起業家として成功するためには、まず渋谷などのスタートアップエコシステムが構築されている場所に行こうと考えている方は多いのではないでしょうか。
確かにそういった場所へ行けば、ベンチャーキャピタルなどからの資金調達や支援の機会も多く、起業の成功に大きく近づくことができそうです。しかし、実はスタートアップエコシステムには、それ以外にも隠れたメリットが存在するのです。
そこで今回は、起業家を取り巻く状況や、成功を引き寄せるための方法について、福知山公立大学の亀井教授にお話を伺いました。
亀井 省吾 / Shogo Kamei
福知山公立大学 地域経営学部 教授
【プロフィール】
東京海上火災保険勤務、ベンチャーキャピタル代表などを経て、2015年中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程を修了、博士(学術)。同年、産業技術大学院大学特任准教授に就任。2018年同大学特任教授、2019年10月より現職。2024年4月より福知山公立大学大学院地域情報学研究科 教授就任。専門領域はベンチャー企業、特に社会課題とイノベーションの関連性に着目した研究に従事。著書『障碍者雇用と企業の接続的成長:事業における「活用」と「探索」の考察』(学文社)にて、人を大切にする経営学会2016年度研究奨励賞図書部門最優秀賞受賞。東京都立産業技術大学院大学 客員教授、情報社会学会 理事。
スタートアップは東京などの大都市圏に集中している
クリックアンドペイ(以下KL):まず初めに、地域別に見た起業活動と、その理由について教えていただけますか?
亀井氏:中小企業白書(2023年版、2024年版)によると、日本全体の開業率は2022年度に3.9%と示されています。
2021年度開業率を地域別にランキングすると沖縄県7.1%、福岡県5.4%、埼玉県5.2%、東京都5.0%、愛知県5.0%、千葉5.0%、神奈川県4.9%、大阪府4.8%などとなり、沖縄を除き、首都圏をはじめとした大都市部が上位になる傾向が見て取れます。開業率 は (当該年度に雇用関係が新規に成立した事業所数/前年度末の雇用保険適用事業所数)で算出されるので、それらの地域では起業活動が相対的に活発と言えます。
なお、新しい技術やビジネスモデルを有して成長を志向するベンチャー型のスタートアップも、東京をはじめとした大都市圏で起業する傾向にあります。特に、東京23区の中でも港区、渋谷区、千代田区といったところに集中しているんですが、その理由としては資金調達関係の動きがしやすい、つまりベンチャーキャピタルの多くが本社を置いていること、さらに大企業をはじめ幅広い業種が今挙げた地域の中に集まっているといった環境があることが挙げられます。そういった環境が整っているからこそ、スタートアップも多くなっていると考えられます。
KL:大都市圏がスタートアップにとって理想的な環境となっているのは、なぜなのでしょうか?
亀井氏:特筆すべき点は港区、渋谷区などを中心とした地域で生まれたベンチャー企業が大きくなって、今度はスタートアップの支援側に回るというような循環ができつつあることです。
このような支援される側から支援する側への循環を含めた起業家育成支援の生態系をスタートアップエコシステムというのですが、シリコンバレーなどに見られるこの手の循環が日本でも機能し始めている。だからこそ、先ほどの地域が起業家を呼び込んでいるといえるのではないでしょうか。最近では渋谷に代表されるように、スタートアップ向けのオフィス環境や、行政や民間の支援制度も整備されて、スタートアップにとってますます魅力的な場所になってきています。たとえば、渋谷スクランブルスクエアの15階にあるSHIBUYA QWSは、年齢や専門分野を問わず、個人・グループが持つ問いや課題をプロジェクトとして取り組むための拠点となっています。そこでは地域の自治体やスタートアップ、大企業から大学生まで多様な経歴の方々が集まって、共通した問いの課題解決にプロジェクトとして取り組んでいるんです。この活動を活発化させているのがQWS独自のプログラムで、スタートアップをはじめ様々な領域のパートナー同士が連携し、課題解決を通じて価値創造を加速させるような仕組みを構築しています。
トロント大学経営大学院教授のリチャード・フロリダという社会学者は著書の中で、イノベーションを起こす多様な企業活動は特定都市への集中が進んでいると指摘しています。つまり、日本も世界的なトレンドと同じような状況へと進んでいっているといえるでしょう。
地方には再定義・再構築できる価値が数多く眠っている
KL:QWSのプログラムでは、具体的にはどういった事例があるのでしょうか?
亀井氏:大分県中津市さんと、味の素さんが取り組まれたプロジェクトがありましたね。
中津市は農家さんの高齢化が進んで、後継ぎもいないということで耕作放棄地になってしまった土地が多いのです。耕作をしなくなると土地が荒れて、繁殖力の強い「竹」が生い茂ったりします。そこで、未収穫作物を活用して何かできないか、とQWSで問いを投げたところ、味の素さんから耕作放棄地のタケノコを使った実証企画が提案されたそうです。そうしたら地元の方、味の素さんの方だけでなく中津市長や地元大学の学生も集まって、私も参加したんですが、一緒にタケノコを掘りに行って。採れたタケノコを料理に仕上げ「Cook Do®」とのコラボで販売するプロジェクトを展開していました。このように、価値を再定義、再構築できるような事例は非常に面白いなと思います。地域において不要になったものであっても、大企業やスタートアップ、学生から見たら自社商品とコラボできたり、新しい料理のレシピにできたりするわけですから。
従来は、地域の問題は行政の力でなんとかします、というシステムになっていましたが、そうではなくて様々な立場の人が一緒になって柔軟に考えれば、新しいアイデアも生まれてきます。地域発の問いをベースに、渋谷のど真ん中で起こったプロジェクトがいろいろな立場の人を巻き込んで、地域に還元されていくという仕組みは大変興味深いですね。
KL:中津市のように地域の価値が見直されるようになると、地方活性化にもつながりそうですね。しかし、現状特定の地域のみに将来有望な企業が集まっているとなると、地方での経済活性の難しさも同時に感じてしまいます。
亀井氏:そうですね。人口が少ない地方では、渋谷のような大きな枠組みでの仕組みづくりは難しい、というのが現状です。
このままだと、エコシステムが充実している地域と、そうでない地域で差がどんどん広がっていってしまう。特に日本においてはそれが大都市と地方ではっきりわかれているので、地方で多様な新産業が生まれにくくなり、雇用や所得の問題に響いてきます。
ただ、こうした状況を変えようと動き出している地方自治体もあります。私は現在、京都府北部の福知山公立大学に所属しているんですが、福知山市は人口7.5万人ほどの典型的な地方地域都市なんです。その福知山市でも、既存産業だけでは今後持続的な発展は望めなくなるということで、起業機運醸成のために大学とタイアップでNEXT産業創造プログラムを開始しました。同プログラムは起業家人材育成を目的としたもので、今年で4年目になります。これまでに福知山地域だけでなく、首都圏や関西地域からも社会人、学生含めおよそ90名が参加して、クラウドファンディングを活用した起業アイデア実証などに取り組んでいます。クラウドファンディングでどれだけの人の共感を呼び、支持を集められるかとか、あるいは、自分のアイデアをSHIBUYA QWSへ持って行って問いを投げかけ、イベントを通じて人脈を広げて、新たなアイデアへつなげていくといったことにも取り組んでいます。その実証成果を活用して、海外に進出した事例も出始めているところです。
KL:NEXT産業創造プログラムでは、どのような事例があるのでしょうか?
亀井氏:NEXT産業創造プログラムの事例だと、福知山市の花でもある桔梗を使った石けんの開発があります。
もともと、東京で天然石けんの開発事業を立ち上げられていた飯渕さんという起業家がプログラムに参加されて、桔梗の花をオーガニック石けんに使えたら面白いんじゃないか、と着想されたんです。ただ、桔梗の花には石けんに使える効用はなくて。それでもいろいろ調べたところ、根には石けんの泡立ちを良くするような成分が入っていたので、栽培している場所を探すことにしたんです。しかしそこでも壁があって、桔梗は旬の花としての人気は高いものの、安定した売上が見込めないためか栽培しているところが見つからなかった。それで自治体に相談したら、福知山市の高校が実験として栽培しているとわかって、通常は廃棄している根をもらえることになり、オーガニックのキキョウ石けん開発に成功したんです。しかも、それまでの経緯を高校の人たちに話したら高校生も興味を持って、一緒になってプロモーションをしてくれたので、約1ヶ月のクラウドファンディングで70名を越える支援者が集まりました。このストーリーが共感を呼んで、市内の卸業者と組んで飲食店や宿泊施設での販売も行うようになり、今では全国でキキョウ石けんを販売しています。
もともと、桔梗は福知山市にとって伝統のある花ではあっても商用化はあまりされておらず、根は捨てるものでした。つまり、先ほどお話しした中津市のタケノコと同様に、キキョウ石けんも地域にとっては要らなかったり、当たり前だったことが「よそ者」によって光が当たった事例なんです。
イノベーションには専門領域外の人との交流が欠かせない
KL:「よそ者」というのは、地域の外から来た人、というようなイメージでしょうか?
亀井氏:はい。私はこの4年間、日本学術振興会より科学研究費の助成を頂いて、起業による地域創生のための人的ネットワーク構築、すなわち地域における起業と人のつながりとの関連性を研究しているんですが、その中で「よそ者」は非常に重要な役割を担っているんです。
「よそ者」について説明するために、まず先にイノベーションについてお話しさせてください。オーストリアの経済学者ヨーゼフ・シュンペーターによるイノベーションの定義は、経済活動の中で生産手段や資源、労働力などをそれまでとは異なるやり方で新結合することなんですね。よく0から1を生み出すことがイノベーションだといわれますが、そうではなく、既存の知識と知識を組み合わせて新しいものを創造することがイノベーションだと。そして、そのイノベーションの担い手として期待されているのがスタートアップなんです。
とはいえ、イノベーションは簡単ではない。新しい組み合わせをしようと考えても、私たちはどうしても自分の知っている範囲の中で、自分の常識や専門領域、あるいは好きなものの中だけで考えてしまいがちです。ですが言わずもがな、特定の領域のみに限った組み合わせはもう出し尽くされています。ビジネスで見てみても、例えば自動車業界ならトヨタさんやホンダさん、スズキさんといったたくさんの自動車会社が一生懸命に様々な組み合わせを試している。そうすると、その領域の中だけで考えていても新しい組み合わせはなかなか出てこないですよね。そこでどうしたらいいかというと、自分の専門領域から飛び出していくことが求められるんですよ。
KL:確かにイノベーションは、異なる領域同士が掛け合わされて生まれている印象が強いですね。
亀井氏:最近では早稲田大学大学院 入山章栄教授の著書などにより、日本でもこの考え方が広がって、幅広い領域に知の探索に出かけなければいけない、ということが経営者の方々の間にも浸透してきました。
ただ問題は、その知識をどこから入手するのか。今はネットからいろいろな情報が手に入りますが、豊かな知識というのはやはり人から入手することが圧倒的に多いんです。ネットに載っている情報も結局は人からのもので、元をたどっていくと知識の源は人なんですよ。ということは、新しい組み合わせをしようとした時には、どんな人に出会うかが非常に重要な要素になってきます。しかし人には認知バイアスがあるので、自分の周りにはどうしても趣味が近い人や居心地のいい人、似たような領域にいる人が多い。そんな中でイノベーションを起こすためには、いつも一緒にいる強いつながりの外に出て行って、新しいつながりを形成していくことが求められるわけです。
そういう意味でも、スタートアップエコシステムが形成されている場所に行けば、日頃社内や官庁内、学内で接している人とは全く違った人たちと一同に介して、特定の問いに対する解決策を模索する中で新しいつながりを持つことができます。そうやって、今までつながっていなかった新しい人とのネットワークを生み出すことで、イノベーションへと発展していくことが期待できるんです。だからこそ、エコシステムがあるところに起業家が集まってくるのは必然でもあるんですが、注目したいのは地域で新しいプロジェクトや事業が興る事例です。実は、こういった事例には共通点があって、それは地域の人たちだけで構築していたネットワークの中に「よそ者」が入ってきた場合なんです。東京からIターンやUターンをしてきた人であったり、旅をしていてその地域に居着いた人であったりが介在をしているケースがとても多い。地域のビジネスが活性化し、新しいアイデアを生み出していくには、この「よそ者」の存在が必要だといわれています。地域の中だけで完結していたネットワークの中に「よそ者」が飛び込むことで、新たなつながりが生まれ、「よそ者」の知見も取り入れることで新しい組み合わせ=イノベーションが生まれる。こういった流れを作るために、福知山市で始めたNEXT産業創造プログラムも、クラウドファンディングや都市部の施設と提携して、今までつながることができなかった新しい人とのつながりを生んでいこうとしています。
KL:なるほど。それこそが、先ほどお話しいただいたキキョウ石けんの例なのですね。
亀井氏:そうなんです。キキョウ石けん開発のスタート地点は、敏感肌の人の悩みを解消するためにオーガニック石けんを開発したい、というビジョンでした。
人々の悩みや社会課題の解決という共通の目的に向かって、「よそ者」を中心にいろいろな立場の人がつながることで、イノベーションの原動力となっていく。キキョウ石けんは、こうした動きの好例かなと思います。大切なのは、共通の課題を見つけ出すことなんです。中津市のタケノコの例のように食糧問題は共通の課題になりやすいですし、キキョウ石けんも肌の悩みという多くの人が抱える課題でした。こうした共通の課題を活かす術は、ほかの地域にも、あるいは世界全体にも転用していけます。そうやって、どんどん新しい組み合わせを生み出していくことが、スタートアップエコシステムでは非常に重要なんです。
起業家には幅広い領域にチャレンジし諦めない精神が必要
KL:貴重なお話、ありがとうございます。最後に、起業家を目指している人にアドバイスをいただけますか?
亀井氏:2017年の中小企業白書で実施されたアンケート結果からは、起業を阻む4つの壁の存在が見えてきます。
1つ目に、事業や経営に関する知識がないこと。2つ目が起業に対する不安や恐れ。3つ目は資金調達方法の目処がつかないこと。そして、4つ目が具体的な事業化方法がわからない、ということでした。そこで、NEXT産業創造プログラムではマーケティング、ファイナンスなどの知識修得プログラムや、クラウドファンディングなどの実践による実証体験を支援しています。ただ、それだけではやはりうまくはいきません。壁を壊したところが始まりになるので、幅広い知識にアプローチするために様々なことに興味を持つことが大切なんです。
そのためには先ほど述べたように、慣れ親しんだ安全な領域に留まっているだけではなく、幅広い領域にネットワークを広げていく必要があります。自分が苦手としていたようなタイプの人とも接触してみたり、接触をきっかけに新たな知識を吸収して今までにない組み合わせにチャレンジしてみようとか。学術的にも、弱いつながりをたくさん持っていた方が新しい組み合わせの機会に恵まれやすいとされています。
しかし、そうやって進んでいくと、必ず待ち構えているのが失敗なんです。ですが1回、2回の失敗で「新しい組み合わせ」を諦めてしまうと、成功まで到底たどりつきません。探索の旅には必ず失敗がついて回るので、それらの失敗を乗り越えていけるか、学び続けられるかどうかが鍵となります。そこで原動力になるのはやはり「このためにやるんだ」というビジョンです。自分なりのビジョンとはなにか、SHIBUYA QWSで問いを投げかけてみたり、NEXT産業創造プログラムへ参加してみたり、是非できそうなところから一歩踏み出してみてください。