企業の財務諸表を理解することは、投資判断を行う上でとても有用です。しかし、財務諸表の読み方や活用方法を理解している人は意外に少ないものです。そこで、財務分析の専門家である東北大学の吉永裕登准教授から、財務諸表の基本から企業価値評価に至るまでのエッセンスをお伺いしました。
企業の資金調達から投資、利益獲得、再投資のサイクルをどのように読み解いていくのか、具体的な例や実際の分析手法を交えながら詳しく解説いただいています。投資初心者から経験者まで、幅広い読者にとって有益な内容になるので、ぜひご一読ください。
吉永 裕登 / yuto yoshinaga
東北大学 大学院経済学研究科 会計専門職専攻 准教授
【プロフィール】
2014年 一橋大学商学部 卒業
2014年 日本銀行金融研究所に客員研究生
2015年 一橋大学大学院商学研究科修士課程 修了
2018年 一橋大学大学院商学研究科博士後期課程 修了
2018年 東北大学大学院経済学研究科 准教授に着任、現在に至る。
著書:『マクロ実証会計研究』、(2020)、日本経済新聞出版(中野誠氏との共著)
財務諸表とは
クリックアンドペイ(以下KL):まず初めに、そもそも財務諸表とは何かについてお聞きしたいです。
吉永氏:財務諸表とは、簡単に言えば、企業が公表するお金に関する書類の総称です。財務諸表には、貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書などがあります。財務諸表を読むことで、企業経営におけるお金のサイクルを理解することができます。お金の観点から見ると、企業活動は以下の4つの段階で構成されています。
- 資金調達:企業活動に必要なお金を調達する
- 投資活動:調達したお金を様々な事業や資産に投資する
- 利益獲得:投資を通じて利益(儲け)を獲得する
- 還元:獲得した利益の一部を株主に還元し、残りを再投資する
(図表は吉永准教授が作成)
最後の還元の段階では資金提供者である株主に配当などで還元しますが、獲得した利益をすべて渡すわけではありません。利益の一部は企業内部に留保して、再投資に回します。ここで再投資に回されたお金が、次のサイクルで資金調達の一部となります。資金が足りない場合は、さらに外部から資金調達して投資に回し、サイクルを回していきます。
貸借対照表(B/S)は、企業経営のサイクルにおける資金調達と投資の状況を示しています。貸借対照表の「負債・純資産の部」は資金調達の状況を、「資産の部」は投資の状況を表しています。例えば、負債・純資産の部から銀行借入額や株主からの出資額などが分かります。資産の部からは土地、工場、在庫などへの投資額が読み取れます。
次に、損益計算書(P/L)は、利益獲得の過程を示しています。売上高から様々な費用を差し引き、最終的に株主に帰属する利益(親会社株主に帰属する当期純利益)を計算する書類です。損益計算書により、企業が特定の期間にどれだけ儲けたかが分かります。
そして、株主資本等変動計算書は、株主がその企業に預けているお金がどのように変化したかが示されている書類であり、還元について読み取れます。企業から配当などを通じて株主にいくらお金が支払われたのかを確認できるのです。
このように、財務諸表は企業経営のサイクルを反映した資料と言えます。それぞれの財務諸表が互いに関連し合いながら、企業の経営サイクル全体を表現しているのです。
財務諸表の読み取り方
KL:ありがとうございます。では、財務諸表が読めるようになった場合、実生活ではどのように活かせるのでしょうか?
吉永氏:財務諸表の主な目的は、投資家の意思決定を支援することです。つまり、どの株式をいつ売買するかを判断する際の重要な手がかりとなります。しかし、財務諸表は投資以外でも企業分析に広く活用することもできます。
例えば、損益計算書により、企業のコスト構造が分かります。売上原価や、販売費及び一般管理費(販管費)の売上高に対する比率を分析すれば、企業のビジネスモデルを財務的な観点から理解できます。
直接的に実生活に活かすことは難しいかもしれませんが、企業を見る目が養われ、知的好奇心を満たすことになるでしょう。
KL:企業のビジネスモデルを財務的な観点から読み解いた場合の、具体的な例を挙げていただけますか?
吉永氏:では、医療用医薬品の企業を例に挙げて見ていきましょう。医療用医薬品企業は大きく分けて、先発医薬品を作る創薬系企業と、ジェネリック医薬品を製造する企業の2種類があります。
創薬系企業は新薬開発に多額の研究開発費をかけるため、損益計算書の販管費の中にある「研究開発費」の比率が高くなります。
一方、ジェネリック医薬品を製造する企業は、先発医薬品ほど研究開発に大きなコストをかける必要はありません。しかし、薬価が先発医薬品に比べて低く、価格競争に陥りやすいです。そのため、原価率、すなわち「売上原価」の比率が高くなる傾向があります。
実例を見てみましょう。創薬系の小野薬品工業株式会社(以降、小野薬品と呼称)とジェネリックのサワイグループホールディングス株式会社(以降、サワイと呼称)を比較すると、売上原価の対売上高比率は小野薬品が13.9%ですが、サワイはその約5倍となる69.3%です。これは、ジェネリック医薬品を扱うサワイの方が、予想通り原価率が高いことを意味しています。
その一方で、研究開発費の対売上高比率を見ると、小野薬品が22.3%である一方で、サワイは6.9%と低い値になっています。やはり、新しい薬を作るためには多大な研究開発費が必要であることが見受けられます。
このように、同じ医療用医薬品を製造する企業でも、ビジネスモデルによってコスト構造が大きく異なることが損益計算書から読み取れるのです。
財務的な視点も合わせて企業を見ていくと、企業の戦略がどのように財務情報に現れているのかについて、理解が深まります。なにより、企業の経営戦略がどのように財務諸表に現れているのかがわかると面白いです。ありがたいことに、上場企業は定期的に財務諸表を公表してくれていますので、誰でも分析は可能です。ぜひ興味のある企業について分析してもらえればと思っています。
財務諸表を投資に役立てる
KL:次に、株式投資でのファンダメンタルズ分析における財務諸表の見方について教えていただけますか?
吉永氏:はい、ファンダメンタルズ分析では、主に2つの方法で財務諸表を活用していきます。
1つ目は企業価値評価です。企業価値評価は投資判断に直接関わる分析方法で、理論的に妥当な株価や時価総額の水準を推定し、実際の市場価格と比較します。理論価格が市場価格より高ければその株は割安、低ければ割高と判断します。上場企業を対象とした企業価値評価の主な手法には、次のようなものがあります。
- インカムアプローチ:将来の配当やキャッシュフローなどを予測しつつ、現在価値に割り引いて評価する方法であり、代表例として割引キャッシュ・フロー法があります。
- マーケットアプローチ:市場価格を利用する方法であり、代表例としては同業他社との比較に基づいて評価するマルチプル法があります。
2つ目は投資判断の補助的な役割を果たす、財務分析です。財務分析ではROE(自己資本利益率)の分解分析がよく使われます。ROEを収益性、効率性、安全性の3つの要素に分解するものです。ROEの分解分析により、企業の強みや弱みをより詳しく分析できます。
例えば、ROEが高い場合、高い利益率、資産の回転率、財務レバレッジのどれに起因しているかの判断が可能になります。仮にROEの高さが、財務レバレッジを起因とする場合、企業の長期的な安全性には注意しなければなりません。このような財務分析は、企業価値評価では直接扱われない部分を補完する役割を果たします。
ちなみに、ファンダメンタルズ分析の背景には「割安株効果」があります。「割安株効果」は、割安な株式が長期的には割高な株式よりも高いリターンを生む傾向があるという経験則です。
つまり、理論的な株価よりも現在の株価が低い株式に投資すれば、長期的には利益を得られる可能性が高いという考え方です。割安株効果がファンダメンタルズ分析の背景にあると個人的には考えています。
KL:財務諸表を読めるようになれば、株式投資で確実に儲けられるようになるのでしょうか?また、株式投資には、会計情報以外の情報は必要ないのでしょうか?
吉永氏:難しい質問ですね。ただ、結論から言うと、100%確実に儲かる方法はありません。株式はリターンの変動するリスク資産です。株式投資で確実に儲けることはリスク資産の定義上、無理でしょう。
その一方で、財務諸表などの様々な情報を用いると、儲かる確率を高めることはできると思います。これは、先程申し上げた割安株効果が背景にあります。財務諸表を始めとして様々な情報を用いると、分析の精度を高められます。すると、割安かどうかをうまく判定できるようになり、割安株効果を利用した投資戦略がより高い精度で可能になるからです。
例えば、マーケットアプローチに属するマルチプル法では、主に会計情報と時価総額のデータを使うため、同業他社の選び方や使う指標の選択以外は、財務諸表にある情報だけで実行可能です。マルチプル法を採用するなら、会計情報だけでも株価が割安か割高かの判断はある程度可能です。
ただし、マルチプル法には、分析対象の評価が比較対象とする同業他社の評価水準に長期的には収束するという仮定があることに注意が必要です。同じ業界に属しながらも独自の競争力を持つなどして、少なくとも短期的には同業他社と同程度の評価水準に収束しないであろう企業に対して、マルチプル法は適切な評価手法ではないでしょう。
こうした場合に、割引キャッシュ・フロー法などのインカムアプローチが採用されます。インカムアプローチでは、分析対象独自の情報を織り込んで評価するからです。ここで財務諸表の情報だけでなく、他の情報も使うなら、さらに分析の精度は上がり、割安かどうかの判定をうまくできるようになるでしょう。
もっとも、実際の投資で儲かるかどうかは、短期的な投資であるほど運の要素が多く入ります。経済全体に影響するような予期せぬ出来事が発生した場合など、財務諸表から読み取れない要因も株価には影響するからです。
つまり、財務諸表を読む力は投資の重要なスキルの一つですが、財務諸表分析だけで投資の成功が保証されるわけではありません。財務諸表と共に、幅広い情報を総合的に判断することが、より確かな投資判断につながると思います。
財務諸表分析の学習方法
KL:では最後に、財務諸表を読めるようになるための学習方法を教えていただけますか?
吉永氏:財務諸表を読み解く力を身につけるには、以下のような流れを取ると効果的でしょう。財務諸表を読むのが苦手な方は、視覚的に捉える練習をします。
例えば、以下の図のように、貸借対照表を流動資産、固定資産、流動負債、固定負債、純資産の5つに分けて図示してみると、企業の財政状態が把握しやすくなります。最初は財務諸表の項目のすべてを理解するのは大変なので、まずは大まかに理解することを心がけましょう。
(図表は吉永准教授が作成)
続いて、財務指標の基本を学びましょう。ROEや自己資本比率、流動比率などの計算方法と意味について、ざっと理解するのです。ざっくりとした理解が出来たら、実際の上場企業の財務諸表を分析してみましょう。企業のウェブサイトや金融情報サイトで公開されているデータを使い、過去からの推移や同業他社との比較を行います。
分析した後は、結果の考察をしてみましょう。財務指標が同業他社と比べて高い(低い)理由、時系列で大きく変化している理由を有価証券報告書などと照らし合わせながら深く考えるのです。
考察にあたって使用するのは会計情報に限る必要はありません。例えば、ビジネスモデルや経営学、マーケティングなどの知識を動員して考察していくと、財務諸表の理解はより深まることになるでしょう。
なお、分析にあたって、会計自体に苦手意識がある場合には、簿記の基礎知識くらいは身につけると良いかもしれません。日商簿記3級程度の知識があれば、財務諸表分析の理解度はかなり上がるはずです。
会計も会計以外もバランスよく学習し、現実の企業について分析していくことで、財務諸表を効果的に読み解く力は自ずと身についていくはずです。
KL:簿記と財務諸表分析は同じものとして考えてもよいのでしょうか?
吉永氏:簿記と財務諸表分析は補完的な関係にあり、共に学ぶことで会計情報への理解がより深まります。ただ、簿記と財務諸表分析は、会計情報に対するアプローチが根本的に異なります。簿記は、いわば会計情報を「作る側」の視点です。企業の日々の経営活動を記録し、記録した内容を財務諸表という形にまとめる過程を学びます。つまり、会計システムの仕組みを理解することが中心になります。
一方、財務諸表分析は会計情報を「読む側」の視点です。すでに作成された財務諸表を使って、企業の経営状況を分析します。財務諸表分析では、財務諸表から様々な情報を引き出し、企業の実態を理解することが目的となります。
簿記の知識は、財務諸表を理解する上で確かに役立ちます。しかし、財務諸表を効果的に読み取るには、簿記の知識だけでは不十分です。財務諸表分析では、各種の財務指標の計算方法や意味内容を理解し、実際のデータを使って分析を行うスキルが重要になります。