺の森などがその例です。

最近では安全性の観点から大きな木を伐採する傾向もありますが、大きな木はその景観や季節の変化で私たちの感情を動かしたり思い出となる存在でもありますし、大きな木、樹洞のある木にしか生息・生育しないフクロウ類などの動物、着生性の植物がいたりもします。将来世代がその恩恵を受けられるよう、慎重に考える必要があると思います。

KL:私たち一人ひとりが、生態系サービスの受益者であるという意識を持つことが大切ですね。