近年、多文化共生社会の実現が叫ばれるようになり、異文化コミュニケーションの重要性はますます高まってきました。
グローバル化が進む現代社会においては、異文化に対する理解を深めることはビジネスでも必須となりつつあります。しかし、文化の違いによる誤解やすれ違いは、まだまだ多くの課題を残しているのが現状です。
そこで今回は、愛知東邦大学の吉村准教授に、異文化理解を深める方法や、異文化を知ることによるメリットについてお話を伺いました。
吉村 美路 / michi yoshimura
愛知東邦大学 経営学部 准教授
【プロフィール】
立教大学大学院 異文化コミュニケーション研究科修了(修士)
2011年より株式会社リクルートキャリア、民間企業にて就職支援業務に従事。2017年より中村学園大学栄養科学部講師、2019年より愛知東邦大学経営学部准教授。現在に至る。
専門分野は、コミュニケーション学・社会心理学・組織行動学・ジェンダー。
【所属学会】
日本心理学会、日本コミュニケーション学会、産業・組織心理学会、日本社会心理学会、日本教育心理学会。
異文化理解は他者に対する敬意に通じる
クリックアンドペイ(以下KL):それではまず、異文化コミュニケーションが世の中で必要とされている背景について、教えていただけますか?
吉村氏:異文化コミュニケーションがビジネスを円滑に進めるための、ひとつのキーになっているためです。
社会のグローバル化が進んできたことで、現代では国際取引など、ビジネスの現場でもいろいろな国の人と関わる機会が多くなっています。文化も風習も性別も、その他様々な部分が異なる人を理解し、相手と良好なコミュニケーションをとっていくには、異文化コミュニケーションの考え方が必要になってくるわけです。
これはビジネスの場面に限定された話ではありません。異文化について「知らない」ということは、それだけでコミュニケーションに障害が発生しやすくなります。ときに相手の尊厳を傷つけてしまうようなケースも発生します。もちろん、異文化を知ることにあまりにも準備に時間をかけ過ぎて、海外に飛び出すこともできない、となると別の問題が出てきてしまいますが、触れ合う前の段階で知識として相手のことを知っておくことも重要になってきます。
日本でも、神社などで牛が神様として祀られているところがあったりしますよね。そこにある牛の銅像に海外の方が跨がっていたりすれば、日本人としてはあまりいい気持ちはしないでしょう。しかし、なぜ神社に牛の銅像があるのか、ガイドブックに一行でも書いてあればお互いに嫌な思いをすることは少なくなるはずです。
KL:確かに、日本人からの視点で考えると「知らない」ことで傷つく事例がイメージしやすいですね。
吉村氏:最近はインバウンドの方も多いので、海外の方の日本人とは異なる振る舞いに戸惑う日本人も増えてきているように感じています。日本に興味をもって来てくれるのは嬉しい一方で、文化の違いが出やすい一面もあります。日本についてよく知っている方ばかりが来るわけではないため、そのあたりで齟齬が生じてしまう原因になっているのでしょう。
海外の方が日本をよく知らない側面があるように、世界には日本人にとってなかなか理解できないような文化や風習、考え方があります。だいぶ昔の話になりますが、学生時代にバックパックで世界旅行をしたことがあるんです。当時はYOUTUBEやSNSもない時代だったので、今より海外がずっと遠く、未知の国や地域への憧れが強かったのでしょう。異文化を実感として学ぶことができたことは、その後に大きく生きました。そんな旅の中で出会った人たちのコメントで、特に印象的だったのが「日本人は海外の山に登る時も、山のてっぺんまで行くよね」ということなんです。これは、比較的あちこちの地域で言われました。海外のある地域において、山の頂上は神様がいるところです。ですから、頂上より少し下までしか足を踏み入れません。そこで捧げ物をして、お祈りをして帰る。しかし日本人は、異国の人にとっては神様がいるはずの頂上まで登り、ポーズをして写真を撮る。有名な話が、今は立入禁止になっているオーストラリアのウルル(エアーズロック)です。本来ウルルはアボリジニ原住民の方々にとっては神聖なところで、そもそも登るところではありませんでした。そこへ観光客がこぞっていって登山する。アボリジニの方々は長年訴えてきたのですが、観光資源として大きな収益があったため、なかなか耳を貸してもらえなかったそうです。ようやくウルルの登山が禁止されるぞと情報が出始めると、こぞって行き始める人々が出た。「登れなくなる前に行って経験しておこう」という発想ですが、大切なのはそこで「なぜ禁止になるんだろう」と相手側の事情を考えることです。たとえ善良な一市民であったとしても、無知は相手を傷つけると知っておくことは必要で、知っていればお互い傷つけずに済んだ事例は山ほどあります。「知ろう」とする姿勢こそ、異文化コミュニケーションの第一歩といえるでしょう。
異文化を学べば異なる視点や価値観を持つ人への理解も深まる
KL:相手を傷つけているとは思いもせず、自身の言動が周囲を不愉快にさせていた、ということは海外だけでなく、日常生活でも珍しくないように感じます。
吉村氏:そうですね。「自分とは異なる価値観を持つ人がいるんだな」という視点を持てるようになることも異文化を学ぶメリットです。
海外の方とコミュニケーションを取ると、考え方も感じ方も価値観も違うんだな、と思うことがしばしばあります。そうすると、それまで日本という狭い社会の中で育まれてきた価値観であるとか、普通はこう考える、という「普通」のカテゴリーからポンと飛び出すことになります。そういう形で一度でも異文化を学んでおくと、自分の身の回りにいる、価値観や視点が異なる人に対する理解も深まるんです。
国内でもエスカレート式で幼稚園から大学までずっと進学していった人と、地元の小学校から公立で進学した人とでは、文化的な差異が存在することがあります。同じ世界を生きてはいても、文化が違う世界に住んでいるような感じで、考え方も価値観も違っていたりする。そういった状況でも「あの人の言っていること、おかしいんじゃないか」と排除しようとする意識がなくなり、「なぜこの人はこう感じるんだろう」という方向に自分の視点を向けられるようになります。
人間はときに、集団の中にいると普段1人ではやらないようなこともやってしまうことがありますよね。よく例に出される「赤信号みんなで渡れば怖くない」ではないですが、悪いことでもみんながやっていると、その行為を媒介として仲間意識が生まれたり、存在や行為そのものも認められたような気持ちになり、善悪の判断ができなくなってしまう。戦争中の残酷な出来事も同様で、あのような事例を防ぐためにも、各人が所属する集団から一度距離を取って「これは本当だろうか」「正しいだろうか」と考えられるかどうかは大切なことです。自分が普段触れている考え方のみに囚われず、多様性を認める姿勢を身につけておくと、もっと違う景色が見えるかもしれません。
KL:なるほど。異国との文化的差異を学ぶことは、実は身近な対人関係にも生きてくるのですね。ではわたしたちが、異文化を学ぶことを念頭に海外を訪れたいと思ったとき、覚えておくべきポイントなどがあれば教えていただけますか?
吉村氏:まず興味のある国に実際に行ってみる、それ自体は素晴らしいことなので、ぜひ臆さずに行動してみてください、ということをお伝えしておきますね。
異文化体験時に覚えておくべきポイントですが、トラブルであっても体験を楽しんで、自分の思い出に発展させるという点です。北欧のフィンランドにはじめて行った時のことを思い出すと、本当にいい思い出しかありません。そのときはまだ貧乏学生で、一番安い航空券で迂回ルートをとったこともあり、飛行機の到着が大幅に遅れてしまったんです。現地に着いてから両替した方がレートがいいので、現地で両替しようと思っていたら、着いた時には両替できるお店が全部閉まってしまっていた。当時はお金が全て現金だったので、クレジットカードなんかもなくて困りました。空港から出ることができなくなったんですが、フィンランドは治安もいいし大丈夫だろうと思って、空港のベンチで寝ようと思って寝袋を準備していたんです。そうしたら空港職員の女性に声をかけられて、事情を説明したら「ホテルまで送ってあげる」と言っていただけて。羽田から東京よりももっと遠い距離を送ってくれて、お礼をと言ったらいらない、いらないと。それでもお礼がしたかったので、1,000円札を渡したらすごく興味を持ってもらえたんですよね。当時は北欧に行く日本人はあまりいなかったので、日本のお札そのものが珍しかったようなんです。お札をかざしたりひっくり返したり、わたしの顔をみたりして、興味津々といった様子がとても可愛くて。北欧はほかにもさまざまな思い出があるのですが、どこに行ってもみんな親切で、今では気軽に行ける国のひとつになりました。
今お話ししたエピソードのように、小さなトラブルが温かい思い出を増やしてくれることもあります。言語・価値観・風習など壁はあると思いますが、異文化の方々に歩み寄るためにも是非ひとつひとつの体験を大切にし、小さな行動を積み重ねてみてください。
異文化コミュニケーションは人としての器を広げる機会
KL:先生のご体験からのエピソードも交えてお話いただき、ありがとうございます。
続いて、ビジネスに関連したお話も伺いたいのですが、異文化コミュニケーションの経験をビジネスに活かせるケースとしては、どのようなものが考えられるのでしょうか?
吉村氏:人としての器を広げることに繋がる、といえるかもしれません。
異文化コミュニケーションは異国の人に限定しない、もっと広い範囲の、自分とは異なる他者への理解に通じるものです。例えば「あの人はなぜいつも攻撃的なんだろう」と疑問に思うような人がいても、その人は実は課題のある環境にいて、自分を守ることで精いっぱいなのかもしれません。攻撃性を受け入れなさいというのではなく、こうした他者理解の視点を広げることで、自分の心にも余裕をもって対応できるようになるのです。私は、起業家に一番大事なものは?と聞かれたら人としての器だと思っています。もちろん、その人がどんな仕事をするのかもすごく大切ですが、多様性に理解を示せる方は大きな器を持っている方が多いように思います。結果、視野も広いのでやはりいい仕事をされるんですよ。
あと、異文化コミュニケーションで変わった経験をしたエピソードなんかがあると、ビジネスチャンスを掴みやすくなるんじゃないかな、とも思いますね。
KL:変わったエピソードというと先ほどのお話あったトラブルのような・・・?いろいろ引き出しがありそうで、ワクワクしますね(笑)
吉村氏:いえ、トラブルに限った話だけではないですよ(笑)でも、困難に遭遇したときのエピソードは、組織人と比べて山あり谷ありの起業家の方にとって、大切だと思います。
世界旅行の時、私は現地の人の平均的な生活レベルに合わせて宿泊先を決めることにしていたんです。現地の人とできるだけたくさん交流をして、どんな価値観や考え方を持った人たちが生きているのか知りたかったんです。海外だとドミトリーのような共同で泊まれる宿がたくさんあるので、事前に現地の人の平均的な生活を調べて、そういうところを見つくろっていました。食事も観光客が行くようなレストランではなくて、地元の人が行くお店を教えてもらって利用していました。当然、安全なところばかりではありませんでした。エジプトにいた時は宿の目の前が中央広場になっていましたが「ゴミ箱の中に入れられた爆発物が爆発したので、ホテルから出ないで」と立ち上る煙の中に機動隊が出動していたりとか。危ないから日本人は帰って、と強制帰国させられそうになったこともありました。ほかにも、銃を向けられて、うまいこと言って逃げ延びたり、砂漠の中で3日間サバイバルをしたこともありましたね。今思えばよくやったなと。今の時代、学生に推奨したら絶対にアウトですね(笑)
でも、死ぬような経験でなくても自身が困難やトラブルに遭ったときのエピソードは、何かの折に話したりするとこちらの強みや対応力を理解してもらいやすい。起業家の方は会食の機会も多いので、そういうエピソードがあると「レアな経験しているなあ」とか「この人、好奇心旺盛でエネルギッシュだな」だけではなく、「ビジネスでトラブルに直面した時、この人はどう振る舞うのか」や、「障害や困難をどう乗り越えるのか」「普段はそうでもないけどこの人、人生の肝心なところではものすごく強い」など、強みや行動傾向、人柄を理解してもらいやすいんです。
KL:確かに今聞いていても興味をそそられますね。それに、そういったお話からは危機的状況でどう対処するのか、という部分の評価も垣間見えそうです。
吉村氏:そうなんです。危機的状況をどうやって乗り越えたのかって、起業家としてすごく大事な要素です。トラブルに直面した時にどうやって乗り越えていくのかというところに人間性も表れるんです。
起業家は、平常運転時よりもトラブルや障害や困難発生時に力量が試されると思うんです。だからこそ、この人と一緒にビジネスをやろうかどうしようか考えた時、相手がいざという時に、どう行動し、どうやって生き抜くのか、自身の何を強みと把握しどう生かしているのか、大切な何かのためにどこまで頑張れるのか、などの把握は重要だと思います。
たとえば、インフラも安全も整備されきっていない異文化圏に入った時に、生き延びることができるか。生き延びるために、力技で押し切っていくのか、あるいは周りの人がサポートしてくれるようなキャラがあるのか。そういう部分はビジネスでも重要ですよね。教養や時事に関する知識を日々アップデートしつつ、上記に挙げたような体験的な引き出しをいくつも持っていていろんな話ができると、投資家と一緒にビジネスを進めようとなった時にもネットワークが広がりやすいんです。人生におけるトラブルに直面した時、解決の仕方が面白かったりすれば、事業をどう動かしていくのか見てみたいなとか、応援してみたい、関わってみたいと思ってもらえるかもしれない。起業家を目指す皆さんにも「私はこういう人間なんです」といえるようなエピソードを、ぜひ持っておいて欲しいと思います。
起業家も異文化を学ぶ姿勢を持つことでレベルアップできる
KL:貴重なお話、ありがとうございます。最後に、起業家を目指している方に向けてメッセージをお願いできますか?
吉村氏:異質であることを恐れず、そして世界に対する好奇心を忘れないでとお伝えしたいと思います。起業家気質の人はやはり自分の世界観があり、人とは違う視点を持っている方が多い印象です。スティーブ・ジョブズさんなどは極端な例ですが、新しい視点、これまでとは違った考え方を持っていないと、新しいものは生み出せません。 既存のやり方の中でうまくやっていけるのも決して悪いことではありませんが、継承という意味では良い反面、既存のものしか発明できなかったりします。何か新しいモノやコトを作り出したり、新しい考え方や教育、事業を展開するには不利になってしまう可能性がある。だから、起業家を目指すのであれば辛くとも異質であって欲しいなと思います。味方は必ず世界のどこかにいます。
その上で、こんなことをやったら世界はこう成るんじゃないか、こんなやり方をすればもっとこう変わるんじゃないか、という好奇心を持ち続けてください。「今のままでも、一応生きていけるしいいよね」ではなく、「もっとこういう風にしたら、こんな世界が生まれて、ハッピーになる存在が増えるんじゃないか」というように、世界に対する憧れを持ち続けて欲しいと思います。
今後、いろいろなものを背負って重要な勝負に出なければならない場面が、何度もやってくると思います。そこを頑張って乗り越えてください。壁にあたって苦労した経験は、間違いなく、人生のさまざまな場面で生かせる糧となります。プラスアルファでよりいろいろな人を理解する姿勢を併せ持つことができれば、意志ある聡明な人物として、強く信頼を寄せてくれる人がどんどん増えていきます。最終的にはそういう人物が社会の中で最も成功するのではないでしょうか。
本日は、異文化を学ぶことの意義についてお話させていただきました。最後までお読みいただいてありがとうございます。
皆さまの今後の人生を心から応援しております。