コロナ禍によって、日本のテレワーク普及率は爆発的に増加しました。
しかしコロナが第5類に移行してからはテレワーク利用率は徐々に低下しており、オフィス回帰の動きも世界的に見られるようになっています。
そこで今回は、京都先端科学大学の安達房子教授に、テレワーク利用率の変遷から導入のメリット・デメリット、テレワークを実施することによる生産性の変動まで、詳しくお話を伺いました。
安達 房子 / fusako adachi
京都先端科学大学 経済経営学部 経営学科 教授
【プロフィール】
大阪府出身。
1998年3月 立命館大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了(経営学修士)。2001年3月 立命館大学大学院経営学研究科博士課程後期課程単位取得。
現在 京都先端科学大学 経済経営学部教授
主著に『ICTを活用した組織変革―マネジメントの視点からのテレワークの分析―』(晃洋書房)がある。
テレワークの利用率そのものは一定水準維持の傾向にある
クリックアンドペイ(以下KL):それでは、まずテレワーク利用率の推移について教えていただけますか?
安達氏:正社員雇用の方のテレワーク利用率は、2020年にコロナ禍で急激に増えた後、コロナが5類に移行してからは若干減ってきている傾向にあります。
テレワークの利用率は、コロナのような感染症の拡大や、災害などがあると一気に上がるんです。現に、2009年の新型インフルエンザや2011年の東日本大震災の時などにある程度増えていて、その後は今回のコロナ禍と同様、一定のところで下げ止まるような状況でした。ただ、テレワークの形態としては徐々に変化してきていて、テレワークには自宅で仕事をする在宅勤務、本拠地以外のオフィスで仕事をするサテライトオフィス勤務、移動しながら仕事をするモバイルワーク、そして旅行しながら仕事をするワーケーションの4種類があります。中でも90%を占めるのが在宅勤務なんですが、実はコロナ禍以前の2019年などは直行直帰みたいなモバイルワークが多かったんです。しかし、コロナ禍によって在宅勤務の割合が大幅に上がり、最も激しくテレワークの利用率が動いている東京都内のデータを見ると、コロナ禍の緊急事態宣言時の利用率は65%まで伸びていました(東京都「テレワーク実施率調査結果 3月」2024年 )。
そして、注目すべきは実施頻度です。テレワークの利用率は今のところ、43.4%まで落ちてはいるものの、就業者へのアンケートを見るとテレワークの実施頻度自体は増えているんです。毎日テレワークの企業は減ったものの、週に1~4日テレワークを実施している企業は増加傾向にあり、テレワークを利用している従業員の割合についても目立った減少はしていません。そのため、現在の傾向は今後も維持されていくのでは、と見られます。
KL:いわゆるハイブリッド出社の形に落ち着きつつあるのですね。テレワークを導入するメリットとデメリットについては、どのようなことが考えられるのでしょうか?
安達氏:テレワークのメリットとデメリットは、従業員側から見た場合と、企業側から見た場合とで捉え方がかなり変わってきます。
まず従業員にとってのテレワークとして見ると、通勤時間の節約は昔からメリットとして挙げられている要素で、国土交通省の就業者へのアンケートでもいつも上位にきていますね。また、子育てや介護の時間の取りやすさ、地域活動への参加や、趣味・スキルアップに時間を割きやすいといった、ワークライフバランスの改善につながりやすい点もメリットといえるでしょう。
一方で、デメリットとしてはオン・オフの切り替えにくさや長時間労働が挙げられます。さらに、コミュニケーションの取りにくさや、対面でないことで生じる業務効率の低下もデメリットですね。テレワークが普及してから注目されるようになったのが非公式のコミュニケーション、いわゆる雑談です。テレワークだと雑談がなかなかできないので、従業員の方が孤独を感じたり、上司に評価されにくくなって仕事のモチベーションを保ちづらくなる、といったことが起こりやすくなってしまいます。あと、デメリットの中で私が驚いたのは、テレワークだと運動不足で外出が減ってしまう、というデメリットが国土交通省のアンケートで1位になっていたことですね。昔は同じアンケートでもあまり上位になっていなかったんですが、やはりテレワークが当たり前になって日数が増えたことで、運動不足を実感するようになったんじゃないでしょうか。
企業がテレワークを導入するには様々なハードルがある
KL:企業側の立場から見ると、今お話しいただいた従業員から見た場合とはメリット・デメリットとも大きく異なるのでしょうか?
安達氏:テレワーク導入によって企業側が得られるメリットとしては、優秀な人材の確保や離職防止などですね。
コロナ禍以降は特に、テレワークを企業選びの基準にしている求職者が増えています。実際、学生に話を聞いてみると「テレワークを導入しているのは当たり前だ」という声も多いんです。なので、新卒採用などで優秀な人材を確保するための手段として、テレワーク導入が重要になってきているのは間違いありません。また、テレワークを導入することで業務改革が起こり、生産性の向上やコスト削減、非常時の業務継続につながるケースもあります。書類の電子化やクラウド化、コミュニケーションツールの活用が進んで全体的な組織改革が進んでいけば、DX(デジタルトランスフォーメーション)化につながっていく可能性もあるでしょう。その流れで無駄な業務の廃止を行えばコスト削減にもなりますし、テレワークが進むと固定座席を減らせるので、オフィス面積の縮小による賃貸料節約が見込めることもメリットといえます。
ただし、企業側にとってのテレワーク導入には、従業員側よりも多くのデメリットが存在します。まず、デメリットとして一番に挙がるのはコミュニケーションの取りづらさです。コミュニケーションは企業側だけでなく、従業員側にとっても問題を抱えることが多い部分なんですが、企業側から見た場合、従業員同士のコミュニケーション減少によって仕事で連携がしづらくなり、生産性やスピードの低下が発生する可能性が考えられます。新入社員から先輩社員への気軽な相談がしづらくなることで、スキルの習得や人脈作りが難しくなるケースもあるかもしれません。それに、先輩社員や同僚との雑談から会社内の雰囲気が醸成され、それが会社のカルチャーを知る手掛かりになったり、そこから会社の考え方・やり方を学べることもあります。しかし、テレワークだとそういったきっかけが減ってしまうので、会社への帰属意識が下がりかねないという問題点もあります。
(出所:国土交通省『令和5年度テレワーク人口実態調査-調査結果(概要)-』2024年, https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001733057.pdf, 2024年8月26日閲覧)
KL:なるほど。企業がテレワークを導入するには、様々なハードルが存在するのですね。
安達氏:そうなんです。システム的な方へ目を向ければ情報漏えいなどセキュリティの問題もありますし、何より導入そのものの難しさも大きなハードルです。
根本的な問題として、テレワークを継続して実施できるような仕組みや、ペーパーレス化が未整備で会社に行かないとハンコが押せない、という状態だと組織全体にテレワークを受け入れる体制が取れません。コロナ以前、テレワークは大手でも導入が難しく、ある部署で半年や1年試行してみてうまくいったら広げていく、という形だったんです。ですがコロナ禍の緊急事態宣言でテレワークを導入せざるを得なくなったことで、コロナ以降も週1日などはOKと受け入れる企業も増えてきた。ただ、それでも大手の企業にインタビューしてみると、一部の方はテレワークを受け入れられなかったり、部署によっては向いていないという意識の方がいて、意識改革の研修を行っていかないと難しいと仰っていました。
KL:そういったテレワーク導入の難しさが、コロナ収束後の出社回帰につながっているのでしょうか?
安達氏:原則出社に戻す企業が増えている理由としては、国土交通省が行った就業者へのアンケートを見ると、もともとはテレワークが認められていなかったり、コロナ収束に伴って出社の指示が出た、といった理由が多くなっていますね。
テレワークは業種ごとの向き不向きの差も激しく、接客業などはAIやロボットが発達してきていても、顧客状況に応じた適切できめ細やかな対応は難しく、全て任せることはまだできないのが現実です。それに看護師さんのように、どうしても現場にいなければならない仕事もあります。
ただ、こういった事情とは別に、事業の特性上、方針として原則出社を採用している企業もあります。例えば大手ゲーム会社は、コロナなどの有事の際はテレワークを選択することもできますが、原則出社です。社員一人ひとりの強みを掛け合わせて独創的な娯楽を作るため、そして社員の成長のためにも、顔を合わせて密度の高いコミュニケーションを取ることが効果的だと考えているから、というのが理由ですね。
テレワークによる生産性の変動は立場や捉え方によって異なる
KL:GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)でも生産性の低下を理由にテレワークから出社へと戻す動きがあり、話題になりましたが、実際にテレワークだと生産性は落ちやすいのでしょうか?
安達氏:テレワークにおける生産性というのは非常に難しい問題ですが、まず知っておくべきこととして、経営者と従業員とでは生産性の受け取り方について大きな隔たりがあります。
テレワークの導入によって生産性が向上するか、低下するかを経営者と従業員それぞれを対象にした調査では、経営者が生産性の低下を感じている反面、従業員は生産性が向上していると感じている、という結果が出ました。なので、どちらの立場に立って考えるかでも生産性が上がるのか、下がるのかは捉え方が変わってきますが、基本的にはテレワークはコミュニケーションや従業員の監督においてマイナスの影響があることがわかっています。しかし、テレワークの導入は従業員の満足度に対してはプラスの影響を与えるので、従業員一人ひとりのモチベーションを高く保ち、個人の生産性を向上させるという意味においてはプラスに働く可能性もあるんです。
(出所:Bloom,N., Jose, N., Barrero, J.M., Davis, S., Meyer, B., and Mihaylov, E., “Research: Where Managers and Employees Disagree About Remote Work,” Harvard Business Review, 2023.藤原朝子訳「経営者と従業員で異なるリモートワークの考え方」『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』ダイヤモンド社、2023年)
ただし注意点として、従業員側からテレワークの生産性を見た場合は、個人的主観に拠るところが大きくなります。ある調査では、テレワークの方が職場よりも高い生産性が出せる、と答えた人が全体の1/3だったのに対して、テレワークだと生産性が落ちると答えた人は2/3でした。生産性が落ちる理由としては、対面での素早い情報交換ができないことや、使用するパソコンのスペック不足、回線の不安定さなども含まれます。平均的には、テレワークの生産性についての個人的主観では職場に比べて20%ほど低い水準となっていることに加えて、テレワークだと生産性が落ちていると感じている人が出社に戻ると、生産性が上がったと感じるようです。少なくとも日本においては、従業員の主観的生産性ではテレワークだと職場よりも生産性が低くなる、と感じている方が多いので、生産性が落ちる可能性は否定できないでしょう。
とはいえ、OECD(経済協力開発機構)の調査ではテレワークの量によっては能率が上がることも確認されています。なので、テレワークを一律に否定したり、あるいは全ての業務をテレワークにしなければいけないと考えるのではなく、従業員の満足度を上げつつ業務効率も落とさない、生産性を上げられる適度な頻度を模索することが大切になると思います。
KL:テレワークだから生産性が下がる、とは一概には言い切れないのですね。テレワークを導入しつつ、生産性も向上させていくには、どういった点に注意が必要になるのでしょうか?
安達氏:前提として、テレワークを導入するならいつまでにどの仕事をするのか、といった事業の段取りをしっかり行わないと生産性は高まりません。
コロナ禍で多くの会社がテレワークを試行しましたが、やはりコミュニケーションがうまくいかないなどの問題に直面しました。なので、まずは社内のテレワークに対する抵抗感をなくすために、研修の場を用意することが望ましいでしょう。インタビューした企業の中には、コロナ前からテレワークに対する意識改革を行っているところもありましたし、何か出産や介護などの事情があってテレワークしたいな、という人が働き方を選べるような社内の雰囲気作りが一番重要だと思います。その上で、テレワークに適した業務や適さない業務の切り分けを行って、テレワークを受け入れる土壌を整えることが生産性向上に向けての第一歩です。
では生産性の向上とは何かというと、インタビューした会社では仕事の棚卸し、と仰っていました。全体的な業務プロセスの改善であるとか、無駄な作業をなくしたり、重複している作業をなくしてデジタル化する。そうしてDX化に向けた業務改革を進めていくことが、生産性の向上につながるでしょう。また、テレワークにおいては評価システムが非常に重要です。先ほどもお話ししたように、テレワークは従業員の満足度を高めるために役立ちますが、働きぶりが評価されなければ仕事のモチベーションが上がらず、結果的には生産性も下がってしまいます。なので、従業員が自律的に仕事をする能力を高めるためにも、仕事の成果をきちんと評価できるようなシステムの導入は欠かせません。
テレワーク導入は一人ひとりが柔軟に働ける環境作りに役立つ
KL:確かに、テレワークだと企業側からすると従業員の働きぶりがわからず、従業員側からすると正当に評価されていないと感じるような問題は発生しやすいですね。
安達氏:テレワークのデメリットについて、働きぶりを直に見ることができないので評価が難しい、業務管理がしづらい、といった理由は調査結果でもいつも上位になっています。
実際、2023年に出された総務省のデータによると、テレワーク普及のために必要な要素について企業にアンケートを取ったところ、労務管理の適正化が挙げられているんです。評価システムを適正化することや執務環境の整備、周りの状況を把握しやすくするための、会話の雰囲気がわかるようなシステムの導入などですね。
それに、従業員一人ひとりがテレワークをする上でどの仕事をいつまでにするのか、そういった業務の目的や目標、自分の役割を把握しておくことも必要になります。そのため、日々の仕事のプランがわかるように、上司と部下の間で話し合って目標管理制度を活用している会社も多いですね。インタビューした会社の中には、金曜日にみんなで集まって、来週はこの仕事をします、と全員で把握し合っているところもありました。そうすると、会社全体で今どんな仕事があって、どこが滞っているかが把握できるので、効率的に仕事を進める上で重要だと仰っていましたね。今の技術だと、オンラインでのコミュニケーション手段はメールやチャットになります。ですが、これらのツールだとどうしてもその場の雰囲気や状況が伝わりにくく、対面よりも情報量が少なくなるので、今例に挙げた会社のように「この日は何時から何時までは対面で打ち合わせを」というように生産性を高める工夫は必要になるでしょう。
KL:貴重なお話、ありがとうございます。最後に、起業家を目指している方々に向けてメッセージをお願いできますか?
安達氏:これから起業を目指す方にとって、テレワークの導入は新しいものを取り入れていく文化がある、というアピールポイントになると思います。
もちろん、世の中にはテレワークの導入が難しい仕事もあるので一概には言えません。これまでにもお話ししてきたように、テレワークに適している仕事もあれば、適していない仕事もあります。それに、在宅で楽しく仕事ができる人もいれば、周りに人がいて誰かと一緒に働かないと孤独感を感じてしまう、という人もいます。そうすると生産性はどうしても下がる可能性が高い、という点にも留意しておかなければいけません。従業員側からしても、出社した方が仕事がはかどるような場合は出社を選ぶことがあるので、テレワークと出社はどちらが絶対的に正しい、というものではないんです。
ただ、コロナのような事態が起きた時や、育児や介護などの事情でどうしてもテレワークをしたいとなった時、テレワークに移行できる体制が整っているかどうかは経営にあたって非常に重要なことです。有事の際にテレワークにスムーズに移行できる体制があるということは、社員も自分で仕事を組み立てて働けるレベルに達しているということですし、それだけ能力の高い水準にある会社といえるでしょう。
同じ業種であっても、仕事を細かく分類していくと企画書の作成や特許の申請のようにテレワークができるものもあるので、まずはどの仕事ならテレワークができるか、という切り分けをしてみてください。そこから企業として生産性の向上を目指すなら、制度や文化を変えていきながらDX化を進め、無駄な仕事を省いて柔軟に働ける環境を整えていくことが求められます。そして、こうしたシステムを導入して業務改革を行うとなれば、テレワークに限らずそれまでの仕事のやり方を変えなければいけない部分も出てきます。そうすると、やはり「今までの方がいい」という声も出てくるので、トップのリーダーシップもテレワーク導入の鍵になるでしょう。そこまで到達するには何年もかかると思いますが、まずは社員が何をすべきかしっかり理解できる仕組みを作ることが何よりも大切です。